第4話 貧民街の聖女

 私は商人の相談に乗せられて貧民街を訪れることになってしまった。

 ああ、なんであんなこと口走っちゃったんだろう。


 街の真ん中から少し南に進んだ辺り、寂れた雰囲気の家屋が立ち並ぶ地区がある。

 そこがリビエルの貧民街だ。

 他の地区と比べて明かりが少ないそこは近寄りがたい空気が漂っている。

 本当はこういうところに施しとかしてあげるべきなんだろうけど、私一人の力じゃどうにもできないのが実情だ。


 さて、早速貧民街に到着した。

 どうやって盗人の手がかりを探そうか。


 「おい、聖女様だ!」

 

 住民の一人が私を見かけるなり大声で騒ぎ立てた。

 それを聞きつけ、次から次へと住民たちが押し寄せてくる。

 あっという間に囲まれてしまった。


 「聖女様、今日はどうしてここへ?」

 「え?あー、ちょっと人探しをね」

 「なんだ。施しに来たわけじゃないのか」

 

 卑しい奴らめ。

 貧民街の住民は常に極限状態の手前で生きているせいか、物乞いがとにかく多い。

 

 「私が探してる人のことなにか教えてくれたらいいものあげる」

 

 懐から金貨の入った小袋をちらつかせ、わざとらしく袋を揺らして音を鳴らすと連中は目の色を変えてまた集まってくる。

 私は聖女だからといって清く正しくなんてことはない、その場その場に応じたやり方を選ぶ。

 

 「で、その探してる人っていうのは?」

 「最近街を騒がせてるっていう盗人。小柄でフードとローブで身を隠してるらしいんだけど何か知らない?」

 「あー、それなら」


 あっさりと手がかりを掴んでしまった。

 欲に目が眩んだ人間というのはなんて単純なんだろう。


 「そいつならその建物の奥にいる。最近流れ着いてきた新参だ」


 貧民街の住人は盗人の潜伏先をあっさりと教えてしまった。

 こんなに簡単に情報を売られてしまうとなんだか気の毒だな。

 

 「ありがと。じゃあお礼にこれあげる」


 私は小袋から金貨を取り出し、同行してきた数人に一枚ずつ手渡した。

 お金で釣るのはあんまり褒められたやり方じゃないんだろうけどこれのおかげでことが進むのはありがたいに越したことはない。


 貧民街の連中を撤収させ、私は廃墟同然の建物の中に足を踏み入れた。

 万一に備えて権能を発動させ、ガベルを握りしめて奥は奥へと進んでいく。

 

 「くっさ……」


 廃墟の中は悪臭に満ちていた。

 生物をとことん腐らせたような臭いだ。

 じっくり嗅いでたら吐き気を催しそうだ。

 こんなところで人が暮らせるとは思えない。


 廃墟の中を探索していると、明らかに違和感のある場所を発見した。

 そこは陽が当たらない廃墟の壁際、そこにら明らかに置き場所を間違えているとしか思えない複数人がけのソファが設置されていた。

 ソファの周囲には他の場所よりも多くの食べかすが散らばっていた。

 なるほど、確かにここにいる人物が例の盗人だと言われても納得だ。


 そしてソファの上には布の塊が置かれている。

 ……置かれている?


 「ん……?」


 今、布の塊が動いたような気がした。

 間違いかも知らないけど念のために確かめてみよう。

 私はソファに近づき、間近で布の塊を調べた。

 

 布の塊は確かに動いている。

 小さくゆっくりと膨らんだり萎んだりを繰り返しているその様子はまるで生きているかのようだ。

 ということはこの中に誰かがいる?

 何が出るか正直わからないけど、それを確かめるのが今の私の仕事だ。

 私は意を決して布を引っ剥がした。


 「……子供?」


 布の塊の中には人の子供がいた。

 薄汚れた姿をしているが確かに人の子だ、体型からしておそらく女の子だろう。

 少女は蹲るように丸くなり、目を閉じて静かに呼吸をしている、どうやら今は休眠中らしい。

 そんな彼女の外見には明らかに異彩を放つものがあった。


 「耳……だよね?」


 ソファの上で寝息を立てる少女の頭頂部にはどう見ても人のものではない三角形の耳が生えていたのであった。

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