マリーがご主人様!?

わたりあき

第1話

シェラマ国にある、貴族の邸宅が建ち並ぶ一角で甲高い声が響き渡った。


「マリー! マリーはどこ!?」

「はい、お嬢様! ただいま!」


 呼ばれた少女―マリーは急いで階段を駆け上がる。ある部屋の前に行き着くと、マリーは軽くエプロンを払い丁寧にノックした。


「お呼びでしょうか? お嬢様」

「早くして」

「はい、失礼します」


 ドアを開けてみると、色とりどりのドレスに埋もれるマリーの主人、ローズマリーが眉間に皺を寄せていた。


「遅い! 早くこのドレスたちをトランクに詰めてちょうだい! 明日の入学式に間に合わないわっ!」

「でも、この量のドレスはさすがに……」


 命令されたマリーは戸惑った。ざっと見ただけでも、二十着近くはあるだろう。部屋の隅に大きめのトランクが用意されているが、心許ない。

 困った様子のマリーを見て、ローズマリーは鼻で笑った。


「そしてこのドレスを詰めたら、今度は私のお化粧道具と寝具を荷造りするのよ」

「で、でも……」

「でもじゃないわ。簡単じゃない、簡単な魔術を使えば荷造りくらいできるでしょ?」


 ローズマリーの一言に、マリーはぎゅっと唇を噛み締めた。そんなメイドの姿に、ローズマリーはここぞとばかりに意地悪く微笑む。


「あら、どうして黙ってしまったの? もしかして、この私のメイドであるマリーは魔術を使えないのかしら?」

「……っ」


 いつもの流れにマリーは沈黙するしかない。二言三言、我慢すればローズマリーは飽きてマリーを追い出すのが決まりだ。

 マリーは白い前掛けを握り締める。


「そうだったわ。あんたは珍しくも魔力がない、何の価値のない人間だったわね」

「……」

「そんなあんたを拾ってくれた私のお父様と、この私に仕えることができるなんてとっても名誉なことじゃない? ね、マリー?」

「っ、おっしゃる、通りです……」


 気を良くしたローズマリーがさらに口を開きかけたが。


「こらローズ。またマリーをいじめているのか?」


 部屋に入ってきたのは、ローズマリーの兄オスカーだった。

 ローズマリーはコロッと態度を変え、兄に抱きついた。


「お兄様! いついらしたの?」

「ついさっきだ。お前が明日から寮生活になるからね、お父様に晩餐に誘われたんだよ」


 オスカーはマリーと、部屋の様子を見かねると、右腕を軽く持ち上げた。腕には紫色の宝石がはめ込まれていた。


「トジット」


 短く唱えると、あんなに並んでいたドレスたちが宙に浮かび、シュルシュルと縮んだ。掌の大きさほどになった衣服は、出番を待っていたトランクに瞬く間に納る。


「すごい……」


 マリーはオスカーの魔術に、目をきらきらと輝かせた。オスカーはマリーにウインクをすると、引っついている妹をやさしく引き剥がす。


「ローズ、あとの荷造りは自分でするんだよ。マリーは晩餐の手伝いをしていただろう? そちらに行きなさい」

「っ、はい、ありがとうございます! オスカー様っ!」 


 勢いよく頭を下げたマリーは、ローズマリーの部屋を失礼する。

 オスカーの来訪でローズマリーから難を逃れたマリーは、廊下でほっと一息ついた。

 しかし、ドアの向こうでローズマリーのキャンキャンした声が聞こえてくる。


「ちょっとお兄様、何でいつもマリーに甘いのよ? あんな魔力もない子に」

「ローズ、そんな言い方はやめるんだ。マリーの身にもなってみなさい」

「ふんっ。こっちからすれば、生まれてから魔力を持ってないほうが信じられないわよ」


 マリーは胸がチクリと痛んだが、気を取り直して厨房に戻っていった。



 マリーが住むシェラマ国は、オースナー大陸の中間に位置する、巨大な魔術大国だ。周辺を諸外国に囲まれ、外交としては交易と引き換えに魔術師を派遣し、魔術による産業発展や魔物討伐を行っている。また、国外に優秀な魔術師の卵がいれば、留学生として迎えられ育成にも力を入れているので、夢のある学生はシェラマ国で一旗あげるのが憧れとなっていた。

 マリーは元々シェラマ国の生まれではない。両親がこの国で料理店を営み始めたのをきっかけに、移り住んできた。

 それなりに繁盛していたようだったが、マリーが五歳の頃に火事で全焼。奇跡的にマリーは助かったが、両親はこの世の人ではなくなってしまった。

 以来孤児院で世話になっていたが、シェラマ国では学生になるものは例外で、十三歳になると手に職をつけなければならなかった。マリーが十三歳になる年のこと。孤児院の子どもを引き取る慈善事業をしていたハインツ家に縁があったのが、マリーがローズマリーに仕えることになったいきさつだ。

 人々は生まれたときから魔力を持ち、簡単な魔術を使って生活や仕事をしている。専門に魔術を極める人もいる。

 しかしマリーは魔力を授けられることなく、この世に生を受けてしまったのだった。


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