第2話 ポンコツメイド、飛ばされる

 ああ、またやってしまいました……。


 どうも、私は『M-AI-D0666』と申します。名前ではありません。型番号でございます。

 私はメイドロイドとして誕生したのですが、他の姉妹たちとは違い失敗ばかりでございます。購入先では一生懸命お役に立とうと張り切った結果、窓の破壊5件、蛇口の破壊が4件、壁に大穴が2件、床を踏み抜くが1件などなど問題を多数発生させて返品されてしまう日々でございました。


 ああ、廃棄処理という単語が聞こえてきます。

 ……やっぱり私はダメだったのでしょうか。

 電源を落とされてしまって動けませんが、その間でも蓄電されたわずかな電力で感覚は生きています。なんといっても、私の会社の自慢のシリーズですからね、高性能なんです。

 どうやら私はどこかへ運び出されるようです。廃棄処理ですから、おそらくは破砕工場でしょう。ああ、なんて短い一生だったのでしょうか。

 どこかに到着して私は担がれてどこかへと運ばれていきます。何か様子が変ですね。

 しばらくすると電源が入れられたようです。

 ……はて、廃棄処分であるならこうはならないはず。一体何が起きているのでしょうか。


 ―――


 電源が入ってD0666が目を覚ますと、広い部屋の中に立たされていた。目の前にはよく分からない老人、隣には自分を作ってくれた開発者の男性の姿があった。


「本当に、このD0666を買って下さるのですか?!」


「うむ、わしに二言はない。このくらいでどうじゃ」


 老人が合図をすると、屋敷のメイドロイドが台車を押して入室してくる。かぶせられた布を取り払うと、そこには札束の山が置かれていた。

 その札束の山に、リーダーはおろかD0666も驚いていた。


「おお、目が覚めたようじゃな。わしが今日からおぬしの新たな主じゃ。よろしく頼むぞ」


「ピピピ……、新たなご主人様」


 突如として目を開いて直立するD0666。メモリに情報を書き込んでいるのである。


「では、こちらの契約書にサインを。それが終われば正式にD0666はあなた様のものでございます。……ですが、本当によろしいのですか?」


 契約書を差し出しながら、改めて確認をするリーダー。なにせ散々トラブルを起こし、初日返品を繰り返してきたいわくつきのD0666である。慎重になるのもしょうがないことなのだ。


「くどいな。買うと言ったら買う。返品はないから安心するとよいぞ」


 爺さんがはっきりと言うとリーダーはようやく安心した表情を見せていた。ようやくメーカーのお荷物がいなくなるのだ。その安堵のほどといったら相当なものなのである。

 サインされた契約書と代金を受け取ったリーダーは、足取り軽く屋敷から帰っていった。


 屋敷の中では、購入者の爺さんとD0666が向き合っている。

 これからどうなるのかまったく分からないが、D0666は最初の挨拶を行う。


「初めまして、ご主人様。私は『M-AI-D0666』と申します」


 長ったらしい型番を名乗る。

 その挨拶を聞いた爺さんは椅子から立ち上がり、D0666へと近付いていく。そして、脇に立ちながらじろじろとD0666の全身を眺めている。


「ふむ、理想通りのメイドロイドじゃのう。ちょっと細工をしたかいがあるというものだ」


「……何を仰ってられるのですか、ご主人様」


 さすがは高性能メイドロイド。こういった反応が余裕でできるのである。


「実はな、わしはな、神様なんじゃよ」


「……ボケられるにはまだ早くございませんでしょうか」


「実にいい反応じゃな。AIメイドロイドとは思えぬ反応じゃ」


 爺さんはD0666から少し距離を取って振り返る。


「そういえば名前がないのは不便じゃな。まずは名前をつけてやろう」


 そう言いながら爺さんは唸り始めた。しばらくして、爺さんはポンと手を叩いて言い放つ。


「M-AI-D0666から頭の三文字を取って『マイ』というのはどうじゃ」


「『マイ』でございますか。よろしいかと存じます」


 淡々と反応するマイ。冷めた反応を見せるあたりが機械だなと思わされる。


「それでじゃ。わしがお前さんを購入した理由というのはな、わしが管理する世界を救ってもらいたいというわけなのじゃよ」


「はあ、意味が分かりませんね」


「まぁそうじゃろうな。実はわしは複数の世界を管理する神なのじゃが、ちょっと管理をおろそかにしてしもうた世界を邪神に乗っ取られてな。どうやって世界を取り戻そうかと考えておったわけじゃ」


「はあ……、左様でございますか」


 突飛のない話に、マイの反応はとても冷ややかだった。


「人間を送り込むにしてもいろいろと処理が面倒でな。それで、この世界にたくさんおるロボットとやらに注目したわけなんじゃ。お前さんはわしが選んだ実験体というわけじゃな」


「もしかして、私がいろいろやらかしたのは……」


「そう、わしが細工を認めじゃ。じゃからこそ、購入の際にはその詫びも兼ねて金額を上乗せしておいたがの」


 爺さんの言い分に、思わずAIの思考回路が止まりそうになるマイ。もはや機械の考えられる領域を超えていたのだ。


「というわけじゃ。お前さんはわしが購入したのでどうとでも扱える。早速じゃが、わしの世界へ行って邪神を倒して世界を救っておくれ」


「……拒否権は」


「もちろん、ない」


 思わず固まるマイ。だが、爺さんの手と頭が光り出し、不思議な力がマイを包み込み始める。


「向こうで過ごすための知識と能力は与えておく。それをうまく使いこなせるかは、お前さんの能力次第じゃ。困った時はメモリを参照するのじゃぞ」


 爺さんの声が響いたかと思うと、部屋は眩い光に包まれる。光が消え去ると同時に、マイの姿もそこから消えてしまったのだった。

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