第31話

「早霧さぁぁぁぁん!」

 ある日の昼休み。二年A組に突如、青空が現れた。

 思いがけないトップアイドルの訪問で騒然となる教室。

 しかし彼女は唖然とする生徒たちには目もくれず、教室の奥で弁当を食べている早霧たちの元へと一直線に向かうのだった。


「早霧さぁん、会いにきましたよぉ!」

「あれ? 青空じゃん! 今日は学校来てたんだ。まあまあお嬢さん、ここに座りなよ」

「はい。今日は午後からだけですけど、少しでも来ないと単位足りなくなるので」

 青空はそう言って出された椅子に座りながら、早霧と一緒に昼食をとっている女生徒二人に目をやった。すると、それに気づいた早霧が二人を紹介する。

「あ、紹介まだだっけ? こっちが佳代。この前会ったよね」

「もちろん覚えてます。よろしくお願いします。佳代さん!」

「うわぁ……。青空ちゃんが名前呼んでくれる日が来るなんて……。私今日死ぬかもぉ」

 すると青空は佳代に顔を近づけ小声で確認する。

「ママ――いえ、母から聞いたんですが、佳代さんって私がCM出てる企業さんの……」

「ありゃりゃ、ばれちゃったかぁ。あれパパが社長やってる会社なんだ。お母さんって、所属事務所の社長さんだっけ」

「はい、そうです。『いつもありがとうございます』って伝えるよう――」

「わ、私にはいいからねぇ、そういうの。あれはパパの会社だしさぁ。あはは。私にはこれからも気をつかわないでくれたらうれしいなぁ」

「はい、わかりましたぁ。ありがとうございます!」


 早霧は二人がなにを話していたのか気になりながらも、続けて玉美を青空に紹介する。

「それで……こっちが玉美。玉ちゃんね。小学校から一緒のお友達」

「お、お、小川玉美です。よ、よ、よ、よろしくお願いします……です」

 テレビで見たスターを目の前にした人見知りの玉美は、緊張マックスで挨拶した。

「お、小川先輩ですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

 瓶底眼鏡がきらりと光るその風貌に一瞬たじろぎながらも、さすが営業スマイルを崩さず玉美に挨拶した青空。そして早霧の方に身体の向きを変え、話を続ける。

「そういえば転入初日に、うちのクラスの男子が先輩たちの話をしてましたね」

「え? なになに? あたしたちって誰の話?」

「早霧さんと佳代さんですよ」

「うちらの? え? なんだろう。めっちゃ気になる」

「二人が天河高校のツートップだとか――」

「マジ?! 嘘でしょ! 一年がそんなこと言ってんの?! アレス! ちょっと、今の聞いてたぁ?! あたしって実はすごいんだから!」

 隣で一人寂しくパンを食べていたアレスの肩を、バンバンと叩きながら自慢する早霧。

 彼はのどを詰まらせ、むせ返りながらそれに答える。

「なんのツートップなのか聞いてから喜べ。もしかすると悪目立ちのツートップで――」

「いやぁ、いい話ありがとね! 青空のおかげで今日は一日楽しく過ごせそうだわぁ」

「おい! 人の話を聞け……」

 そのとき青空は、早霧の隣に座るアレスの存在に気づき、言葉を失っていた。

 なぜなら彼は、今までに出会ったどの男性アイドルや俳優にも負けないほどの十全十美な容姿であり、それはトップアイドルである青空でさえ心奪われそうになるほどであったからだ。

 と同時に青空は、自身が傾倒する早霧と彼の関係がとても気になるのであった。

「さ、早霧さん。そちらの方は……」

「アレスのこと? 彼はね。えっとぉ。ア、アレスだよ」

「あの……それは、お名前ですよね」

「そうそう! 変わった名前でしょ? でも本名よ。アメリカ人とのダブルらしいから。自称だけど!」

「いえ、その……。早霧さんとは、どういうご関係なのかなぁと」

「か、関係? そ、それは、その、あの、ク、クラスメイトよ……」

「それはわかります。隣の席だし」

 アレスとの関係を聞かれ恥ずかしそう答える早霧を見て、佳代はニヤニヤしながら弁当の卵焼きを口に運んだ。

 すると、それに気づかないフリをしながら慌てて話題を変える早霧。

「そ、それでさぁ。その天河高校二大美少女? それに、あたしと佳代が入ってるんだよね。でも青空が転校してきたから、あたしが落とされるかも! あははは」

「そんな! 私なんてまだまだですから……。あ、そういえばもう一人候補がいるみたいでしたよぉ。誰だったかな……。ああ、たしか『にゃん玉なんとか』っていう変な感じの名前だったような――」

 その会話を聞いた玉美は、飲んでいたお茶を早霧の顔にブッと噴き出した。

「汚いよ! 玉ちゃん!」

「ご、ごめんなさいです……!」

 すると、佳代が不思議そうに青空に確認する。

「その『にゃん玉なんとか』って名前なの? 誰かのあだ名かなぁ」

「私もよく知らないんですけど、動画のライブ配信している人……『ライバー』っていうんですか? その人の名前らしいですよ」

「そのライバーさんが、この学校にいるってことぉ?」

「あ、思い出した! たしか早霧さんの知り合いじゃないかって噂してましたよ。ライブ配信中に早霧さんの名前を口したとかしないとか」

 それに驚き早霧に確認する佳代。

「ええ? そうなのぉ? 早霧、知ってたぁ?」

 しかし、早霧は目を反らしながら否定する。

「そ、そんな変な名前の人、私は知らないなぁ。勘違いじゃないかなぁ。あははは」

「変な名前ですか……」

 名前をディスられ、悲しそうな表情で呟く玉美。

 そんな彼女を見た青空は、ふとあることに気づく。

「あれ? そう言えば、小川先輩のお名前って『たまみ』でしたよね。『にゃん玉』の玉が同じってまさか、小川先輩が――」

「ぐ、偶然です。私みたいなのが二大美女に入れるなら、誰でも入れ――るうっっ!」

 また余計な一言を口にした玉美は、早霧に手刀で脇腹を突かれ悶絶している。

 とそのとき、昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。

 運よく青空の追求からが逃れることができた早霧と玉美は、彼女を見送った直後、『はぁぁぁぁっ』と大きなため息をつき脱力するのであった。

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