迷宮
椿
一章
第1話
すみれはその日、専門学生時代の同級生とショッピングモールで待ち合わせをしていた。
しかし、30分経っても待ち人は来ず、送ったメッセージの返事もない。
「……来ない…」
(まさか日付間違えたかな…)
メッセージを何度も確認しながら、一先ず手近なカフェに入る。
本来なら待ち合わせをしていた相手とこのカフェで新作のケーキセットを注文する予定だったので、敢えてそれは選ばず、食べ慣れたサンドイッチセットを注文した。
注文から到着まではほんの10分程度で、すみれがそのサンドイッチに手をつけ始めても尚、相手からの返信はない。
(晴人どうしんだろ…寝坊かな…)
相手とのメッセージのやりとりを見返しても、約束の日は今日で間違いはなく、時間も既に40分近く過ぎている。
「こんにちは、今日もお友達と待ち合わせですか?」
「あっ、こんにちは。はい、学生時代の友人と…」
ふいに話しかけられ、慌ててコーヒーカップをソーサーに置き、声の方を見上げる。
すみれの傍らに立っていたのは、ウェイター服に身を包んだスラリとした若い男だった。
ミディアムのグレーの髪をイマドキにセットした男は、見た目に反して物腰は落ち着いており、喋り方も軽々しくなく、すみれも不快感を感じることなく、言葉を返す。
「学生時代?そうですか、ではいつもの可愛らしい女性の方ではないんですね」
「あ、はい。今日は違います」
「すみれさんのお友達ならきっと同僚の方の様に上品な方なんでしょうね」
にっこりと微笑む男に、すみれは一瞬ドキリとした。
普段、このカフェで同性の同僚とランチや、休日にはお茶をすることが多いが、今日の待ち合わせの相手は男だ。
(まぁ…だからってわざわざ言うことでもないよね…男でも女でも同級生なのは変わりないし)
すみれは何処か薄く罪悪感の様なものを感じつつも、引きつった笑顔で誤魔化した。
すると男の左耳で揺れていたペンデュラムのような紫色の石が一瞬ギラりと光り、色がじわじわと変わっていくように見えた。
いつもなら男の付けるピアスを注視することなどないのだが、この時は明らかに異変が見て取れたので、すみれは思わず男の左耳で揺れる石に見入ってしまった。
「どうかされましたか」
男はすみれの視線が別の位置に注がれていることに気が付き、すみれの顔を覗き込んだ。
「あっ!いえ別になにも!」
男の顔が急に近付いてきて焦ったすみれは、反射的に身を引き、目を逸らした。
しかし男はすみれが何を見ていたのか分かっていた様で、自分の左耳に揺れる黒い石に触れた。
「これが気になりますか?」
「い、いえ!その…!」
「ふふふ、良いんですよ。見せる為に付けているのですから。この石はアメジストと言う、特に珍しい石ではないのですが…貴方には何色に見えますか?」
「何色…?」
「ええ」
(アメジストが紫色なのは知ってるけど…)
自分の目を確かめようと、ジッと男のピアスを見つめるが、見れば見るほど、その石の中にドス黒い闇が渦巻いて見えてしまう。
「どうですか?」
中々答えを口にしないすみれに、男は柔らかく微笑みかけてくる。
「えっと…私にはその…黒く…黒い石に見えます」
「合格です」
すみれの言葉を聞いた男がふっと満足気に微笑み、左耳に揺れる石を指でそっと触れた瞬間、小さな石からドッと闇が溢れ出し、あっという間にすみれの体を攫った。
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