キスまでに交際324ヶ月

「私の恋人はあの月ですから」


 日本人最年少――それも女性の宇宙飛行士が月から無事に帰還したという報は瞬く間に世界中へ広がって、それと同時に彼女のその言葉も一瞬であらゆる言語へ翻訳されて広まった。人々は美談として受け止め、称賛し、彼女の微笑みをあらゆる媒体に複製した。


「私の恋人はあの月ですから」


 彼女は決まってそう答える。

 誰も本気にはしてなかった。 

 仕事一筋。家族は無く、趣味も無い。この一帯で一際高く聳え立つマンションの最上階、一糸纏わぬすがたで夜空に向かって腕を広げる彼女のこころを知る者は居ない。――ただ、月だけが彼女を見つめている。


 東京の空には今日も、灰白色に光る月の横にもうひとつ、眼下を憤怒の様相で睨め付ける、真っ赤な月が輝いている。


「心配しないで、またすぐに行くから」

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ひとでなしども 烏有なずき @nkmntc

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