純情純愛物語シリーズ

宙彦(そらひこ)

『物創りの少女』

彼女は幼い頃から物を作ることが好きだった


小学生低学年の頃に『将来の夢』というテーマで図画工作課題を出されたことがある。沢山の色鉛筆に、クレヨンと画用紙


先生は「好きに描きなさいよ」と呑気に言っているが、「好き」というものは存外簡単に見つかるようなものではないのである。


秋田哉太(あきた かなた)は何を描くべきか悩んでしまい、ううんと唸っていた。


そんな哉太とは違い、哉太の幼馴染の女の子である猫耳創(ねこのみ はじめ)は瞳に星いっぱいを浮かべて、くれよんを右手に、早速画用紙いっぱいに夢を描いていた。


水色の四角の中に、散りばめられた沢山の鮮やかな赤や黄色や青色や様々な色たち。


まるで生きているかのように生々と描かれた色は、哉太にとって綺麗だ、と感じさせるには十分であった。

そんな絵に驚いた哉太は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「へぇ、もう夢があるなんて凄いなぁ、どんな夢なの?」

「あのね、わたしのゆめは『つくった作品だらけの部屋を作る』ことなの!」 


にっぱりと無邪気に笑う彼女に小首を傾げる哉太。今にして思えば、幼いながらも彼女は変わった子だったように思う。そう哉太は後に語る。


結局、哉太はそのとき咄嗟に夢が思い浮かばず、適当に当時人気であった戦隊ヒーローを描いた。我ながら夢のない子供である。



「今日は皆に『将来の夢』について作文を書いてもらうぞ」


小学校高学年に上がって、卒業を控える間近に担任の遠山先生が原稿用紙を片手にそう言った。どうやら話を聞く限り生徒の作文を卒業文集に載せるらしい。


夢かぁ、そう思い憂鬱な気分に浸るのは特に何の夢も決まっていない哉太だ。


何処か現実的な哉太にとってこういった非現実的な話は苦手な節があった。


それもそうだ。

夢なんて、所詮夢であり、書けばなんでも叶うわけではなく、書いて叶うのはほんの一握りの人達だけ。

なんて現実離れした夢物語。夢に酔うなんて馬鹿みたいだ。


取り敢えず今回も適当に書いて出しておくか。そう考えた哉太は鉛筆を取った、…のだが、その哉太の書く夢の予定は大きく覆される事となる。

少し気になって隣の席に座る幼馴染を横目で見てしまったのが間違いだった。


隣の幼馴染はガリガリとボールペンで『自分のつくった作品だらけの部屋を作ること』と書きなぐっていた。

馬鹿か此奴は、と哉太は正直に思った。ので聞いてみることにした。


「なぁ、どうして其処までその夢に固執するんだよ」

「夢は叶えたいから」

「叶うわけないじゃん」

「どうしてそう言い切れるの」

「たかが夢だぜ?叶わない夢に夢見るなんて馬鹿みたいじゃねぇ?」

「じゃぁ、哉太はもっと馬鹿ね」

「どうしてそう言い切れるんだよ」


「だって、夢を見る前に夢を諦めるなんて、人生は一度きりなのに寂しくって、そっちの方が馬鹿みたい」


幼馴染の怒ったような悲しそうに細められた瞳に哉太は何も言い返せなかった。何だか哉太はそれが何故か悔しく感じて、嫌がらせに哉太は自分の作文にこう書いてやった。


『僕の夢は『夢を見続けてる馬鹿を見届けること』です。』


その作文は後に先生や同級には「屁理屈」と馬鹿にされ、笑われ、幼馴染には「それは夢じゃないと思うわ」など散々な事を言われるのだが、何だかやっと本当の自分を少しだけ出すことができた気がしたので、哉太は少し気分が良かった。



中学生に上がって彼女の奇行は目に見えて増えた。絵を描いていると思ったら、次は習字、習字で一番すごい段を取ったと思ったら、今度は水墨画、誰もが見ても美しいと思える水墨画を描いたと思ったら、次は、授業中に幼馴染本人が考えた世界観の小説を書き始め、次は裁縫や手芸に手を出し始めた。


勿論、全てのものを極めようとする破茶滅茶であり、ある意味、破天荒な彼女の学業成績は悲惨な結果となることが多かった。


その度に学年内で成績はやたらめったら良い哉太に勉強を教えて貰うべく、テスト前は教科書とノート両手一杯に哉太の家へ訪れる事もしばしばあったのだが、哉太は断る理由も特になかったので、創が「分からない」と言ったら分かるまで口酸っぱく説明した。


哉太自身、彼女の奇行の一部も、出来ない勉強も、彼女の夢に向けての一部だと思ったら、哉太は何だかそれが酷く微笑ましく思えた。


中学の卒業文集、哉太はらしくもなく、将来の夢の欄に初めて夢を書いた。


『馬鹿な子でも理解できる教師』



時は流れ、教師を目指す哉太が二十歳を迎えたある日、哉太は自分より先に二十歳を迎えていた創に呼び出された。

この女に色気も何も無いことは、もう嫌という程知っているので、哉太は単刀直入に彼女に用件を促した。


すると彼女は『部屋へ上がれ』と言うので、言われるがまま大人しく部屋へ上がると、阿呆みたいな量の作品が部屋を埋め尽くしていた。



想像して見てほしい。


生活用品など無い、床はほぼ歩く面責も無い、ブルーシートだ。


そうだ、床は青かったのだ。


壁中に水墨画、アクリル画、水彩画、油絵、デッサン、クロッキー、マネキンには舞台衣装のような服が数本、裁縫でせっせと縫ったであろう手芸作品、いつの間に執筆したのであろう漫画やイラスト、レジンや粘土細工、フィギュア、たくさん飾られ、たくさんの色が其処には埋め尽くされている。



一般的に見てこの部屋はきっと軽くホラーである。



しかし、それ以上に哉太にとってこの部屋はどんなものよりも輝いて見えた。


色んな色が遊んでいて、咲っていて、作品として作ってもらえた喜びに部屋を輝かせている。そんな風に眩しく見えたのだ。


哉太にとって、この部屋は夢の結晶みたいに星が瞬くような、ワクワクをくれる希望の部屋のようだと思えた。



哉太は気づくとこぼしていた。

「綺麗だ…」

創はフフンと得意げに笑う。

「でしょう?何年もかけたんだから当然だけれど。」

「…なぁ、なんで小さい頃から『作品だらけの部屋を作る』ことが夢だったんだ?」


「あれ、話してなかったかしら。私の父方のお爺ちゃんとお婆ちゃん、作家と店主の夫婦だったのだけれど」


「初めて聞いたんだけど⁉︎」


「まあ、いいじゃない。で、もう数十年前に二人とも亡くなってしまったのだけれど。亡くなってしまったのが、たしか私が幼稚園の頃だったのよ」


「…」


「お爺ちゃんが、小さい頃口癖のように言っていたの。『物を作るなら好きなように作りなさい』って。お婆ちゃんはお店を畳む時に言っていたわ。『好きな作品に囲まれてお店を経営できて楽しかったわ』って。だから私は『作品だらけの部屋を作る』ことがずっと夢だったの」


「…」


「お爺ちゃんの作品を沢山並べたお婆ちゃんのお店、再現したかったわ。けれど、私では技量不足だから、私は私だけの世界で作品部屋を作ることにしたの。誰に販売するわけでもなく、怖い部屋だと我ながら思うわ。…今思えば、この夢はただの自己満足だったのかもしれないわね」



創は「馬鹿みたいでしょう」と言って悲しげに笑った。


哉太は首をふった「馬鹿なんかじゃぁない」


哉太は拳を緩く握ると、決心するかのように口にした。


「小学生の頃、卒業文集の作文を書いた時、確かに俺は、お前の書いた夢の作文を見て、正直馬鹿な奴だと思った。でも、今は違う。お前は馬鹿みたいに凄い奴なんだよ」


「どうして、そう言い切れるの」


「限られた時間の中で、こんな努力して実現させたんだ。馬鹿みたいに努力しなきゃ、手先が相当器用な、神さまに恵まれた手を持って産まれてきた天才でもない限り、こんな大作は創れない。それは手先が馬鹿みたいに不器用な俺でもわかる。それに、この部屋はとても綺麗だ。」


「…」


「怖くなんかない。だから、お前は馬鹿なんかじゃぁ無い、本当に夢を実現させた凄い奴だよ」



そう哉太が言えば創の表情はアクリル絵具の赤い色の如く真っ赤に染まる。創は気恥ずかしそうに「それは、遊ぶ時間も割いた甲斐があったからよ」と言って「ありがとう」と花が咲いたように咲った。



「実は、私、もう一つ夢があって、それを叶えたくて哉太を呼んだのよ」


「なんだよ」


「この部屋に作品並べる前に、部屋全体を掃除していたのだけれど、偶々出てきた小学校の卒業文集に哉太のページを捲ったら『僕の夢は夢を見続けてる馬鹿を見届けること』って書いてあるじゃぁないの。」


「此れは呼ばなくっては、そう思って思わず呼んじゃったわ。」と創は気恥ずかしそうに、得意げに笑った。幼稚園の頃に一度だけ見た事のある、あの無邪気な笑顔だ。


何だかそれが哉太は気恥ずかしくって、居心地よくなくなってきて、創に言った。



「なぁ、中学校からの俺の夢知ってるか?」

「何て書いてあったかしら。」

「『馬鹿な子でも理解できる教師』」


お前勉強苦手だったろうと意地悪く笑ってやれば『それは昔の話でしょうっ!』と恥ずかしそうに喚く変人奇行を繰り返す妙な幼馴染。


「と、とにかく次は海外進出を狙おうと思うわ!」

「話変えやがったな!というか今度はまた随分とドでかい夢だな⁉︎」



「?当たり前じゃない。まだ人生始まったばかりよ。ひとつ夢が叶ったら次の夢を叶える!折角この世に産まれたんだから人生とことん楽しむわよ!」 



彼女は咲う。ひまわりの様な笑顔で。本当にこの彼女はどこまでも欲深く、誰よりも忍耐強い女だ。


「さあ、今日もこの身体がある限り作るわよ!」


彼女は今日も作品をつくることをやめない。


「…結局、俺の夢は君の夢が叶うことだったんだなぁ」


哉太の呆れたような小さな呟きは空気中に溶けて消えていった



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