禁忌の書
蛇足
第1話 闇の入り口
シルドリア王国の王都。その一角にひっそりと佇む「魔導士教団」の本部は、表向きには学問と魔法の研究を目的とした穏やかな施設に見える。しかし、その内部では、魔法を独占し、禁忌の書や魔具を収集する目的で動く組織が存在していた。教団の名のもとに、魔導士の身分証を発行し、王国や他の組織と協力する体裁をとっているが、裏では恐ろしい力を操る暗黒の勢力が活動していた。
その教団に所属している一人が、アラン・ヴァルデリオだ。冷静沈着で、計算高く、頭の回転が早い青年。彼は魔導士教団の一員として、魔法の研究や学問に従事しているが、その心の奥底では教団の目的に疑念を抱いていた。魔法の力を正しく使うために集められているはずの禁書や魔具。その力がどこへ向かっているのか、アランはまだ知らなかった。
「アラン、また本を読んでるの?」
静かな昼下がり、アランが研究室の机に向かい黙々と本を読み漁っていると、突然声がかけられた。振り向くと、金色の髪が陽の光を反射する狐耳の少女、マルティナ・ヴェールが立っていた。
彼女は狐の耳と尾を持つ、力強く素早い戦闘能力を誇る少女だ。頭の回転はアランほどではないが、直感と大胆さで周囲を引っ張っていくタイプ。アランとは任務でも共に行動しており、彼女はアランの冷静な判断力に強い信頼を寄せている。
「うん、ちょっと調べ物があってな。」
アランは目を本に戻しながら答える。彼の目は、頁をめくりながらもどこか遠くを見つめているような、沈んだ色をしていた。
「禁書を探しに行くつもりはないのか?」
マルティナは、アランの机の上にある数冊の古書に目を留めると、あえて軽い調子で言った。彼女の瞳には、興味と挑戦的な光が宿っていた。教団の中での任務は、禁書や魔具を集めることだ。だが、アランにはその集められた力がどこに向かっているのか、まだ確かな答えが出せずにいた。
「まだ、早い。」
アランは本を閉じ、深いため息をついた。
「早いって、どういう意味?」
マルティナは不思議そうに眉をひそめる。その瞳は真剣さを欠かず、しかしどこか楽しそうだった。彼女にとっては、禁書を集めるという任務が一種の冒険のように感じていたからだ。
「ヴァーノンのことだな。」
アランの言葉に、マルティナの表情がわずかに固くなる。ヴァーノン。教団の裏の顔を担う、影の組織。禁書や魔具を集めるその真の目的は、表向きの教義に隠されている。
教団の名のもとに集められた魔法の力。その全てが、何か大きな計画のために使われているのではないか――アランはその予感に、心の奥で引っかかりを覚えていた。
「私たち、もうその渦中にいるんだよ。」
マルティナは少しだけ顔をしかめながら言った。彼女の目には、戦いへの覚悟と共に、どこか焦りのようなものが見え隠れしていた。アランは無言で頷くと、窓の外に視線を移す。
王都の街並みは穏やかで、平穏に見える。しかし、その背後には見えない力が動いている。教団という大きな組織の影響力が、あらゆる場所に広がっている。その力を握ることは、決して平穏な未来を保証しないことを、アランは感じ取っていた。
「本当に、この道を選んで良かったのか?」
心の中で、アランはふと思った。魔導士教団の一員として、禁書や魔法の力を手に入れることが、果たして正しい道なのか。その答えは、まだ彼の中で揺れ動いていた。
その日の夜、教団の奥深くで、アランは新たな任務を与えられる。それは、王都の外れにある古代の遺跡で、伝説の魔導書を回収するというものだった。表向きの目的は、魔法の学問に役立つ貴重な資料を手に入れることだ。しかし、その裏には、教団が狙う「禁忌の力」が待ち構えている。
「また、ヴァーノンの手が伸びてきたのか。」
アランはひとりごち、冷たい空気の中で呟いた。魔導書、魔具、禁書。教団が集めるこれらの力が、最終的にどこに向かうのか、その予感は少しずつ強くなっていた。
マルティナもその任務に同行することになり、二人はその夜、準備を整えて静かに王都を離れた。アランは目の前の道を歩きながら、心の中で自問する。
「これが、俺の選んだ道か。」
だがその答えは、どこにも見つからなかった。アランはただ、冷徹に前を見据えるだけだった。教団の闇に足を踏み入れた者として、もう後戻りはできない。
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