第8話

『えっ……』



私が青年の口から唇を離した時、真近で合った青年の瞳の中に広大な宇宙が見えた気がした。



その宇宙の輝きは、夏の星空の様に騒がしくなく、冬の星空の様に何処か寂しく冷たい輝きでもない。



どこか温かみがあり、闇の中に浮かぶ惑星達はお互いの存在を確かめ合いながら各々のペースで浮遊していた。



自分の状態も維持出来ず、私は再び青年の体に倒れ込む。



『えっと………』



戸惑いながら、大きく見開いた瞳で青年が私を受け止める。



「どう?楽になった?」



ハハッと笑い混じりに青年へと問いかける。



本当は青年の顔を見て言いたかったが、もはや目がかすみ、頭部を動かすのすら億劫で出来なかった。



『うん…なんでだろう…僕になにをしたの?』



驚いた顔で私の顔を覗き込む青年に、もうほとんど見えない目で私は微笑む。



「ふへへ、少しはマシになったでしょ?」



『うん…君は凄いな…』



「ははは、貴方の方が凄いじゃない」



私は自分の目がもう見えないことを悟られないように、わざと大きな笑い声を出す。



すると私の笑い声につられ、青年もその耳障りの良い声で笑ってくれたのが分かった。



そんな他愛もない一瞬の心地良さに胸が幸福で満たされる感覚。



(ああ…、これが本当の恋か)



そう自覚してしまった瞬間、私の辛うじて形を残していた胸に風穴があき、その途端"私"という存在が終焉を迎えた。



初めての恋が終わってしまった日に世界の終わりが始まり、新しい恋が始まった瞬間に"私"という存在が終わったのだ。



しかし、私はそれでも良かった。



強いて言えば消える前に一目、もう一度青年の顔を見ていたかったが、いたし方ないだろう。



誰もがドラマティックに、そしてロマンチックな終わりを迎えられるわけではないのだ。



体を失った私は、今自分がどんな状況なのかも理解出来ないまま、気が付けば温かい水の中へとどんどんと沈んでいった。



そして沈みゆく中で名前も知らぬ青年のことを思い浮かべ、口も声もない状態で最後に「また会いたいな…」と呟き、辿り着いた最深部に咲く蓮の花の中で眠りについた。

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