第14話 締め括りの全日本2歳優駿

 やはり中央競馬のクラシックに挑戦するという報は新聞としても注目度が高いらしい。福島2歳ステークスに出走予定だったロマンブライトは、調整がうまくいかず回避する事になった。それでも中央競馬勢全滅だったJBC2歳優駿より新聞の扱いは大きかった。

 次走は東京2歳優駿牝馬に出走予定だが、来年の中央競馬クラシックへの挑戦の方向に変更は無いという、管理している多治見調教師のコメントが記事になっていた。



 全日本2歳優駿が近づいて来たある日の事、馬主の吾妻さんから食事でもどうかと誘いがあった。馬主登録の際に何かとお世話になっておきながら、ここまで挨拶にも伺えず申し訳ない思いをしていた所、向こうからの誘いであった。


 吾妻さんは会って早々にビヴロストが好調そうだと言って来た。どうやら気になって成績をチェックしてくれているらしい。

 少し薄暗い照明の中、食事を二人で堪能していると吾妻さんは、突然一枚の馬の写真を見せてきた。


「今度その馬を全日本2歳優駿に出す事にしたんだよ。美浦の長尾厩舎に預けている馬で『スターライラ』って名前でね。中々に素質が高そうっていう話なのでね、大きい所に出してどの程度やれるか見ようと思ってるんだよ」


 長尾調教師の話で、走りを見るにどうやらダート向きという事なので新馬戦にダートを使ってみた。そのレースぶりからこれは走りそうという話になり、次走にカトレアステークスを選んでみた。するとこれも快勝。そこで全日本2歳優駿に出走させる事にしたのだそうだ。


「君の馬は出さないの? 全日本2歳優駿には。ネクストスター名古屋勝ったんだろう?」


 どうしてもライデンリーダー記念に勝ちたいからと説明すると吾妻さんは笑い出した。やりたい事が先にあって、いかにも駆け出しの馬主さんという感じだと。

 吾妻さんも最初はそうだったらしい。マル外(=持込み馬、輸入馬)全盛期の頃、父も母も内国産の馬で中央競馬のGIを取りたいと考えて馬を買い漁った。その内の一頭がエリザベス女王杯を勝ってくれたそうで、そこからはもっとGIが欲しいというだけになってしまったのだそうだ。



 吾妻さんと別れた俺は、家に帰り吾妻さんが自慢するスターライラがどんな馬なのか調べた。

 父はドレフォン、母はスターポルックス、母の父アッミラーレ。スターは吾妻さんの馬に付けられる冠名であり、スターライラの母スターポルックスも吾妻さんの所有の牝馬である。


 父のドレフォンは皐月賞馬ジオグリフを輩出したストームキャット系の種牡馬。仕上がり早で、速さとパワーを兼ね備えており、かなりダート向きの特徴を有している。


 母の父アッミラーレはサンデーサイレンスのラストクロップ。恐らくはサンデーサイレンスが急死してしまったので、牝系の良さそうな馬を種牡馬にという事だったのだろう。オープン勝ち程度の成績しか残していないが、その戦績はダートに偏っており、地方競馬に向けてそれなりに需要があると判断されたのかもしれない。


 その血統表の中の一頭の馬の名前に何か既視感を感じていた。

 スターポルックスの祖母タケノファルコン。父はオーエンテューダー系のフィリップオブスペイン。絶対に聞いた事が無いはずなのに、なんでこんなに既視感があるのだろう。


 スターポルックスの母カシオペアレディを調べていて、既視感の正体が判明した。近親馬の欄にホクトベガと書かれていたのである。エリザベス女王杯を勝った際の『ベガはベガでもホクトベガ』の実況で有名なあの馬である。


 恐らくは根っからのダート馬だったのだろう。芝での成績は惜敗続きで、途中からダート路線に切り替えた。そこからの成績は見事という他は無く、今のダートの体系であったらどれだけの賞金を稼いでいたかわかったものでは無い。

 競争生活の締め括りとしてドバイに遠征し、ドバイワールドカップに出走した。だが四コーナーで故障発生。日本に帰って来る事は無かった。

 スターライラには何とか無事に引退の日を迎えてもらいたいと願うばかりである。



 ◇◇◇


 いよいよ未来優駿シリーズの最終戦、全日本2歳優駿の当日を迎えた。

天候は晴れだが、馬場状態は稍重となっている。


 中央競馬からはJBC2歳優駿に出走した五頭のうち、グロッタアズーラ、クロストゥーユー、ライジングイーグルが引き続き出走。

 それ以外に吾妻さんのスターライラと、もう一頭、二戦二勝のアウヤンテプイという馬が出走している。


 地方馬ではウィンザーローズが東京2歳優駿牝馬に出走予定となっているが、カリナン、ラッキーユニバース、スプリングオペラは出走。

それ以外では平和賞を勝利した船橋のゴールドラッシュという馬が注目されている。


 一番人気はスターライラ。二番人気にここまで無敗のカリナン。三番人気がラッキーユニバース、四番人気がグロッタアズーラ、五番人気がクロストゥーユー。アウヤンテプイが六番人気、ライジングイーグルが七番人気、スプリングオペラが八番人気、九番人気がゴールドラッシュ。


 深雪の本命は吾妻さんの馬スターライラ、そこから馬連を手広く流している。俺の本命もスターライラ、同様に三連複で人気上位の地方馬を中心に手広く流している。

 二十時半出走のナイター競馬という事で、深雪と二人ビール片手に中継サイトでの観戦である。



 係員が赤色の旗を振るとファンファーレが演奏され、正面向かって左奥のスタート位置にて各馬の枠入りが開始される。


 ゲートが開き、全十二頭が一斉にスタート。


 やはりというか、ラッキーユニバースとカリナンが押していく。カリナンが今回も強固に先頭を主張。ラッキーユニバースは今回も二番手に控えた。

 ライジングイーグルとゴールドラッシュがそのすぐ後ろを追走。先団後ろにスターライラとスプリングオペラ。

 少し離れてクロストゥーユーとグロッタアズーラ。後方三番手にアウヤンテプイ。


 一コーナーを回って曲線。照明が灰色のコースを照らし出す。馬が蹴り上げる砂は馬群の後ろほど砂塊となって舞い上がっている。


 二コーナーを回って向こう正面直線に入る。先ほどまで膨らみ気味だった馬群は細く長く伸びている。

 先頭はカリナン。だが二番手のラッキーユニバースもすぐ外を追走している。そのせいで若干ペースが早い。


 直線半ばを過ぎると、後方のクロストゥーユーがじりじりと位置を上げ先頭集団に押し入ってくる。グロッタアズーラもアウヤンテプイも差は詰めたものの、後方でじっと耐えている。


 三コーナーを回るとカリナンがロングスパートに入る。それに合わせラッキーユニバースもロングスパートに入る。

 ライジングイーグルとスプリングオペラが一気に先頭との差を詰める。だがスターライラとゴールドラッシュは追い出しを開始しない。


 四コーナーを回って最後の直線。

 先頭を行くカリナンが逃げ切りの体勢に入る。ラッキーユニバース、ライジングイーグル、スプリングオペラがそれを追走。その三頭を外からスターライラとゴールドラッシュが一気に抜き去った。


 残り百メートルのハロン棒が目に入る。

 カリナン、ラッキーユニバース、ライジングイーグル、スプリングオペラ、クロストゥーユーの五頭が必死にスターライラを追いかける。だがスターライラの末脚が速く、差を詰めるどころか徐々に引き離されてしまう。

 そんな中、ゴールドラッシュだけが必死に食い下がっている。


 そこに大外から二頭の馬が上がって来た。アウヤンテプイとグロッタアズーラである。直線に入ってからスパートを開始した二頭がスターライラを抜き去らん勢いで上がってくる。


 アウヤンテプイの脚色が非常に良い。一気にアウヤンテプイがスターライラに馬体を合わせてくる。だがスターライラもなんとか二着を死守しようと必死に粘っている。


 完全に一頭アウヤンテプイが抜け出した。

グロッタアズーラがスターライラに並びかけようとした所がゴール板であった。



 一着アウヤンテプイ(JRA)、二着スターライラ(JRA)、三着グロッタアズーラ(JRA)。四着ゴールドラッシュ(船橋)、五着カリナン(大井)。ラッキーユニバースが六着、クロストゥーユーが七着、スプリングオペラが八着、ライジングイーグルは最後に脚が止まってしまい十一着であった。



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

スターライラ *ドレフォン    Gio Ponti     Tale of the Cat

                         Chipeta Springs

                 Eltimaas      Ghostzapper

                          Najecam

        スターポルックス アッミラーレ   *サンデーサイレンス

                          *ダジルミージョリエ

                カシオペアレディ *デインヒル

                          ダケノファルコン

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