楽園

椿

プロローグ

第1話

つるばみは気が付くと温かい光を放つ水の中に居た。



水の中はぬるま湯の様に熱くもなく冷たくもない、とても心地よい温度で、心まで溶けてしまいそうだった。



(綺麗だ……)



水の中でうっすらと目を開けると、降り注ぐ光によって美しく輝く水面が見えた。



心地よい微睡みの中で、橡の体はゆっくり、ゆっくりと水の底へと沈んでいく。



そしてしだいに穏やかな鼓動の様な音が聞こえてきた。



落ちていけばいく程、鼓動の音は大きくなる。



その鼓動はまるで子守唄のように優しく、しっとりと橡を包み込む。



そうして橡がうっすらと開いた目を再び閉じようとした時――



突然脳天に打撃の様な衝撃を受けた。



「ああああああああぁぁぁ!!!!!!!!」



突然の激痛に橡が目を開くと、橡はいつの間にか見知らぬ丘の上にいた。



「あれ……俺…?」



(俺は確か……)



煌々と光に溢れる丘の上からは、美しい黄金の光を放つ湖が見通せた。




橡はその湖を見下ろしながら何かを思い出しかけたが、その記憶は強制的にシャットアウトされ、そもそも何を思い出そうとしていたのかさえ分からなくなってしまった。




そしてふと思い出したのは家族のことだった。



「父さん!母さん!水蓮!」



叫びながら辺りを見回すが、誰も見当たらない。



輝く湖に背を向け、丘を振り返ってみて初めて、橡は自分が今、黄金に輝く麦畑の中にいることに気が付いた。



「誰か!!誰かいませんか!?」



広大な丘に無限に広がる麦畑。



橡はその黄金の麦を掻き分け、踏み付けて進むしかなかった。



そして橡が後ろを振り返っても湖が見えなくなるほどの位置まで来たところで、麦畑の中で白くぼんやりとした人の姿を見付けた。

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