第35話

 ライブ配信企画で行方不明の犬を捜索することになったアレスたち。

 彼らは、興味本位でぞろぞろと後ろについてくる子供たちをなんとか引き離し、人の気配がなく暗い路地裏へと逃げ込むことに成功する。続けて玉美と早霧は、捜索する犬の写真をカメラの前に出し、近所迷惑にならないよう小声で配信を続けるのだった。


「サギーちゃん。やっと静かになったので、今日の企画をあらためて説明するにゃん」

「え? あたしが? カメラに向かって話すのって、やっぱちょっと恥ずかしい――」

「早く説明するだにゃん……」

 早霧は、撮影になると人が変わる玉美に圧倒されながら、なんとか進行していく。

「今日の企画は、先週から行方不明なっているこの写真のワンちゃんを探すこと……だワン」

「これってダルメシアンかにゃぁ? かわいい子犬ちゃんだにゃあ」

「早く見つけてあげないと……どこかで一人寂しい思いをしてるかもだワン」

「そんな訳で今回、サギーちゃんに来てもらったにゃ! サギーちゃんはなんと! ワンちゃんの言葉がわかるんだにゃ!」

「そう……。わかる……ワン」

「なぜならぁ?」

「え? なぜなら?」

「なぜなら、サギーちゃんはぁ?」

「くっ! い、犬人族だから……だワン」

 わざと言わせているんじゃないかと、赤い顔で玉美を睨む早霧。

 玉美はそれに気づかないフリをして、段取り通りに進めていく。

「このワンちゃんは、この路地裏近くのお家に住んでたらしいにゃ」

「……そう。だから、この付近に住んでるワンちゃんたちにこの写真を見せて、なにか知ってる情報がないか聞いてみようかと」

「なるほど。たしかにこの路地裏にはいっぱい、野良ワンちゃんがいそうだにゃあ」

 そのとき早霧が、カメラの後方に立つアレスに合図を送る。

 すると彼は、『クゥーン。クゥーン』と犬語で野良犬を呼び寄せ始めた。

 同時に早霧は、自分が話しているかのように、その声に合わせて口を動かし続ける。なぜならそれは視聴者に対して、犬人族設定である早霧が犬語を話しているように見せかける必要があったためだ。

 しばらくの間、着ぐるみを来た一人のJKが犬の鳴き真似をしているだけのシュールな映像が続く。しかしなぜか、待てど暮らせど野良犬は一匹も現れない。

 そしてふと、四人は気づくのだった。

そもそも、普段の生活で野良犬を見かけることなどないじゃないか、ということに。

 すると、アレスから『猫への聞き込みに変更しよう』というカンペがでる。それを見た早霧からの『それなら、あたしいらなかったじゃん』という無言の睨み突っ込みを無視し、彼は玉美に合図を送る。

「えっとぉ。し、仕方ないから、野良猫ちゃんへの聞き込みに変更するにゃ」

 玉美のその説明を聞いた後、アレスは『にゃあ、にゃあ』と猫後で呼びかけ始めた。

 その声に合わせて、自分が鳴いているかのように口と身体を動かす玉美。

 すると驚くことに、どこからともなく次々と野良猫たちが集まってくる。

 そして、玉美と早霧はあっという間に二〇匹ほどの猫に囲まれるのだった。


「多いにゃ……。じ、自分で呼んどいて言うのもにゃんだけど、かなり怖いにゃ……」

「だ、大丈夫よ、玉ちゃん。人を襲う猫はいないから」

 根拠のない言葉で、玉美を落ち着かせようとする早霧。

「そ、それほんとかにゃぁ?! そ、それじゃ、猫語で話しかけてみるにゃ」

 ここで二人は、アレスが手に持つカンペを見ながら、台本通りの説明セリフを棒読みする。

「あ、ちょっと待ってぇ、にゃん玉ちゃん。ここで便利な魔道具を紹介するよぉ」

「魔道具? これってとってもスマホに似てるにゃん……」

「これはスマホみたいな魔道具だよぉ。この中には犬猫語翻訳アプリが入ってるるから、それを使ってあたしが同時通訳するワン」

「なるほどぉ。私と猫たちが猫語で会話するのを、魔道具で同時通訳してくれるのかにゃ。それなら観てくれるみんなも安心だにゃ」

 幼稚園の学芸会かのような会話のあと、スマホ、いや魔道具にイヤホンを挿しアプリを起動する早霧。しかし当然ながら犬猫語翻訳アプリなど存在しない。

 実際は猫語で野良猫と会話したアレスが、その内容を日本語に翻訳し、スマホの通話で早霧に伝えるだけであった。

 結果視聴者には、玉美が猫語で猫と会話し早霧がそれを翻訳アプリを使って同時通訳しているように見える、というからくりだったのだ。

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