第10話

 魔法で人の一〇倍まで聴力を引き上げられるアレスは、足音や鼓動、呼吸音で玉美の探索を開始する。そして彼女を見つけた場所――それは学校の屋上であった。

 その屋上は高さ一メートルほどの壁が周りを囲んではいるが、転落防止用のネットが設置されておらず危険であるため生徒も立入禁止となっていた。

 玉美は靴を脱いでその壁の上にのぼり、強い風にあおられながら綺麗な青空に向かって一人立っている。

 そして誰かの気配に気づき振り向くと、そこに見えたのは眩しそうな目をして彼女を見上げるアレスの姿だった。


「黒神くん……」

「そこでなにをやってるんだ? といっても、見たらわかるがな」

「どうしてここに……。来ないください!」

 玉美が首を横に振ると、数粒の涙が風に舞いアレスの身体にぶつかった。

「もう写真のことは、聞かなくていいのか?」

「……もういいです。なにを聞いたとしても、あなたがあのお兄さんであるはずがないしお兄さんはもう帰ってきません。あのとき、私が死んだ方がよかったんです……」

 すると次の瞬間、アレスはひょいっとジャンプして壁の上にのぼり、玉美の横に並んで立ったのだった。

「ええっ?!」

 思いもよらぬ行動に驚き、信じられない様子の玉美。

 おそらく人は目の前に飛び降りようとする者がいると、その相手を刺激しないようにと慎重になるものだろう。しかし、彼はそんなことを気にする様子もなく彼女の横に並び立ち、大きく深呼吸しながら屋上から見える景色をゆっくりと見渡している。

 そして玉美は飛び降りることも忘れ、太陽に照らされるアレスの横顔を茫然と見つめるのだった。

「いい眺めだな……。ここはいい場所だ」

「く、黒神くん! ひ、一人にして……。私は……」

 玉美は我に返りアレスを遠ざけようとする。

 するとアレスは、彼女が耳を疑う言葉を口にした。


「一緒に飛ばないか?」


「えっ? 今、なんて……」

 強い風が吹く中、聞き間違えたのかともう一度確認する玉美。

「一緒に飛ぼう、と言ったのだ。一人より二人の方が心強いだろ?」

 その言葉はやはり聞き間違いではなかった――考えられない提案に玉美は混乱する。

「だ、駄目です……。なに言ってるんですか! 黒神くんは飛んだら駄目――」

「実は俺も、この国とはおさらばしようと思っていたのだ。この国は平和過ぎて、どうも俺には合わない。だから、この国では俺の存在意義がよくわからない……」

「駄目! そんなの駄目ですっ! 飛ぶのは私一人ですっ!」

 玉美はそう言いながら、アレスの身体を手で押して壁から降ろそうとする。

 しかしアレスの身体はびくともしない。

 するとアレスはその手をぐっとつかむ。

そして壁を強く蹴り、屋上の外へ向かって大きくジャンプするのだった。

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