在の日の恋愛感情論

宙彦(そらひこ)

1.喜『色気より食い気=恋愛率』

まさか自分が恋に落ちるなんて誰が思うだろうか。


「明美は好きな人とか居ないの?」

「いるわけないよ」


出た、この手の話。と内心で明美(あけみ)は「うげぇ」と毒づいた


中学二年生、思春期真っ只中だ


その手の話が出ても可笑しくない年頃だろう


かくいう明美も中学二年生で思春期真っ只中であったが、その手の話題には全く興味がなかった。

明美の明らかに興味のない様子を察したのだろう。話題を振った張本人である幼稚園からの幼馴染である美香子(みかこ)は「なっとらん!!」と突然大きな声を出してガタンッと席を立った


昼飯時で周囲の話し声もあるとはいえ、美香子は興奮すると声が大きくなる質がある。


まぁまぁ、と適当に宥めて席に腰掛けてもらう


「否、全く興味がないわけじゃないよ?」

「ソレは言い訳にしかなっとらんぞ、明美よ。それにお前が言うと嘘くさい」


「あ、嘘だってバレた?」


べり、と今朝学校の近所で購入した菓子パンの袋を開けて餡パンを口に入れる

うん、美味い


「そういう美香子はどうなのさー、好きな人とかいるの?」

「明美…、本当に人の話聞いてないな。此間出来たけど、振られたって言ったじゃん」

「え、そうだったの?美香子かわいいのに。なんで振られたんだろうね」


次に今度は家から持ってきた芋のスティック菓子を取り出す。

ポリポリ、うん、新商品でマグロ味っていうから少し気になって居たが、何とも言えないこの魚類の匂いと芋の味の絶妙な交わりと食感が最高だ


「なんか『美香子は可愛いけど我儘だし見かけによらず意外に短気だよね、すぐ怒るし』とか言われて…」

「へぇ、そら酷い言われようだね」


次はクロワッサン、パリッとした皮の中に板チョコが入ってる。うん。美味い。でも中身が以前より減った気がする。畜生。値段ばかりあげやがって。


でも美味い。

パリパリ…。


「〜酷いのはお前じゃぁ!!明美ィィ!!」


「えっなんで私?」


「私が喋ってる間ずっと音ばっかりするお菓子やらパンやら食べやがって!!」


「あ、バレてた。美香子も食べる〜?白州チロルチョコレート。これ新商品なんだって」

「わあ〜ありがとう〜心も美香子もこれ一つで癒されるわぁ〜…じゃなくて!!!」


「どあ!!?」


美香子が突然また立ち上がった。


ガタンッと先ほどよりも勢いよく立ち上がったのか椅子が後ろへ転げ落ちた。


明らかに様子がおかしい美香子を不審に思い、明美は、おず、と美香子に訊ねる。


「どうしたん?美香子、もしかして白州苦手だった?」


「違うわ!なんで明美はいつも変なお菓子をセレクトするの!?って、そうじゃなくて!」


ビシィ!と美香子は明美の胸を指差して詰め寄ってきた。何だろうか。

いつも短気な気質の美香子だが、今、明美は何かやらかしてしまったのだろうか、と小さく首を傾げる。

美香子は怖い顔で続ける。心なしか小声だ。声がいつもでかい美香子にとってコレは非常に貴重だ。詰まる所、すごく重要な話なのだろう。


「アンタ、裏でなんて呼ばれてるか知ってる?」

「?裏って、何」

「『色気より食い気』『花より団子』『ゴリラオンナ』って言われてるの。」


「あ〜、納得。私食べるの好きだし、体格いいからね、骨格も太いし、太ってるし。でもゴリラって優しいし、一応女の子認定されてるし、褒め言葉だよね。よかったぁ」


「よかったぁじゃないわ!このポジティブマン!そういうとこ滅茶苦茶好きだけど!!」


「ひえ、美香子サン…??」


美香子は周囲の教室中の視線に漸く気がついたのか、ハッとして「ちょっとこっちに来て」と言うと明美の腕を引いた。明美は足の速い美香子に半ば引きずられるようにして廊下の隅に連れてこられると「いい!?」とまた指差しして来た。


指差しすぎて突き指しないのだろうか。

と心配になったが美香子はバレー部に所属していたのだった。


道理で指が柔らかいわけだ。

ホッと胸をなでおろす。明美の心配は杞憂に終わった。そんな明美をジトーッと見た後、ため息をひとつ吐いた美香子は厳しい表情で話し出す。


「要はこの渾名、悪口よ。『怪力で不細工、太っていて、食べてばかりで動きたがらない面倒くさがりや』そういう意味で言われてるみたい。…まぁ、いって私も、本当の渾名の意味を知ったのは、元彼を通してだから、本当だかどうだか知らないけど、私、明美のこと悪く言われて元彼に対して怒っちゃったのね。」


「もしかして、別れたのも、それが理由なの?」


それは流石に明美も黙っては居られない。

自分のせいで友人の恋を邪魔してしまったのならば、責任も感じてしまう。


「…別に謝るとかそういうのいいから。私が勝手に怒ったんだし、アンタが責任感じる理由はないけど。…とにかく私、アンタがそういう風に悪く言われるのは嫌なんだよね」


「美香子ぉ…」


優しい友人の言葉にジィンと目頭が熱くなる。普段は血も涙もない友人である美香子だが本当は優しいのだ。だから次の瞬間美香子の発した言葉に驚いた。


「だから明美、好きなやつ作って綺麗になれ、あと痩せろ」


「え?」


「女が綺麗になるにはそれが一番!なるべく手伝ってあげないこともないから、好きなやつが出来たら言いなさいよね!」



念を押して「先に教室戻ってるわ」と美香子は教室へ戻ってしまった。取り残された明美は先ほど言われた言葉を頭の中で反芻し、ええええ!??と柄にもなく心中で叫んだ。



「ということなんだよ、天満くんよ」

「どういうことなんだよ、明美サンよ」

そう言って目前の麗しい儚い系美形の保健委員の男、天満(てんま)は大仰に溜息を吐いた。

天満は明美と美香子の同級だ。天満と美香子は軽口を叩き合うほどに仲が良い。なんでも美香子曰く『近所の幼馴染』らしい。そんな美香子を通して明美も天満と交流を持った。


あまり異性に耐性のない明美でも天満の雰囲気や性格はなんだかんだ話しやすくて、悩み事ができると、こうして天満のいる保健室へ偶に足を運んでしまうのは日常茶飯事であった。


明美は先程、美香子に言われたこと等諸々事情を天満に話すと、天満はあからさまに嫌そうな表情をつくったので、思わず明美はムゥ、と口を尖らせてしまう。


「だって、いきなり友人に好きなやつを作れって言われても無理な話だと思わん?」

「だからと言って何故俺にその話を持って来たんだ」

「だって、天満くん恋愛経験豊富そうだし。」

「恋愛経験豊富というのは誰からの情報だ」

「美香子が此間言ってた」

「よし、要らん情報流した彼奴を一発殴ってくる」

「待って待って」


明美はカタンとパイプ椅子から立ち上がった同級生の腕を掴んで引き止める。


しかめっ面を思い切り向けて来た彼に、まぁまぁ、と宥めれば何だかんだ舌打ちをしつつも座ってくれた。

うん、美香子より話が通じそうだ。


目前のパイプ椅子に座る男、天満(てんま)は思い切り嫌そうな顔をしながら「で?」と話を促してくる。なんだかんだ話を聞いてくれる彼はやっぱり変わらず優しいのだ。


「なんか私裏で『ゴリラオンナ』って呼ばれてるらしいんだよね」

「凄い渾名だな。」

「でしょー?でもさ、好きな人つくって、綺麗になって、痩せろって言われてさ、急に簡単に好きな人ができるわけでも、痩せられるものでもないと思うんだよね」


「明美は食うことしか脳がないもんな」


「うん。恋愛とか、これっぽちも興味ないのにね」


そう言って明美がヘラリと笑えば目前の同級の男は「一番大事なのは味なのにな」と小さく呟いた。

明美がその意味がわからず首を傾げていると「要は見目より中身が大事ってことだ」と丁寧に説明してくれた。


おぉ、わかりやすい。

流石成績学年トップの秀才くんである。明美はなんとなく机に頭を乗せながら続ける。


「ねぇ、天満くんはさ、好きな人とかいないの?」


自分から聞いといて明美は、恋愛話を嫌う自分らしくないな、となんとなく思った。

明美が発言を取り消そうとした時、天満は口を開いた。


「いる。好きなやつ」


「え、いるんだ。どんな人?」



びっくりした。この手の話題は天満も嫌うと思ったからだ。天満は顔を少し赤くしながら続ける


「小学校の低学年の時、身体が弱くて保健室に通い気味だった俺に、よく授業のノートと、学校に持ち込み禁止のお菓子もってきた馬鹿な奴がいた。

その後、俺はちょっとした手術で小学校を転校したんだけど。」


「へぇ、そういえば私の小学校にも、そんな子居たなあ。」


「居ただろ?…まあ、手術受けて病院暮らしだった俺はその後、大分回復したんで、中学になって、こっちの地域に戻ってきたんだよ。それで何となくまたその子に会えるかな、覚えてるかな、とか思いながら中学に進んだら、本当に会えたんだが、その子は俺のことを覚えてないわ、食欲が凄いわで、体格がよくなっていた。色気より食い気という奴になっていた。そして相変わらず凄く鈍い、俺の存在に気づかない。馬鹿でドジ、趣味が変、すげー優しいお人好しで。…今、俺の目の前にいる奴が俺の好きなやつ」



「…今なんと?」


明美は思わず聞き返す。今、天満の言った通り、明美は確かに、小学校低学年の頃に、病弱な同級生の男の子が放って置けなくて、授業の要点をまとめたノートと、笑顔になってもらいたくて自分の好きなお菓子を持ち込んだことがある。

保健室通いしていた男の子が転校で突然消えたのは驚きでいまでも覚えているが、そうなると


「あの男の子は天満くん…?」


「だからそうだと言ってるだろ。寧ろ何で今まで気づかなかったんだよ」


「え、だって全然雰囲気違かったし」

「名前でわかるだろ」

「同名の別人かと思ってた…。」

「鈍過ぎだろ」


じゃあ、天満の言う好きな人とは…?


明美は混乱した脳で、現状を整理しようとする。天満の目の前にあるのは、机を挟んで、机の上にある、ペンケースと、ノートと、乱雑に積み重なったファイルと、保険医の先生の趣味で置いてあるひとつのコケシ…。完全に明美の脳内はパニックになっていた。


「も、もしかして、天満くんの好きな人はコケシなの…?」


「どう考えたらコケシが好きな人になるんだよ。人外だろコケシは」


「あ、そうだった。」


ほんと馬鹿だねー、私、そう言ってアハハ、と頭を掻くと、天満の言葉を思い出して、明美は一気に顔を真っ赤に染め上げた。

明美はまだ顔の赤い天満に訊ねる。


「あの、凄く、間違えて居たら本当に失礼だし申し訳ないんだけど、天満くんの好きな人って、私ですか」


「そうだよ。早く気づけ」


ストン、と落ちた。


あ、何だこれ心臓が擽ったくて、嬉しくて、明美は一人で納得した。


(まさか自分が恋に落ちるなんて誰が思うだろうか。)



「授業始まるから教室に戻る。明美も早く出ろ」


そう言って天満は椅子から今度こそ立ち上がってしまったので、明美は「あの」の一言、椅子から勢いよく立ち上がって「よかったらこれ、相談料」と言って天満の掌の上に白州チロルチョコを三つほど落とした。



「今はこれしか持ってないけど、頑張って痩せるから!ありがとう!」



明美はそう言い残して保健室から凄い勢いで出ると階段を駆け上って行った。

天満はその様子を見て、掌の上のチョコレートを目で確認すると、腹を抱えて大爆笑した。


「ほんと、色気より食い気なやつ。」


でも、これでやっと少しは色気に興味を持ってくれるかな。

そう言って天満は渡された白州チョコを口にして、魚類の匂いとチョコレートの絶妙な味わいに、あまりの不味さに口をすぼめたのであった。



その後、美香子に恋に落ちてしまったことを報告した明美は、美香子の協力もあり、全力をもって痩せて、明美は5キロの減量に成功した。そして現在、半年ぶりに意を決して保健室へ向かったはいいものの、保健室へ向かう道中で倒れかけてしまい、保健室に着いて、世間話の感覚で、丁度保健当番であった天満にそれを報告したら「貧血になるまで痩せようとする馬鹿がいるか!」と怒られてしまった。


案の定、ふらりと足元のおぼつかない明美はベッドに寝かせられ、その隣にパイプ椅子が置かれ、天満が腰を掛ける。

沈黙が痛くなってきて、明美は「ええい」と意を決して天満の元へ手を差し伸べて、言った。


「好きな人ができたから全力で痩せたんだよ。天満くん、まだ消費期限が有効なら、私と恋をしてくださいませんか!」


「…消費期限も何も、俺、小学生の頃からお前に恋してたんだけど。片思い歴なめんな」


「え」


「こちらこそよろしくな。貧血で倒れる馬鹿は放っておけん」


そう言って手を握り返してくれた天満に涙が思わず出てしまい、明美は「嬉し涙も美味しいけど、しょっぱいんだねぇ」と笑って、天満は「この後に及んで未だ食い気か…」と少し項垂れた。



その後、裏で『ゴリラオンナ』と呼ばれていた明美は恋の力のおかげ故か美香子の特訓のおかげか凄く痩せた。

…とまではいかなくとも、痩せ型からポッチャリ体型ほどには戻り、性格の良さも相まって男子からの人気も跳ね上がり、優しくて活発、大らかで滅多に怒らず、重たい荷物持ちを代わってくれる優しい人なりなことから『ラクダさん』の名前で呼ばれるようになったのだが、渾名も裏の名前の意味も全く興味なく、大切な人たち以外どうでも良かった明美は今日も新しいお菓子を探しては美香子に怒られているのであった。


「ねー、美香子、このお菓子なら、天満くん喜んでくれるかな」


「あんたってやつは…、全く、もう少しマシなセレクトしなさいよ」


「じゃあ、これにする!決めた!選ぶのに付き合ってくれたお礼に美香子の分も買ってくるね〜!」


「何々…どんなお菓子にしたの…?…って、またこれは、明美そのものじゃない」


そう言って商品棚を見た美香子は明美の笑顔を思い出して少し笑ったのだった。 


『〜食べても食べても飽きない花団子味の優しいチョコレート!〜』



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