第6話 彼女は俺の忠告を聞いてくれない

 放課後。

 授業終わりになると、教室内が騒がしくなってくる。

 大半の人は、部活があるのだ。


 新学期も始まり、それに伴って新入生らの部活見学もある。

 二年生になった以上、後輩らの手本にならないといけないのだ。


「早く部室に行くぞ」

「ちょっと待って。あともう少し」


 教室内からは、部活に行こうとしている人らの声が聞こえてくる。


 そんな中、蓮見達紀はすみ/たつきは席に座ったまま。

 授業している時とさほど変わらない態勢で席に座っていた。


 達紀は今から課題をやらないといけないからだ。

 一応、午後の授業の際に担当の先生に渡したものの、答えが間違っていると指摘され授業終わりに返却されたのである。


 普通なら課題内容をあっさりと見て受け取ってくれる先生が多い中、その先生だけは厳し過ぎるのだ。


 ただ、テスト前の週にはしっかりとテスト範囲の内容について解説をしてくれたりもするので、そこに関しては助かっていたりする。


 達紀以外にも数人ほど教室内には残っており、部活で忙しい人らが教室から立ち去ってから五分後――

 その頃には教室内は静かになっていた。


 若干暗くなってきた教室には電気がついていたのだ。クラスメイトの一人が電気をつけて立ち去って行ったらしい。

 課題に取り組みやすい環境になり、シャープペンで用紙に文字を書き記す音だけが、達紀の耳元には聞こえてきたのだ。


 達紀は椅子に座ったまま、早く帰宅したいという思いを抱きながらシャープペンを動かす。

 テーブル前に広げられた課題の用紙を前に、間違っているところを消しゴムで消し、教科書を見ながら、その枠に正解であろう答えを書き記していくのだ。


 時間が経過する度に一人、また一人と教室からいなくなっていく。

 気づけば教室の窓から見える景色は薄暗くなっており、教室内には達紀と桜井茜さくらい/あかねしかいなくなっていた。


 達紀が書き終えた頃合いには、茜が席から立ち上がる。


「あんたさ、いつになったら、その課題終わるの?」


 茜は達紀の近くまで来て、嫌味な発言をしてきたのだ。


「俺ももう終わったんだけど」


 達紀は席に座ったまま、小さく反論する。


「あ、そう」


 茜は昔、そんな人ではなかったはずである。

 温厚で、誰とでも仲良くできる心優しい子だったはずだ。


 あの男性と関わってから大きく変貌してしまったのだろう。


 達紀も課題が終わったという証拠を見せつけるために席から立ち上がった。


「本当に終わってんの?」

「終わってるんだけど。なに?」

「別に。終わってるならいいんじゃない?」


 茜は適当な発言をすると、達紀の事をバカにするような視線を向け、教室から出て行く。


 達紀も対抗するかのように、教室を後に廊下を歩き始めるのだ。


 課題の提出場所は校舎一階の職員室であり、二人は隣同士で移動しているが、会話する事はしなかった。


 二人は職員室にて、担当教師からの許可を貰い、本当の意味で課題を終わらせる事が出来たのである。




「……私、帰るから」


 教室に戻っていた二人。

 二人は各々の席前で帰宅準備をする。


 達紀は自身の席の前に立ち、通学用のリュックの中身を確認している時だった。

 先ほどまで無言だった茜が話しかけてきたのだ。


 達紀は前寄りの窓際の席であり、茜の席は教室の後ろの方であった。

 茜は通学用のバッグを肩にかけると、自身の席前に立ちながら達紀の方を見やっていたのだ。


「……あのさ」

「なに?」


 達紀の方から話しかけた。

 茜は席前に佇んだまま、達紀の事を見つめてくるのだ。


「一つさ、茜に言っておきたい事があって」

「なによ、もしかして復縁したいとか?」


 茜は余裕を持った笑みを見せていた。


「違うけど」


 達紀は視線を逸らしながら言う。


「あっそ」

「なんていうか。茜は騙されるよ」


 達紀は真剣な目で、彼女を見つめる。


「は? なんで? 誰に?」

「あの人にだよ」

「まさか、そんな事あるわけないでしょ。あんたの勝手な妄想じゃない? 私に未練があるから、そういう事で私を引こうとしてるんじゃないの?」

「そんなわけないから……それは本気で言ってるんだよ。今なら間に合うと思うし」


 達紀は彼女と復縁したいとか、そういう思いがあってとかではなく、一人の被害者に対して真摯に向き合って警告しているのだ。

 このままだと危ないと。


「間に合うも何も、意味が分からないし。あんたがそんな適当な事を言って、私のことを引こうとしても遅いわ」

「だから、そういうのではなく」

「だったら、何? 武尊さんはなんでもできる人なのよ。スポーツ経験もあって、優勝経験もある上に、あと数年ほどしたら企業するらしいの」


 茜は、達紀に対してマウントを取るかのように堂々とした話し方をしていた。

 彼女は聞く耳を持たず、付き合っている男性――津城武尊つしろ/たけるの良いところだけを自慢げに話していたのだ。


「企業か……す、凄いね」

「でしょ。あんたとは全然違うわ」

「そ、そうだね……でも、本当にいいの? 茜はさ。あの人の関係を断ち切るなら今しかないと思うし」

「は? さっきから何よ。私が上手くいってるから、そういうことを言ってるわけ?」


 自身の席前にいた茜は、達紀の近くまでやってくるなり、睨みを利かせていたのだ。


「ち、違うよ。本当に心配してるから」


 達紀はジェスチャー込みで、全力で否定する。


「別に、そんな心配いらないわ。なんか、あんたといると、腹が立つし。それじゃ」


 茜は強引に話を終了させると、一瞬だけ振り返って、不満そうな顔で達紀の事をチラッと見、それから教室から立ち去って行く。


 廊下からは彼女が立ち去って行く足音だけが聞こえていたのだ。


「……本当にいいのかよ」


 達紀は二人の関係性を引き裂こうとしているとかではない。

 本当に心の底から親切心で説得していただけなのだ。


 最終的に教室に一人だけ残った達紀。

 誰もいなくなった教室で一人寂しく帰宅準備を行い、通学用のリュックを背負う。

 それから教室の電気を消して学校の昇降口へと移動する事にしたのだ。


 達紀が学校を後にして外を歩いていると、グランドの方から部活をしている人らの声が聞こえてきた。


 達紀はどこかの部活に所属しているとかでもなく、ただ帰るだけなのだ。

 妹の一夏いちかと、津城唯花つしろ/ゆいかは部活見学をしたいという事で、まだ学校に残っているらしい。


 達紀は少々俯きながら通学路を歩き始める。


「もういいんだ……茜の事なんて」


 達紀は茜との思い出を振り返りつつも、過去の記憶を抹消したいと考えながら自宅へと繋がっている道を進んで行く。


 もう茜の事は知らない。

 茜がどうなったってもういいのだと、過去の楽しかった思い出を脳内再生しながら、達紀は苦しさを滲ませていたのだ。

 達紀の拳には少し力が入り、震えていたのだった。

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