第33話
次の休日。最近ではアレスの家に早霧も加えた三人で集まることが習慣となっていた。
その日も当たり前のように集合する玉美と早霧。しかし二人はなにをする訳でもなくお茶菓子を持ち寄りごろごろするだけ。
なぜならそれは、いつまで待ってもアレスから次の動画配信のアイデアが出てこないからであった。
今日もアレスは鉛筆を片手に、険しい表情で真っ白な紙を見つめたまま。
そんな時間が無駄に過ぎていく中、赤ジャージ姿のテミスが突然現れるのだった。
「アレス様!」
「うわぁっ! 転移していきなり入ってくるな! 玄関を使ってくれ!」
「そんなことよりアレス様。ここ数日、幸せカウンターの伸びが減っておりますよ」
「ぷぷっ! アレス『様』だって!」
「早霧さん。なにかおかしいですか?」
テミスに睨まれ、黙って目を反らす早霧。
そんな彼女を見ながらテミスはアレスの隣に座り、机の上のお菓子に手を伸ばした。
「なんだ。わざわざそれを言いにきたのか?」
「アレス様をこの世界に転移させたのは、かわいいJKと部屋でのんびりお茶するためではありません。ゼウス様から課せられた責務を果たしていただくためですわ」
「しかし、法に触れる行為は禁止だと言われるとな」
訳の分からない言い訳をされ、眉間に皺を寄せるテミス。
「それでは逆にお聞きしますが……法を破ってもよしとした場合、いったいなにができるのですか?」
「いくらでもあるぞ。例えばそうだな。どこかの国を支配し税の徴収を無しにして、給付金でもばらまけば一千万カウントなど一発で――」
「聞いた私が馬鹿でした」
すると、横で黙って聞いていた早霧が小さく手を上げる。
「テミスさん。質問」
「はい、早霧さん。なんでしょう」
「違法行為じゃないなら魔法は使っていいんだよね。だって猫語の翻訳はOKだった訳だし。まあ、あれが本当に翻訳してるとは誰も信じてなかったと思うけど」
「あれはまあ、ギリギリセーフでしょうか。おっしゃるように、誰も魔法だとは思わなかったでしょうし。それと、実際に早霧さんを幸せにすることができた訳ですし」
「あたし?! そ、それはぁ……そうだったかなぁ?」
早霧は、恥ずかしさで赤くなった顔を見られないよう横を向いた。
「しかし、他の企画で魔法を使う場合は、その内容にもよりますわ。わたくしも、なんでもかんでも目をつぶる訳にはまいりませんから」
「そんじゃ、あたしに一つアイデアが――」
「あ、待ってください。それ駄目ですよ。早霧ちゃん」
企画を提案しようとした早霧だったが、横から玉美に制止される。
「えぇ? なにが駄目なの? まだなにも言ってないし」
「アイデアを出すのがまずいんです。幸せカウントを上げるには、その行為にアレスくんが関与してないといけませんから、アイデアはアレスくん自身が出さないと意味がないんです。ライブ配信で出演しているのは私だけですし企画を早霧ちゃんが考えてしまうと、アレスくんはなにもしてない『ただ横にいる人』になりますから」
「どうして? 魔法使ってるのに? 魔法って関与していることにはならないの?」
「む……」
「……え? どうしたの?」
「むむむ……」
「ちょっと玉ちゃん。あたし、なんか変なこと言った?」
険しい表情で腕組みし、言葉に詰まる玉美。
また、同時にアレスとテミスまでもが口をあんぐりと開け固まっている。そして、顔を引きつらせながら最初に口を開いたのはアレスだった。
「……早霧。やるじゃないか。なあ、玉美」
「……はい。やはり仲間に入っていただいてよかったです。これは盲点でした……」
「ちょ、ちょっと二人とも。どうしたの? なんの話?」
「今の話のことだ! 早霧の言う通り配信の中でばれないように魔法を使うのであれば、俺も立派に関与しているではないか! それなら俺が無理して必死に企画を考える必要などなかったのだ!」
「それでも無理して必死に考えなさいよ」
「ま、まあ、そんなことより! 早速、早霧のアイデアを聞こうじゃないか!」
その言葉に全員が早霧に注目する。
「じゃ、じゃあ話していいのね。実は友達の飼ってた犬が先週から行方不明になっててね。すごい落ち込んでるんだけど、例えばそういうの魔法で探せないかなぁ、と」
すると突然、アレスは早霧の両肩をガシッとつかみ前後に激しく揺らし始めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、アレス! なにすんの! きもいし!」
「すごいぞ……」
「……へ? あたしが?」
「そうだ! すごいアイデアじゃないか! 早霧!」
「そ、そうかな……。そんなすごくはないと思うけど。えへへへ」
「いや、とても素晴らしい! 喜べ! 俺の中での早霧の評価は爆上がりだ!」
「べ、べつに嬉しくないわよ!」
「早霧はアイデアマンだな! いや、アイデアウーマンというのが正しいか! そこにいる、にゃん玉ウーマンとは大違いだ!」
「それひどいです! そもそも動画配信を提案したのは私です!」
その後、涙目で怒る玉美にアレスは土下座で詫び続けるのだった。
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