第9話

「邪魔なんだよ! この死に損ないがぁっ!」

 今日はアレスが天河高校に転入して二日目。

 ドスの利いた男子生徒の声が二年A組に響き渡る。

朝のSHR(ショートホームルーム)前、教室の入り口付近でその男子生徒とぶつかった玉美が激しく罵倒されたのだ。

 他の生徒たちは『またか』と冷めた様子で目を反らしているが、教室の奥で見ていたアレスは気になることがあったようで、隣に座る早霧に声をかけた。

「今のは、どういう意味だ?」

「今のって玉美のこと? 教室出るときに、ぶつかったからイラつかれたんでしょ」

「いや、言葉の意味のことだ。『死に損ない』と言われていたように思うが……」

 すると、早霧は周りに聞こえないよう声を小さくして説明を続けた。

「玉美は小学六年のときに車にひかれそうになってね。それをたまたま居合わせた高校生のおかげで命が助かったんだけど。これ、知ってた?」

「いや、知らん」

 それ俺だけどな、と言いそうになるのを我慢して知らないフリをするアレス。

「でも、その高校生が身代わりになって死んじゃってね。それからなの。玉美がいじめられだしたの」

「なに……。それが原因なのか? なぜそうなる」

 いじめの原因に自身の行動が関係していたと知り、アレスは動揺した。

「その事故があってからしばらく、玉美は家に閉じこもって学校も来なくなったの。それまでは、いつも元気で明るい子だったのよ。そのとき友達だった子たちが心配して励ましに行ったりもしたんだけど……。玉美はなにも応えなくって、だんだんとみんなの心も離れて行ったみたい。それで……今、こんな感じ」

「それがどうして、死に損ないだと罵倒されることにつながるのだ?」

「それはちょっと言いにくいけど……。『お前が死ねばよかったんだ』的な感じで、よく言われてるみたいで――え、なに? そんな目で見ないでよ。わかってるから」

「ん? どんな目だ……。なにも思うところはなかったが」

「ほんと? 『お前は黙って見てるだけか?』って、顔してなかった?」

「それって、どういう顔だ。俺はそんなことは一ミリも思っていなかったがな」

「アレス……」

「誰かが勇気を出せば解決できる、なんて簡単な問題でもないだろう。誰もが勇者のように行動できる訳じゃない。それくらいは俺でもわかっている」

「そ、そっか……」

 そのとき、教師の雨宮がSHRのため教室に入ってきた。

 そして出欠を取り連絡事項を一通り伝え終えた後、アレスに声をかけてくるのだった。

「黒神君、転入手続きのことで話があるから、ちょっといいかしら?」



 廊下に呼び出されたアレス。

その理由は、玉美がアレスのことを不審に思っている件で、今後どう対処するかの話をするためだった。

 そこで雨宮からは魔法で記憶を消去してはどうかと提案されたが、アレスはそれを却下する。なぜなら彼も雨宮も記憶消去の魔法が得意ではなく、失敗したら脳に障害が残る可能性があったからだ。

 いろいろ意見を出し合う二人だが良い案は出ず話は平行線となる。そして時間もなくなってきた、そのとき――突然教室の扉が開き、玉美が外へ飛び出してきた。

 すれ違う一瞬、玉美の目には涙の粒が見えた。そして教室からは生徒たちが爆笑する声が聞こえてくる。

アレスたちがいない間に、玉美を傷つけるなにかがあったのだ。

 それに気づいたアレスが走り去る玉美を追いかけようとするが、雨宮に制止される。


「お、お待ちください、アレス様! ここはわたくしが対応いたしますから」

「いや、問題ない。俺がなんとかする。俺に任せてくれないか」

「しかし……」

「案ずるな。俺は、人を幸せにするためにこの世界に来たのだろう?」

「は、はい。その通りでございます」

「俺が最初に幸せにするのは、あいつでなくては駄目なのだ。俺にはその責任がある」

「……承知いたしました。御心のままに」

 雨宮はそう言いながら右手を胸にあて、廊下に片膝をついて頭を下げるのだった。

 そしてアレスが走り去った後、後ろからの視線に気づいた雨宮。

 恐る恐る振り向くと、それは眉間に皺を寄せながら立っている早霧であった。


「先生……。なにやってるんですか……」

「あっ! 違う! 違うのよ、渋谷さん!」

「だから、なにが違うんですか……」

「せ、先生、またコンタクト落としちゃって!」

「落とし過ぎっしょ!」

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