第2話
「お姉さん、お姉さん、大丈夫ですか?」
トントンと軽く肩を叩かれ、すみれがゆっくりと目を開けると、すぐに視界に入って来たのは心配そうにこちらを覗き込む初老の男だった。
(あれ…この人だれだろう…)
「君が最後だよ、どこか体に異常はあるかい?」
「あっ、いえ…体は大丈夫です…」
初老の男性の問に困惑しながらも答えるすみれに、今度は同世代くらいの女性が話しかけてきた。
「異常が無いなら、このまま状況の説明ね」
「は、はい…」
女性はすっとすみれの傍に座ると、そっとすみれの手をとった。
「落ち着いて聞いて。私達、誘拐されたの」
「誘拐!?」
驚いて大きな声を出すすみれに、女性は長いまつ毛を伏せて頷く。
「でも…だって私、さっきまで×××ショッピングモールに…」
「やっぱりアンタもあのショッピングモールにいたんだな」
すみれの言葉に反応して声を出したのは、少し離れて立っている若い男だった。
20代半ばのその男はズンズンとこちらへと近付いてくるなり、すみれの正面にどかっと胡座をかいて座った。
「ここに居る俺たちの共通点は、最後に×××ショッピングモールに居たことなんだよ」
男の言葉に女性も初老の男も頷き、そして大きな柱に寄りかかってこちらを見ていた30代くらいのスーツの男もスっとこちらに向かって来た。
「君は×××ショッピングモールに一人で来ていたの?」
30代くらいの男に上から見下ろされ、すみれは頷いた。
「はい…本当は待ち合わせをしていて、人を待っていたんですけど…」
「来なかった?」
「はい…」
「その待っている間、君はショッピングモールの何処にいたの?」
「カフェです、レストラン街の端にある…」
「なるほど…」
スーツの男とすみれの会話に、他の3人はどこか納得したように頷いた。
「え…あの…なにか?」
小首を傾げるすみれに、隣に座っていた女性が口を開いた。
「私達皆、攫われる寸前に絶対に一人になってるの。田村さんは御手洗に行った奥さんを待っていたんです、それで木村さんは彼女と食事をしていて、ドリンクバーを取りに席を立ったのが最後らしいの。で、山田さんは…」
「仕事の為に事務室で担当者を待っていたよ。君は?」
スーツの男は山田と言うらしく、その他の2人の男性の説明をしてくれていた女性に向かって答えると、今度は女性に対して問い返した。
「あっ、そうそう、私は里中。里中真唯。今日はリフレッシュに一人でショッピングをしていたの。」
「なるほど…」
(でもショッピングモールで完全に一人になるのって可能なのかな…)
里中は"誘拐"と表現したが、すみれはそれが一番引っかかっていた。
第一、すみれの中の最後の記憶では、すみれは間違いなく"一人"ではなかった。
傍にはウェイターの男が居て、怪しい人物や集団は店内に見受けられなかった。
(私と同じように木村さんだって、彼女と離れたとはいえ、他に複数の人の目はあったはず。そんな状況で誘拐なんて出来る訳がない。考えられるとしたら……)
すみれが深い思考へと神経を集中させようとした時、真っ白な空間に聞き覚えのある声が響いてきた。
『答えは簡単です、貴方達は"自ら"こちらへとやって来たのです。誰が手を下したのでもありません』
「だ、誰だアンタ!?」
声と共に現れたのは、グレーの髪に薄い琥珀色の瞳をした男だった。
その男は上質な執事服に身を包み、すみれ達を見下ろすように宙に浮いた状態で恭しく一礼すると、チラリとすみれを見て微笑んだ。
その男は間違いなくあのカフェでウエイターをしていた男だった。
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