だししょうゆ

クローバー

卵かけご飯


 ピヨピヨピッピ、ピッピヨヨ。何の鳥だろうか。スズメか?カラスではないだろう。シジュウカラとかいう鳥は仲間同士でおしゃべりをするらしい。それにしても静かな朝だ。昨日終業式が終わり約二週間の自由を得ている私はまた布団を被った。

「……あったかい」

家の外は寒い。家の中も寒い。布団の中はあったかい。布団から出ないという選択は人間の本能にのっとった結果だといえるだろう。私は正しい。

 10分ほど経った。ドンドンミシミシ。たしか築60年を超えている私の家の階段から音が鳴っている。ついにあのお方が来てしまった。バンッッ、勢いよくドアが開く。

「そろそろ起きなさい、何時だと思ってるの」

やはり母か。私のあったか生活、終了。

「何時なの?」

「8時ぐらい」

8時は遅くないだろ。まあそれは置いといて母はパジャマ姿だ。つまり母はあったかい基地を出て寒さに耐えてここまで来たのだ。さすが母。

 そんな母には逆らえないので、しょうがなく隙間風を耐えながら一階へと降りた。勢いそのままにソファへダイブ。テレビでは朝の情報番組が放送している。へにゃ〜としていると母が私を呼んだ。ダイニングへ向かう。ほわぁ、思わず変な声が出た。なんと母は朝ごはんを用意してくれていた。うちの母はすごい。母と共に椅子に座る。

「いただきまーす」

ご飯を見る。あれ?

「お母さん、卵は?あとだししょうゆも」

「それくらい自分でやって」

そりゃそうか。さっそく冷蔵庫へ向かう。卵を取る。最後だったのでパックを捨てる。少し移動してだししょうゆ……あっない。しょうがない、普通のしょうゆで我慢しよう。

 私の1番好きな食べ物、それは卵かけご飯だ。

もう一度いただきます、というとコンコンパカッと卵を割る。ツヤツヤの白米の上にとろーりと卵をかける。しょうゆをかけてご飯をいただく。

「うーん」

やはり何かが違う。だししょうゆではないからだろうか、いや、きっとそうに違いない。しかしこれでは夜ごはんもこれのままだ。それだけは避けたい。

「お母さん、だししょうゆ買ってきていい?」

「その前に朝ごはんを食べきりなさい」

よしっ、じゃあさっさと食べ切ろう。

 玄関の扉が開く。

「結衣ちゃんおはよう」

おばあちゃんが庭いじりから帰ってきた。チャンスだ。冷蔵庫から牛乳を取り出したおばあちゃんに言う。

「おばあちゃん、買い物行きたいからお金ちょうだい!」

「卵かけご飯かい?」

「うん!」

「あいわかった、ちょっと待っててね」

母からの冷たい目線は無視だ。おそらく、なんであんたがお金をもらえて私は……とか思っているのだろう。私だってお高めのだししょうゆからノーマルだししょうゆに変えたんだぞ。300円も安い。私も家計のことを考えているんだ。貰えるものはもらっとかないと。

 おばあちゃんが戻ってきた。

「はいどうぞ」

おばあちゃんからお金をもらう。いってきます、と言って外に出る。扉を開ける。ガチャ、ビュオー、冷気が流れ込む。

「さっっむ」

よし一時撤退しよう。部屋に戻ろうと振り返る。とっても笑顔なおばあちゃん。その手には私のダウンジャケット。

 前言撤回、作戦再開。もう一度極寒の地への扉を開ける。

「ひぃーさっむ」

でも、さっきより幾分かマシだ。そんなことを考えながら道を歩く。ショートカットができる階段を降りる。これがあるから自転車よりも歩きの方あそこに近い。はぁっと息を吐くと白いモヤが発生する。階段を降りて右に曲がる。そこには近所の人しか知らないスーパーのような店『山田屋』に辿り着く。コンビニよりも品数が多く、値段が安い。さらに値段の変動も少ない。最高のお店だ。ちなみに店主は山川さん。店名の由来は町内七不思議の一つだ。

 カララン。軽やかにベルが鳴る。

「あ、ゆっちおはよ昨日ぶり。えーとだししょうゆ?……って聞くまでもないか。あんただししょうラーだもん」

「もちろんだししょうゆ。だけど私何にでもだししょうゆかけるわけじゃないよ」

私はだししょうゆが大好きだ。しかし何にでもだししょうゆをかけるわけではない。ななみんならわかってくれると思ってたのに。

「えっそうなの?」

「もちろん。それよりサボり大臣菜々美がまともに働いてることに驚きを隠せない」

「あーえっと、じいじ風邪をこじらせちゃって」

「ん?先週もじゃなかった?」

「先週は町内グランドゴルフ王者決定戦」

「私のおばあちゃんが優勝したやつね」

町内グランドゴルフ王者決定戦、私が名付けの親だ。なぜかクラスのみんなが気に入ってくれた。

「そうそう。じいじが初戦敗退のやつ」

どうやらななみんのお爺さんは初戦敗退らしい。なるほど、私のおばあちゃん強いのか。まぁ強そうではある。あれだ、いつもニコニコしてる下からニ番目くらいの四天王タイプだ。

「じゃあ、商品取ってくるね」

軽く手を振る。

 いつものだししょうゆコーナー略して“だしコ”へ行く。250円、お高いやつは550円。買いたい気持ちをグッと堪える。仕方なく250円のを手に取ってレジに行く。あっ人がいる。なんだ、隣のおじちゃんだ。確か準優勝だった。

「卵10個入りで300円と、牛乳2つで440円、食パン1袋120円で、合計860円です。すみません、卵20円値上げしちゃって……」

「いやいやそれくらい気にせんよ。それにしてもいつも頑張ってるねぇ。はい1000円」

「えーと、140円のお返しです。いつもありがとうございます!」

カララン。また鈴が鳴る。どうぞ、とだししょうゆを渡す。

「はい、だししょうゆ1点で250円です」

お財布の中身を見る。

「えっ」

あれ、550円ある。もしかしておばあちゃんからのサプライズ?お高いやつを買えという指示なのか?

「ゆっちどした?」

「ななみんちょっと待ってて。おばあちゃんからの使命を果たしてくる」

「まぁ、今お客さん他にいないしいいけど」

私はノーマルを手に取るとささっと“だしコ”へ行く。お高いだししょうゆの値段を見る。550円。さすが四天王。懐の大きさが違うぜ。

 もう一度レジに行く。 

「使命は果たせそう?」

「ななみんありがとう。あとお金を払うだけだ」

「じゃあ最後の段階。ミスター結衣、ん?あっ違う?ミス結衣なのかな?とりあえずプリーズマネー」

私は無言で差し出す。私に英語わ分からない。ひらがな、カタカナ、漢字ですでにトリリンガルなのだ。マルチリンガルになる予定はない。

「ありがとうございましたぁ」

「ゆっちバイバーイ」

 カララン。私も扉を開ける。ビュオー。冷気が流れ込む。

「さっっむ」

蘇るいつかの記憶。私は帰路に着く。高級だししょうゆだけを抱えて歩く。周りから見たら少し奇妙だろう。階段を上って少し歩く。家が見えた。

「あぁ結衣ちゃん、さっきぶりだね」

隣のおじちゃん。またどこか行くのか。

「そうですね。あっ風邪には気をつけてくださいね」

「わしは大丈夫じゃ。ありがとう」

 じゃあ、と言って家に入る。扉を開ける。

「あっお母さん、ただいま」

「おかえりなさい、ってもしかして買ったのだししょうゆだけ?」

「えっうん」

「あら、そう」

何か変なことをしただろうか?気になる。

 とりあえずだししょうゆを冷蔵庫に入れに行く。冷蔵庫の扉を開ける。ビュオー。なんかデジャヴ。そして私は気がついてしまった。

「あれ、結衣ちゃん。卵は買わなかったのかい?」

ちょうどおばあちゃんが登場。

「朝、牛乳を取った時に気付いてねぇ。ほら300円多く渡したはずだったのだけど。結衣ちゃんがパックを捨ててくれたのよね」

私は自分が卵のパックを捨てたことを思い出した。おばあちゃんの悪意なき言葉が私の心にグサリと刺さる。無自覚なえぐり。四天王の破壊力は計り知れない。

「あぁ」

私の夜の卵かけご飯が。私はガクンと膝から崩れて落ちた。

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だししょうゆ クローバー @sirotsumegusa

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