源流
@kuzuhana
またの約束はない方がいい
母は時々、父がもういないという事を忘れる。
父が死んだ時、母が一番にしたことは父の財布を漁る事だったのに。
忘れてないアピール?
今更。
「お父さんがいないから病院にいけない、お父さん精神科に行くのにお父さんがいないから」
「いやそれあんたでしょ」
こういう相手に対して、突っ込んじゃいけないのかもしれないけど思わず出てしまう。
難しいのだ。
先日の血液検査で塩分濃度は安定していたし、MRIで脳梗塞の跡は無し、脳の萎縮も、腫瘍の再発もない。
ただ、毎日毎日検査をする訳じゃない。
なら、認知症が始まったのか、安定剤が強すぎるのか、あるいは合わないのかなど、どこまで素人の私が注意しなければならないのか、さっぱりだ。
なるようにしかならない、変えられない事で悩んでも仕方ないと分かっていても、責任を負うのが怖い。
私のせいになるのが怖くて、日々、無駄に頑張って空回りしている。
私は怖い話が好きだけど、それだけの人間だ。
霊能力があるわけでなし、母が不気味な事を言ったりしたりしていても、キモッと思ったり、あああーーー、と思ったりするだけ。
でも母にとってはどうだろう。
母からしたら。
母のこの状態を、私が理解するまで、私は母が嘘を付いていると思うことが多かった。
息をするように嘘をつく。
一瞬も迷わず。
私の横で嘘をつく母に強張りつつ、母を凝視しようとする身体を止め、それを擁護した事もある。強烈な記憶だ。
そして母は、少し前から、娘が2人いる気がすると担当の先生に言い出した。
そして、私をお母さんとかお姉さんと呼び、
「さっきお姉さんに髪洗って貰った」
と。
「それと同じ服来た人が来た」
と言う。
それ私なんだけど! 私の手柄が搾取されとる!! え?? っていうか、誰か来たの?! 誰も来てないじゃん! 怖っ! ちょっと変な事言わないでよ怖っ!!
その度毎ザワザワしながらも良く聞けば、私と同じ服を着た人は、母の薬を出して去っていったらしいので、まあ、私だろう。
だが私じゃないと母は言っている。
そして私を話相手に。
「お姉さんも◯◯えりって言うの? 娘と同じ名前なんだね」
から
「えりは2人いるんだ!」
と、なった。
なるほど。
なるほどじゃねーわ。
ないけど、これは、母が、私の事を認識出来る時と、出来ない時があるせいだと思うのだ。
みんな、と言ってたのも私やテレビからの声、または外から聞こえてくる話し声だったのではないか。
あくまで母にとっては、私と同じ服を着た知らないお姉さんが家の中にいたり、死んだ母親や旦那が見えたり、話し声がして、壁が扉だったりするのだ。
それが母にとっての現実。
母には死んだ人がいるように見えていて、誰もいないのにいるように見えている。
あるはずのない葬式の連絡を受けたり、ない扉や換気扇を探す。話した事を忘れ、誰もいないのに話し声が聞こえたりもする。
同じ時間の同じ世界線にいるのに、まるっきり違う世界で生きているようだ。
もちろん、病気性の被害妄想があるせいとはいえ、あることないこと言っている事に変わりはない。
私は、自分の頑張りが評価されないと、不機嫌になるだけ無駄で、自分で自分を褒めるしかない。
ここ2・3日、母は安定している。
不思議な事は、掠る程度の会話をしてくれている。
あれ買ってこれ買ってとごちゃごちゃ言われてブチギレた私が、無理やり母に了解させて、模様替えをしてやったからかも。脳への刺激になったのでは。
わっはっはー。やってやったわ。
普通の会話ウェーイ。
ウェーイ。
…わかってる。
また、すぐもとにもどっちゃうんでしょ。
分かってますとも。
でも、毎日は辛いのだ、
毎日はしんどいのだ。
せめて週イチでいいから休暇が欲しい。
1年365日24時間勤務の奴隷仕事は無理なのだ。
ただ。
解決しない事もある。
そもそも、母が精神科に通い出したのは、昔住んでいた平屋の市営住宅で村八分にされたせいだ。
「◯◯さんは霊媒だから、付き合うと全部見られるよ」
と。
当然私も煽りをくった。グループの各親が付き合うなと、子供らに言いつけたからだ。
母はとうとう家にいられなくなり、我が家は、母方の親戚の手を借りて夜逃げみたいに引っ越した。
私も引っ越しを聞かされておらず、学校から帰ったら家はもぬけの殻、鍵が掛かっていて、それを見た私は捨てられたんだな、と思った。
暗くなる前に警察署までいかないといけない、とも。
スマホは勿論、時計すらしていなかった為、近くにあった集会所の時計をガラス窓越しに見ながら、4時になったら行こう、5時になったら行こう、あと10分たったら、あと5分たったら。あと5分。
どんどん暗くなり、どんどん見えなくなっていく分針を見ながら、全財産がランドセルひとつで、どうやって暮らしていけばいいのか、どこで眠ればいいのか、夕食を抜くぐらいならなんとかなるけど。ああ、体を売ればいいか、学校ももう行けないな。
涙も出ない苦しさでいっぱいになりながら、結局は迎えを待っていた。
小学生の子供がひとり外で座り込み、家にも入れずウロウロしていても、近所の人達は誰も出てこなかった。夕焼けが消える寸前になって、母が車で迎えに来るまで、誰も。
私も助けを求めなかった。
自分の母をそんな目に合わせた近所の人達を憎んで敵認定していたから。
村八分にされるような母でも母親は母親なのだ。
そもそも、なぜ、そういう事になったのか。
母が不思議な事を言うたびに思う。
霊媒と言われ市営住宅にいられなくなった母は、何をしてそうなったのだろうかと。
誰に何をしたのか
誰に何を言ったのか。
私は何も知らないのだ。
あの頃、母が自分の実家がある地域で、拝み屋、と言われる人の所に通っていたことは知っている。
何か小さな位牌を持って帰ってきた事も、今でもその位牌が箪笥の奥にしまってある事も知っている。
自分の娘を置き去りにしたのに、それはとっくに運び出され未だに箪笥の中にある。
位牌なのに仏壇に上がらない位牌って、普通なんだろうか。
うっかり、会話の端にも引っかからないそれはいったい何なのか。
母が霊媒と言われて村八分になった事と、今の不気味な事を言ってくる状態が、まったく関係ないと言い切っていいのか、小さな位牌を思い出すたび不安になる。
そのうち理論建てて解決できない事が起こったら、また吐き出させて貰いたい。
ひと通り、誰かに聞いてほしかった事を書き出せた。
ここで一度閉めさせて頂く。
目を通して下さったあなたへ。
ありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます