ポンコツメイドロイドは異世界を行く

未羊

第1話 ポンコツメイド、廃用決定です

 どんがらがっしゃーん!


 ガラスの砕け散る音が響き渡る。


「ぬわーっ! 買ったばかりの新築の窓が!」


 家主と見られる男性が大きな声でわめいている。

 目の前には豪快に窓を突き破って庭に落っこちたメイドらしき姿が見える。


「くそう、安いと思って買ったらとんだポンコツじゃないか。こんなもの返品だ返品!」


 怒鳴り散らす男性を見るように、庭に落っこちたメイドがひょっこりと顔を覗かせていた。


 ―――


 世の中は生活の中にAIというものが溶け込んでいる。

 家事というものは、AIの搭載されたメイドロイドたちが行うようになっており、街の電気屋で普通に取引されるようになっていた。


「くそう、また返品されたか……」


 そんな中、とあるメイドロイドメーカーの開発者たちは頭を悩ませていた。


「またD0666ですね。同じ『M-AI-D』シリーズの他の個体は問題ありませんのに、なぜこのD0666だけはこうなるのでしょうか」


「それが分かれば苦労はしない。まったく返品の度に調整をしているのに、なぜ全く学習しないのだ……」


 開発者はいらいらして頭をかきむしっていた。

 このメイドロイドメーカーの開発した『M-AI-D』シリーズは、人気の高いメイドロイドたちである。ただ、この『M-AI-D0666』の一体を除いての話だ。

 同じAIを用いて作られたはずなのに、この一体だけが発売当初から問題を起こし、返品と賠償を繰り返すといった事態に陥っていた。これですでに10回目である。

 これだけ開発者たちが我慢できたのは、自分たちが手塩にかけて設計と開発を行ったシリーズだからである。だが、10回も販売直後に問題を起こして返品をされては、さすがの開発者たちも我慢の限界を迎えていた。


「仕方がない。D0666は廃棄相当として処理することにする」


 開発者のリーダーがそう告げると、他の開発者たちは黙ってそれに従うことにした。

 廃棄相当として処理、つまりはスクラップである。もうさすがにこれ以上の賠償は、他の個体が稼ぎ出す利益を食い潰すとして看過できなくなったのだ。

 返品時に電源を落とされ、静かにたたずむD0666。いくら高性能AIを搭載されていようが、動力を失っていればどうする事もできない。

 今まさに、D0666は処分場に向けて運び出されようとしていた。

 その時だった。

 開発者の携帯電話が鳴り響く。

 取り出して画面を確認するが、表示されていたのは知らない番号だった。

 だが、一体どうしたことだろうか。開発者のリーダーはその電話に出なければならない気がした。

 ごくりと息を飲んで通話のボタンを押す。


「もしもし、どちら様でしょうか」


 慎重に声を発するリーダー。


『おお、よかった繋がったわい』


 電話から聞こえてきた声は、どうも年老いた男性の声のようである。


「……どちら様で、どのような用件でしょうか。というか、なぜこの番号をご存じで?」


 リーダーは一気に通話相手に質問をぶつけている。


『ほっほっほっ、年寄りの道楽じゃ。なに、気にする事ではない』


 だが、はぐらかすように話す爺さんである。わけの分からないやり取りに、リーダーはつい通話を切ろうとしてしまう。


『これこれ、通話を終わらせるでないぞ。せっかくお前さんが今廃棄しようとしているメイドロイドを買ってやろうと思っておるのにな』


 リーダーは通話相手の言葉に思わず固まってしまう。

 当然の話だ。D0666の廃棄の話は、ついさっき決まったばかりの事項だ。外部の人間が知るわけがない。


「……あなたは、一体何者ですか?」


『ほっほっほっほっ、そいつは秘密じゃのう。今から告げる場所にメイドロイドを連れて来ておくれ。なに、ちゃんと買い取ってやるから安心するとよいぞ』


 一方的に取引場所を告げると、通話はそのまま切れてしまった。

 わけの分からない電話に、リーダーはつい眉間に手を当ててしまう。白昼夢だろうかと思うくらいの意味不明な電話だったのだ。それにしては音声は鮮明だった。


(よくは分からないが、廃棄処分のメイドロイドを買いたいというのなら、その話に乗ってやろうじゃないか。ただし、返品は絶対受け付けないからな)


 リーダーは急きょ車の行き先を処分場から通話相手の告げた場所へと変更する。

 そうして到着した場所は、言葉を失うくらいの豪邸だった。


(年寄りの道楽かな?)


 破壊行為の続く評判の悪いメイドロイドを買い取るなど、はっきり言って正気の沙汰ではない。

 門にあるインターホンを鳴らし、話をするリーダー。門が開いて中へと車を走らせていく。

 広い庭を抜けて、ようやく館に到着する。そこには、同じようなメイドロイドが立っていた。


「お待ちしておりました。お館様がお待ちかねでございます」


「あ、ああ……」


 丁寧に出迎えられたリーダーは、荷台からD0666を降ろす。すると、どこからともなくメイドロイドたちが現れて、D0666を担いでいく。


「ご案内致しますので、ついていらして下さい」


 リーダーがメイドロイドに案内されて屋敷の中を歩いていく。きょろきょろと辺りを見回すと、とても一般人では集められないような絢爛豪華な内装で飾り立てられていて、リーダーはため息しか出なかった。


(とんでもない金持ちの家に来ちまったな……)


「こちらでございます」


「あ、ああ。もう着いたのか」


 考え事をしている間に目的地に着いていたようだ。


「お館様、例のメイドロイドの開発者のリーダーをお連れしました」


「おお、そうか。中にお通しなさい」


 許可が出たことで、リーダーは部屋の中へと案内される。

 廃棄処分の決まったメイドロイドを買おうなど考えるもの好きな老人。それは一体どんな人物だというのだろうか。

 リーダーは深呼吸をして対面に臨むのだった。

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