第30話

『先輩、私と一緒にドライブしてくれませんか!』

 そこはアレスの部屋。

テレビ画面いっぱいに映る青空の笑顔。

 とある休日に彼の家を訪れた玉美と早霧は、机の上に置かれたお菓子をボリボリと食べながらテレビに流れるそのコマーシャルを食い入るように見つめている。

「早霧ちゃん、すごいです。こんなスーパーアイドルさんとお友達だなんて」

「でもさぁ。最初に会ったときは、こんなすごい子だなんて知らなかったんだよねぇ」

「青空さんを知らなかったっていう早霧ちゃんもすごいですけど、それが逆によかったんじゃないですか。向こうも変に気をつかわれないのが、よかったんだと思います」

「だけどさぁ、あたしったら初対面で偉そうにさぁ。こんなスターの子を相手に『悩みあったら連絡してこい!』なんて格好つけちゃってさぁ。あんたいったい何様ぁ?! って感じだよぉ。ああ、ほんと恥ずかしい!」

「その格好いいところが早霧ちゃんのいいところです。それで……実際に彼女から悩みの相談とかはきたんです?」

「何度かきたよぉ。アイドルって、なんかいろいろ大変みたいでさぁ。でも、アドバイスするときのプレッシャー半端ない! あたし、そんなに人生経験ないし! ただのJKだし!」

 すると、横で黙って聞いていたアレスが口を開く。

「二人とも自宅かのようにくつろいでるが、そろそろ本題に入っていいか?」

「本題って動画配信の企画のことでしょ? その前に議論すべきことがあるんじゃないの? なんで、あたしがアレスを手伝わないといけないのか! という件を」

「私は早霧ちゃんがいてくれたら心強いですよ! アレスくんもそうでしょう?」

「そうだな。俺からもあらためてお願いする。早霧よ、俺を助けてくれないか」

 アレスはそう言って、早霧に頭を下げた。

 すると早霧は、指でくるくると髪をとかしながら満更でもない様子で答える。

「ま、まあ、アレス一人だと玉ちゃんが心配だから、あたしは別にいいんだけどさぁ」

「そうか。助けてくれるか。早霧なら、そう言ってくれると思ってたよ」

「玉ちゃんのためだから! アレスのためじゃないからね! か、勘違いしないでよね!」

 早霧は顔を赤くしながら、絵に描いたようなツンデレセリフを口にした。


「それで……佳代ちゃんもお誘いしたんですよね。テミスさんのOKも出ましたし」

「一応細かいことは秘密のままで声はかけてみたけど、放課後も休みの日も無理だって。残念そうにしてたよ。佳代って実は超が付くほどのお嬢様でさ。それに箱入りの一人娘でお父さんの会社もいつか継ぐことになってるみたいで、毎日習い事とか経営の勉強とかで忙しいの。最近も学校でしか会えないし」

「そうだったんですか……。知りませんでした」

「で、企画の件だけどさ。猫語の翻訳、続ければいいじゃん。あたしあれ大好きだし」

 すると、アレスが困った顔で返答する。

「それがだな。あの後も早霧がいないときに同じ企画で一度配信したのだが、早速問題が出てきてしまった」

「え? あたし見たよ。このときの配信でしょ?」

 早霧はそう言いながら、動画のサムネイルが表示されたスマホの画面を見せた。

「ああ、それだ。視聴者からメールでもらった動画を三つほど翻訳したのだが――」

「そうそう。面白かったけどな。とくに三つ目の『野良猫三匹の喧嘩』が最高だったし。だからほら、『いいね』も三百以上ついてんじゃん。で、なにが問題?」

「三百以上の『いいね』だったが、幸せカウンターは十ほどしかアップしなかったのだ」

「へ? どうして? 『いいね』と連動してるんじゃなかったの?」

「それはだな。それは……玉美から説明する」

 構造がいまいちわかっていないアレスは、玉美に丸投げした。


「えっとぉ。おそらく幸せカウンターが反応するのは一人一回だと思うんです。だから一度カウントされた人が何回『いいね』を押してくれても、二回目以降はカウントされないってことだと思います」

「ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃあ、幸せカウンターを一千万にするには、『いいね』を一千万回押してもらうんじゃなくって、一千万人に視聴してもらわないと駄目ってことじゃん。いや違うか。全員が『いいね』くれる訳じゃないから、もっと多くの視聴者を集めて――」

「そうです。例えば、平均してその視聴者の十人に一人が『いいね』してくれるとしても、一千万カウントするには一億人の視聴者が必要になるです」

「それ、ほぼ国民全員じゃん」

「ちなみに少し調べてみたのですが日本でトップのアイチューバーでも登録者数は――」

「待って。聞きたくない」

「九百万くらいです」

「はい、無理ぃ!」

 そう叫びなら、床に仰向けで倒れる早霧。

 しかしアレスは冷静な様子で提案する。

「二人は視野が狭いぞ。日本だけで考えるから駄目なのだ。たしかAiTubeは世界中で配信されているのだろ? 玉美よ、スマホで調べてくれ!」

「た、たしかにそうでした。百か国以上です」

「広い世界に飛び出すのは今だぞ!」

「広い世界に……。は、はい! 私、飛び出すです!」

「ちなみに、世界でトップのアイチューバーの登録者数は?! 調べてくれ!」

「調べました! 一億です!」

「そいつを仲間にできれば一気に一億達成。それで解決じゃないか!」

「そんな魔法があるんですか?!」

「ない!」

 そして、玉美とアレスも床に倒れ込み、三人は天を仰ぐのだった。

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