第8話

朱殷の涙を、恋は悲哀に満ちた眼差しで見つめ、朱殷の丸い背中を撫でる。




「ごめんなさい…自分でもよく分からなくて…嬉しいんですけど、なんだかここに居続けるのも辛くて…ごめんなさい…私の為にしてくれたのに…」




言葉を途切れさせながらも声を絞り出す朱殷に、恋は「大丈夫、大丈夫だから」と再び朱殷を抱きしめる。




「父がいなくなってから、誰かに言われたんです…。全部時間が解決してくれるって…いつか私が成長すれば、この気持ちと向き合えて整理がつくって…」




「うん…」



自分の胸に顔を埋めながら話す朱殷に、恋はなるべく落ち着いた声で、柔らかく相槌を打つ。




朱殷が自身のことをこうして話すのはあまりないことなので、恋は朱殷の言葉全てを聞き漏らしたくなかった。




「でも可笑しいですかね…?もう私も大人?と呼ばれるくらいには歳も重ねましたし…、時間も経過したしたのに…未だに、父のことを考えると辛いですし怖いんです」




「お父さんを思い出すのが?」




「それもあると思うんですけど…多分1番は…自分も母のようになってしまうんじゃないかって…」




「………………」




恋は朱殷の母、茜とは何度か会ったことがあった。




それは、朱殷のストーカーをしている時、朱殷の家の前で朱殷を待ち伏せしていると、教会へと出掛けようとしていた茜と出くわしたのだ。




朱殷とそっくりな、癖のない真っ直ぐな黒髪に、白い肌。




目元は心做しか朱殷とは違い、スッキリと締まった印象のある切れ目で、伏せ目がちな目は髪と同じ黒色で、凛とした中にもどこか儚さを感じさせる女性だった。




しかし恋には、朱殷の苦しみの元凶としか映らなかった。




朱殷が体を失い、家に戻らなくなってからも、彼女はずっと一人で壁に向かって話し続けていた。




娘が消えたというのに、そのことに気が付いていないのか、それともどうでもいいのか、




彼女は常に亡き夫へと語りかけていた。

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