JKさんとOLさん

シュンスケ

凍てついた天使は時の交差を招く



 このごろ朝の通学電車で痴漢にあう。


 セーラー服は目立つから狙われにくいのではと考えていたけのだけれど。


 甘かった。


 痴漢にとってはちょうどよい標的アイコンだったのだ。


 手の感じからして、いつも同じ痴漢だ。


 最初はサラッと触れるだけだった。


 それから、おしりを触ったり、太ももを触ったり、お腹を触ったり、日を追うごとに大胆になっていった。


 今日はとうとう胸に辿り着き、わしわしと揉んでいた。


 さすがにこれはない。怒りのゲージはMAXをはるかに通り越していた。


 どこのどいつかしらないけど、とっつかまえて警察につきだしてやる!




 恐くないかって? もちろん恐い。


 相手が暴力を振るってくることも視野に入れておかなければならないし。


 捨て身の覚悟で現行犯で捕まえるしかないのだ。




 意を決して、わたしは痴漢の手を掴んだ。


 ガシッ! 


 引き抜かれようとした手を脇でがっちりと固めた。


 逃がさない!


 どんなオヤジなのか、これまでの恨みを込めて、鬼の形相で振り返った。


「ひゃう!」


 やたらカワイイ声を出すオヤジだった。


 しかもタイトなスカートをはいて、胸のふくらみまである。


「んんっ!?」


 このオヤジ。オヤジらしくない。


 いや、違う。


 よく見ると、そこにいたのは、目をまんまるくしたOLのお姉さんだった。





 なにこれ? 痴漢を捕まえたと思ったらOLのお姉さんだった?


 夢? 幻覚? NONノン! 間違いなく現実だ。


 背は頭半分くらい高く、肩までの髪はサラサラで、ちょっとつり目で、タイトなブレザースーツを着込んでいた。バリバリのキャリアウーマン風のいでたちだった。



 こんなの想定外もいいとこだよ。


 落ち着け。冷静になれ。



 手を掴まれたOLさんは涙目になってダラダラと汗を流していた。


「あ、あの、これは、その、あの……、はう……」


 OLさんの語彙力が崩壊していた。



 声を低くして耳元でささやいた。


「次の駅で降りましょうか」


「ひゃい」


 OLさんの口から情けない声がもれた。




 電車は去り、プラットホームにはほとんど人はいなくなった。


 ベンチにふたりで腰を下ろした。


「どうして痴漢なんかしたんですか?」


 単刀直入に訊いた。


 するとOLさんは遠い目をして喋り出した。


「まず私の立場からお話ししなければなりませんが、よろしいでしょうか」


「できるだけ簡潔にお願いします」


「はい」


 OLさんは話し始めた。


「私は麗しき乙女を守護するガーディアンでした」


 はい? 


「聖ヴィリス女学園の妖精、麗しきセーラー服の乙女、長い黒髪の神秘的な美少女を護るために、通勤電車で毎日顔を合わせる会社員たちの暗黙の取り決めによって、ガーディアンに選ばれたのです。ガーディアンの役目は、乙女の側に侍り、見えざる悪意から護ること。主に痴漢対策と言っていいでしょう」


「ここはファンタジー世界か何かで、わたしは失われた王国のプリンセスですかね」


 壮大そうに見えて全然壮大ではなかった。


 満員の通学電車の中で、知らない内に護られていたんだね。だけど。


「ガーディアンが被護者に手を出してはまずいのでは?」


「おっしゃる通りです」


「では、なぜ?」


 OLさんは両手で顔を覆って、ガバッと頭を下げた。


「が、我慢できませんでした! 申し訳ありませんでした!」


 我慢ができてたら、痴漢はしてないよね。


「一目惚れだったんです! 朝の通勤電車の中で麗しきセーラー服の乙女と運命の出会いを果たしたその瞬間から」


 セーラー服はここらでは聖ヴィリス女学園だけだ。よそは全部ブレザーだ。


「一目会いたいばかりに、毎日同じ時間の同じ車両に乗って、ガーディアンを続けていました」


 麗しき乙女とか、聞いているこっちが赤面してしまいそうだ。


「ガーディアンとしての務めを果たしながら、近くで見ているだけで満足だったんです。務めを全うすることこそが生き甲斐であり、日々の生きる糧でした」


 生きる糧って、OLさんってどんな生活してるの。


「そんなある日のことでした。満員電車の中で人ごみにもまれた末、意に反して身体が密着してしまったのです」


 女性と密着してもあまり気にしないからね。


 OLさんは恍惚とした表情でその時のことを回想した。


「やわらかいし、いい匂いはするし、一瞬天国が見えた気がしました」


 それはシャンプーの匂いだよ。髪は腰くらいまであるからね。


「運命の糸にからみとられるように時が交差し、お互いの身体が密着することで、呪われた右手の封印が解かれ、麗しき乙女のおしりに接触しまったのです。ああ、もう、全ての体液が吹き出しそうなほど興奮してしまいました。そこから右手の制御が効かなくなり、太ももにさわったり、お腹にさわったり、そして今日、ついに、夢にまで見た、念願の、お、お、おっぱいを触ったのです」


「触っただけじゃなく、揉んでましたよね?」


 あれはさすがに一線を越えてた。


「ひゃい! 欲望に抗えませんでした!」


 呪われたこの右手が憎いと、OLさんは頭を抱えて嘆いていた。




「このこと、彼氏さんとかは知ってるの?」


 と訊くと、OLさんの顔から表情が抜け落ちた。


「彼氏? それはどこの星の生物ですか?」


「はい?」


「私、固いものは苦手で、特に男の人のゴツゴツとした骨とか筋肉とか海綿体とか、虫唾が走るというかゲロはきそうになります」


「そうなんだ」


 うちの学校にもけっこういるよ。男性が苦手な子。


「じゃあ彼女さんとかは?」


「いません」


「ふーん」



 人は見かけによらないというか。非モテには全然見えない美人系のOLさんなんだよね。


 痴漢なんかしなくても、普通に声をかけてくれれば、おつきあいしたのに。


 あ、社会人が高校生に声をかけるのは無理があるか。


 じゃあ、お手紙とか。


「拝啓。突然のお手紙をお許しください……」

 

 今時ないな。


 時間をかけて愛を育むとか、趣味でもない限りやらないよ。


 気になる相手が見つかったら、告白~ベッドイン、これが自然な流れ。


 一緒にいる時間を楽しんだ方がよっぽどお得だよね。


 M系片思いよりだんぜんS系だよね。




 痴漢は犯罪だけど、まあ、これも出会いの一つだと思えばいいか。




 しょんぼりへこんだOLさんに言った。


「痴漢、ダメ、絶対」


「ひゃい」


 うなだれたまま返事をするOLさん。


 痛々しいまでの絶望感が漂っていた。


「だけどね。許される方法がひとつだけあるの」


「へっ?」


 顔を上げてこちらを見るOLさん。目がまんまるだ。


「OLさんとわたしがおつきあいをしていたなら、痴漢は痴漢ではなくてプレイになるのです」


「えっ!?」


「カップルが満員電車でイチャイチャしているだけになるんですよ」


「そっ、そんな夢みたいな……、いえ、裏技みたいなことが!」


「できてしまうんですよね」


 絶望の中に差し込む一筋の希望の光。


 わたしはOLさんの背中を押した。


「だから、OLさん、順番は前後してしまいましたが、ってしまいましょう」


るって、なにをですか?」


「おつきあいするためにはまず、告白でしょう?」


「こここここ、告白!?」


「立ち上がって下さい。そしてって下さい。OLさんの思いを」


 OLさんはベンチから立ち上がった。


 わたしの前に片膝をつき、震える手を差し出した。


 運命の告白が始まった。


「麗しきセーラー服の乙女よ、長き黒髪が蠱惑的な天上の香りを纏う少女よ、凍てついた天使は時の交差を招き、その美しき姿は我の心を魅了した。愛は深淵より解き放たれ、思いは因果の彼方より出でて、運命を共に刻まん」


「魔法の呪文かなにかですか?」


「こ、告白とかしたことなくて、こんな文面しか思い浮かばなくて、すみません……」


「まあ、よしとしましょう。返事はOUIウイです」


 自分の手を差し出されたOLさんの手に重ねた。


「ええええええっ!」


「なぜそこで驚くんですか? 断られる前提で告白なんてしないでしょう?」


「それはそうなのですが……」


「とりあえず、今度の日曜日、デートです」


「え!?」


 何を言ってるんだって顔でOLさんはこっちを見た。


「おつきあいをはじめたら、まずはデートでしょ?」


「デデデデ、デート!!」


「したくないですか?」


「めっちゃしたいです!」


 ハッと口元をおさえるOLさん。本来はすごく欲望に忠実な人なんだね。


「スマホだして」


 アドレスを交換するOLさんの手がプルプルと震えていた。


「麗しき乙女とデート……、麗しき乙女とデート……」


小尾絵玲オオエレさんっていうんですね」


「麗しき乙女の名は……時栄ジエイケイさんですね」


「気軽にJKジエイケイって呼んで下さい。わたしもOLオオエレさんって呼びますから」


「ひゃ、ひゃい!」


「場所と時間が決まったら連絡を下さいね」


 ベンチから立ち上がると、次の電車がプラットホームに入ってきた。


「乗らないんですか?」


 振り返ってOLオオエレさんに尋ねた。


「頭が混乱して、冷却期間を要請します」


「うん。じゃ、また明日」


「明日?」


「明日も電車に乗るんでしょ?」


「はい、仕事がありますので」


「明日の朝は向かい合って電車に乗りましょうね」


「え? JKジエイケイさんと向かい合って?」


「お互いの顔がよく見えるように。わたしもOLオオエレさんの顔見ていたいし」


「それってどういう……」


「言い忘れましたが、けっこうタイプなんですよ、OLオオエレさんの顔」


「ええええええっ!」


 ドアが閉まり、ドア越しに手を振った。


 電車が走り出した。


 驚いた顔のOLオオエレさんを残して、電車はどんどん駅から遠ざかっていった。


 窓を見ると、手を口もとに当てて、とても楽しそうに笑っている自分の顔が映っていた。




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※読んでいただきありがとうございました。


JK「明日の朝は向かい合って電車に乗りましょうね」

OL「ちょま、満員電車の中で向かい合って密着なんてしたら、出たらダメなものがいろいろと出てしまいそう!」

JK「OLオオエレさんって大袈裟さなところがありますよね」

OL「23歳の妄想OLを舐めないでください! 妄想は最大のオカズです。自慢じゃありませんが、妄想だけで逝けます!」

JK「相当こじらせてるのかな」


OL「もし満員電車の中で逝ってしまったら責任取ってくださいね」

JK「なにをすればいいの?」

OL「ひ、ひ、ひざまくらです!」

JK「それくらいならいいですよ」

OL「顔はお腹の方を向いて、ですよ!」

JK「あー、匂い嗅ぎたいんですね」

OL「麗しき乙女のかぐわしき香り……想像しただけで、ぶはあっ!」

JK「ちょっ、OLオオエレさん! しっかりして!」


 こうしてちょっとアレだけど見た目がタイプなOLオオエレJKジエイケイはおつきあいすることになりました。

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