目覚めたらぬいぐるみになっていました。SS
椿
第1話
(恋さん、帰ってくるの遅いなあ〜)
昼のワイドショー番組をつけながら朱殷はゴロゴロと広いソファの上を転がっていた。
こうして誰かの帰りを待つのは何年ぶりだろうか。
朱殷は改めてそんなことを考えた。
(そういえば…私の家ってどうなったんだろう…)
父が亡くなってすぐ、父の死を受け入れられずにいた母にとって、3人で過ごしていた当時の家は酷なものだった。
2人きりにしては大き過ぎるその家には、父との思い出と共に、どこか気配のようなものが残っているように感じた朱殷は、
家を引き払い、母と2人で新しい家で、新しい生活を始めようと決めたのだった。
本当は引き払いたくなどなかった。
父との思い出に浸り、縋っていたかった。
だが、自分までもが立ち上がれなくなってしまったら誰が母を支えるのか。
父の愛したこの人を誰が守るのか。
そんな使命感の様なものが朱殷をつき動かしたのだった。
現在、朱殷の母親は精神病院に入院中であり、母の面倒は牡丹を始めとした鬼一族がみてくれている。
今まで一人であらゆる仕事を掛け持ちながら母を経済的にも精神的にも支えてきた朱殷にとって、
自分以外の誰かが関わって、母と自分の間に入ってくれている今の状況こそが、なによりの救いだった。
ぬいぐるみになって初めて、牡丹と共に母の病院を訪れた時、母は一見、デカいだけのぬいぐるみとなった朱殷を見て、こう微笑んだのだ。
"朱殷、久しぶりね"
そう、微笑んだ母の顔は父が亡くなる前の母の顔だった。
もちろん、朱殷は返事をしなかった。
そして牡丹も、朱殷がぬいぐるみになってしまったなどと母に説明していた訳でもない。
朱殷の母には既に、朱殷が消息不明であると伝えていた。
朱殷の母、茜がこの時どう理解したのかは誰にも分からない。
しかし、茜は確かにその日、白い巨大なぬいぐるみを見て自分の娘だと認識したのだ。
「ええ、お久しぶりです。茜さん」
返事の出来ない朱殷の代わりに、牡丹が笑顔で返す。
「ずっと心配していたの。会えて良かった」
牡丹の言葉に、茜はじっと牡丹に抱かれている朱殷を見つめ、温かい瞳で微笑んだ。
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