5.日常

 目の前が真っ暗になった。

 配信の機能について、すぐに言わないことから、よくない事だとは薄々わかっていた。

 だから魔力が戻ったと同時に防御壁を張った。賭けだった。

 体内による毒ではなく、電流だから間に合ったはずだ。

 ただ、魔力が少しだけのせいもありダメージが入った。

 これは、死んだの?

 私?


「……っ!」


「……!」


 誰かの叫び声が聞こえる。

 誰だ……私は死んだの?

 間に合わなかった……?


「しっかりしてください!」


「目を覚ませ!」


 聞き覚えのある声に目が覚めると、そこには見知った顔が覗き込んでいた。

 子供の頃から知っている2人……。


「リュカ?……アスタロト?」


「良かった!生きてた!」


「無事で良かったです……本当に……」


 2人の涙に、私も今まで溜め込んでいたものが溢れて一緒に泣いてしまった。

 私にとってこの2人は日常の…幸せの象徴のようなものだから……。

 ここは暗くカビ臭いダンジョンには変わりがないのに、私は日常を取り戻せた気がした。




 泣き止んだ後、状況を把握するために顔を見合わせる。

 クロウさんが用意してくれた食事が並んでいた。仕事が出来すぎて申し訳ない。


「アザラ様の置かれていた状況は、村で配信されて我々も知っておりました。」


「気付けなくてすまなかった……」


「二人が気にする必要はないわ。でも、どうしてここに?」


「あ、僕がお呼びしました…」


 くるくるとした目で遠慮がちに手を挙げたのは、先ほどミノタウロスに捕まっていた少年だ。


「えっと、お名前教えてくれるかな?」


「はい、僕の名前はリオです。アザラ様、クロウ様。

僕を助けてくださり、ありがとうございます。」


 礼儀正しく正座をして深々とお辞儀をする。お礼を言われ慣れていないのか、こそばゆいのか、クロウさんは席を外した。

 私は何もしてないので否定し、石の床では痛いだろうから膝を崩すようにお願いする。


「その……呼んだっていうのは?」


「はい、僕、召喚できるんです」


「召喚って人をを?」


「はい、過去、現在、未来の人や、モンスターや物を呼べます」


「え!?」


 それは、また規格外な……。


「アザラ様の脈が止まり、心臓マッサージや人工呼吸を行ったのですが蘇らず、アザラ様を救う人を呼んでくださいと召喚したら、お2人が来てくださいました。」


「そうだったの……」


 人工呼吸されるのは、かなり恥ずかしい。どちらがしたのかも気になるが、気まずくなりそうだし、何より蘇るとはいえ私の命を考えての行動で己の浅はかな思考に首を振る。


「あの、リオさんはどうしてここに?それに何でミノタウロスに捕まっていたの?」


「昔の名のある学者様達を召喚して、みんなで不老不死の薬を研究していたんです!そうしたら、神様と魔王様が現れて、凄く怒って僕の友人達を禁書に閉じ込めて体に縫い付けられて……ミノタウロスに連れ去られちゃったんです……」


 涙交じりの声を聞き、頭を撫でる。

 幼い頃のリュカとアスタロトを思い出す。


 しかし、クロウさん、リオさん、私ーー。

 この3人の規格外の力に恐れをなした神と魔王が、このダンジョンに閉じ込めたのね。

 でも、リュカもアスタロトも強いのよね。


 リュカは、腕力と剣の腕では右に出るものは居ない。100匹は居たであろうミノタウロスを1人で倒せる。


 アスタロトは魔力が高く、治癒能力や解毒については私よりも勝る。

 空気や水がないところでも人を生かせる。治癒能力どころの騒ぎじゃない。

 早速、話が合うのかリオさんとも楽しげに話してる。

 不老不死の薬完成しそう〜〜。


「話は終わったか?」


「クロウさん!ミノタウロスの討伐ありがとうございます!」


「ありがとうございます!!」


「やるべき事をやっただけだ。そう何度も礼を言われても敵わん。」


 クロウさんも凄いのよね……。1人でミノタウロスやゴーレムを倒すどころか、死神まで倒せるし……。何者なのこの人?


 さながらここは規格外……動画で流行りのチート冒険者達のダンジョン踏破だろう。

 

「ひとまず、これまで変わりなく、禁書と死神討伐を目指して下におりましょう。」


「分かった。」


 このメンバーが居れば心強いわ!

 足取り軽やかに、部屋を出ようとした時だ。


「危ねぇ!」


「わっ!」


 リュカが私を抱き抱えて、左後に飛ぶ。かまいたちのような空気の刃が通り、私の居た場所を掠める。

 そのまま刃は柱に当たり、柱が砕ける。

 あれに当たっていたら……。

 体が震えて、リュカにしがみ付く腕に力が入る。


「アザラ、安心しろ。俺が居る

……ここは危ねぇ、行くぞ!」


 柱を失ったことにより、支えを失ったせいで壁が揺れる。天井からは、埃や土などがパラパラと溢れる。


「生き埋めなんて、笑えねぇよ!」


 リュカの腕に力がこもり、揺れる部屋を駆け抜ける。クロウさんはリオさんを背中に担ぎ、アスタロトも続いて部屋から脱出する。


 全員が無事に脱出が出来たのは、ほんの数秒後のことだった。背後で崩れ落ちる轟音が響き、砂埃が舞い上がる。思わず振り返ると、かつての部屋は土に埋もれてしまった。


「危なかった」


「安心しろ。ミノタウロスの死体から使えそうなものはいくつか取ってきた。」


 そんな心配はしていないが、クロウさんが先ほど席を外したのは、そのせいだったのか。

 でも、魔力が少し戻ったしあとで見せてもらおう。何かに使えるかもしれない。


 しかし、さっきの刃はなんだったのだろうか……。

 見回すがあたりには何もない。

 それは皆も同じだったようで、首を横にする。禁書を一冊手に入れて、仲間も増えたからと言って油断してはいけない。

 気を引き締めて行動しなくては……。

 気を引き締めて…….。


「リュカ、そろそろ下ろしてくれない?」


「やだ」


「何でよ!歩けるわよ!」


 涙を溜めた目に睨まれる。咄嗟に身じろいでしまう。


「あんな、危ない目にあって!普段魔術に頼り切りの生活して、死んで、攻撃されて、酷い目にあって……歩けるわけねぇだろ!」


「こいつの意見に賛同するのは癪ですが、同じ気持ちです。アザラ様、ご自身を大切にしてください。」


「……はい。」


「クロウ様も、リオ様も迷宮に長く居る身です。我々が見張りをするので、お二人も今日は休息をとってください。」


「ありがとうございます!」


「……分かった。」


 確かにここに来て、精神的にも肉体的にも休まることはなかったから、その申し出には大変有り難い。

 それはクロウさんもリオさんも一緒だろう。


 お姫様抱っこされるのは恥ずかしかったが、心配しているリュカにこれ以上何も言えず、私は諦めた。


 今日は久しぶりに寝れそうだと、安心した。

 これだけ強い面々がいるのだから大丈夫と……でも、この時誰も背後に潜む者に気が付かなかった。

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