黒鉄の災禍

ハトサンダル

第1話 怒り


自分はこの世界が嫌いだ。苦痛に溢れ、世界が俺を拒絶する。きっとこの世界も俺が嫌いなのだろう…

幼い頃に祖父母が言っていた…不幸の分、いずれ

幸運が巡ってくると…だが不幸だけが積み上がり…幸運は手を伸ばしても俺を嘲笑う様に消える…

だから…こんな世界から消えたかった…


─────────────


「高いな…」


日の落ちた丑三つ時…そこには虫の声すら聞こえぬ

静かな霊山…喚くように鳴る風が草木を煽り、

小石を転がす。反響する音はケタケタと笑うように

不気味に揺れている。


「ここが異界への扉なのか…」


ずっと求めていたこの世界の外。その入口は深く、底が見えぬ火口…冥界への入口とされる神域だ。


「…ここから飛べば、確実に死ぬだろうが…」


しかし、集めてきた異世界の情報を記す書物には

必ずこの場所が挙げられていた…

死の隣により近づき…暗き冥界の底で異形の命に

生まれ変わるのだと…行く先が地獄であろうと…

怪物に成り果てようとも…こんな世界よりはよい

ところだろう…


「……さて…もう…時間は無いな…」


大地を踏みしめて飛び込む。一瞬の様で、長い時間だった。死が自身の手に触れた感覚を覚えた様だ…

だが、光が自身を包む。重力の感覚が一瞬消えた。


「…!」


追い求めていた答えは都合の良い幻覚の様に自身の

目の前を照らした…空間が捻れ、何かが自身から

切り離された様だった…光の終着点に向かうと体に重みが戻って来て、

自分は光の先に向かって吹っ飛んだ。


「ぐっ!?…どう…なった…!?」



凄まじい速さで落ちて来たが、出口が上方向に

向いていた事で死ぬことはなかった。だが、身体中が衝撃で痛む。辺りを見渡すと、そこは森だ…

霧深い森は覚めぬ夢の中の様に、光景がくっきりと映らず、水中の様に揺らいでいる。頭を打ったからなのか、世界全てがゆらゆらと揺れている。


(あぁ…!…駄目なのか…!折角ここまで来たと

いうのに…グッ!?)


体中に痛みが走り、異形の姿に変化していく。


「これは…!…うあ"あ"あ"あ"…!」


左腕が硬質化して、金属の様になっていく。焼ける

様な熱さと共に、炭の様な黒色に変色し、ひび割れた部分から溶岩の如き赤い熱の流れがぐつぐつと

煮えたぎっている。頭蓋が変形し、螺旋状に形成された一本の鋭い角が皮膚を突き破って額の右から

生えてくる。そして頚椎からは糸の様に細く、

鋭い触覚が生えてくる。変化を終えると、身体中

から力がみなぎる。しかし、その力は不安定で、

限度無く湧き出てくる。過密なエネルギーが体に

抑まらず、今にも破裂しそうだ。


「ガアアァ…!…ゲホッ…!…ウ"ア”ア”ァ”…!」



身体中が焼ける様な痛みに蝕まれている。その

痛みに苦しみ、唸る姿は人の形をしていなかった。

生まれ変わるとはよく言ったものだ…


「…痛ェ…!」


しかし、痛みに気を取られる暇は彼には無かった…


「ガッ!?」


何かが自分を貫いた。突き刺された右眼が

最後に見たのは矢と、それを放った人間だった。


「ぐああああ!!」


「─ま─生き─いる─」


「─化物─高─売れ─ぜ─早─殺─」


矢を放ってきたのは三人組の人間だった…言葉は

ノイズが掛かって途切れ途切れにしか聞こえない…だが、その言葉は謝罪では無い…獲物を仕留めた様な声色だ…




「…痛えじゃねぇか…!オイ!?」


「!?」


「人様の目をぶち抜いておいてよォ!?何だその

態度は!?俺が人間に見えなかったって

言いたいって訳か!?エェ!?」



湧き上がる怒りのままに掴みかかる。が、怒りを

抑えて冷静になろうとする。


「…まぁ…俺は角が生えて、腕も溶岩みてえとしか言いようが無い…人間より怪物っぽいよなァ…」


「──何─を─…」


「だから!バケモノと間違っても仕方ねぇとは俺も思う…だから!ゴメンナサイして帰れば見逃して

やるよ…」


掴んでいた腕を離してやる…が…それと同時に矢が体中に撃ち込まれて血が出る…杖を持つ一人が

何かを唱えると氷の槍が現れ、腕を突き刺した。


「グウゥッ…!」


攻撃が突き刺さる痛みが身体に響く、死が身体中に纏わりつく様な不快感が込み上げる。それは本来、恐怖となるそれが彼の怒りとなって燃え始める…


「テメェ…!そっちがその気ならよォ…!!」


「─な─動─て─!?」


理性が砕け散り、彼は怒りと暴力だけに思考が埋め尽くされた…恨みの対象をひたすらに殴り、蹴り、触覚で切り裂く。慟哭と共に暴れまわるその姿は

正に厄災の有り様だ…


「ウガラァァ!!」



人間の必死の抵抗で胸を斬り裂かれても…矢の雨に撃たれたとしても、全てが怒りの解消に向かう。

拳を打ち付け、肉を引き千切る。…やがて、

目を潰した怨敵は地面に倒れた。


「…何寝てんだよ…!そっちから仕掛けてきたん

だろうがよォ…!…なぁ!?」

 

倒れた仇の襟を掴み、叩きつける…すると、

その頭がぐにゃりと後ろを向く…


「………あ?」


死んでいる。首の骨が折れ、頭が陥没している。


「……なに勝手に死んでんだあァ!!!」


死体の頭に蹴りをいれると、頭がサッカーボールの様に飛び、脊髄がずるりと出てきた。


「ふざけやがってェ!まだ詫び一つも無しに!!

…幼稚園のガキでも!!謝罪一つ入れるくらい!!

出来るだろうがよォ!!!…あ?」


…生き残った奴らが逃げている…自分を

殺そうとした者達が。…怒りが再燃する。

一人殺した事で元から壊れかけだったブレーキは

崩れて、更に怒りは加速する。


「……そういやぁテメェらも俺の事を撃ってきた

よなぁ!?逃げんのかよォ!!?あぁ!?」


目が合った瞬間に逃げていく…燃え盛る怒りは遂に人を殺す事すら厭わなくなる。鬱陶しく纏わりつく虫を掌で潰す事も、人を殺す事も変わらない。


「どうせなら三人まとめてやった方がいい…

その方がキリがいい…」


「ひ──!?」



一人が転び…もう一人は投げられた石に脚を

砕かれた。転んだ女は怯えて動けなくなった…何故自分達が、とでも言いたげな顔をしている。

…そんな事を思う権利は無い。


「…死ねやァ!!」


もはや生物の域を超えた怨みをもって二人を潰す…

殴られた箇所は熱で爛れ、溶けていく。そうして…死んだ三人の顔は恐怖と絶望に満ちている…


(…身体中が痛ぇ!…それに、身体中が血まみれでベトベトする…服にあいつらの返り血まで付きやがった…本当に最悪の気分だ…あぁ!全く…前よりはマシな場所に来れるって思っていたのによ…!)


怒りが再燃し始めるが、ここである事に気が付く。


「馬車…あいつらのか…包帯くらいはあるか?」


人の気配のする荷台に警戒を強める…だが、思っていたものとは違うものが見えた。


「……」


馬車の荷台には居たのは…黄金の様に煌めく髪、

真っ赤な瞳。黒い尻尾の生えた美しい少女だった。

少女は枷を手脚に着けられ、小さな牢に閉じ込め

られていた。奴らの仲間では無いだろう…


(…綺麗な子だ…)


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