8話 出来る妹

 予定よりも早く図書室を後にした朝人は、そのまま学校を出て近所にあるスーパーへと足を運んでいた。

 そういえば冷蔵庫の中が寂しくなっていたことを思い出し、夕食用の食材を買いに来たのだ。

 父親の仕送りで生活させている身分なので、あまり贅沢をするつもりはないが、それなりにお金は貰えているので超節約生活というほどではない。

 どのラインがちょうどよいのかを考えつつ、野菜などを物色する。

 

 最近は物価が高騰したことで、手軽に買えるものが極端に少なくなった。

 何もかも値上げされ、中身が減らされている現状で、適当に買い物をする訳にはいかない。

 ある程度厳選した野菜をかごに放り込み、次は精肉コーナーへと向かう。

 するとそこには懐かしい中学生のころに見た制服に身を包んだ黒髪ツインテールの少女が目に入った。


 彼女もまた肉を凝視して少しでも良いものを探し出そうとしていたのだが、やがて一つのパックを手に取ってかごへと放り込んだ。

 そしてこちら側へと振り返ると、そこには見覚えのある可愛らしい少女の顔が見えた。


「あれっ……もしかして琉輝那るきなちゃん?」

「あっ! 朝人にいだ!」


 随分と大きく成長しているが、かつての面影を残すその少女の名は琉輝那。

 かつての親友である瑠璃の妹であり、地味な姉とは対照的に明るく愛嬌のある彼女の姿は、朝人の記憶にもしっかりと残っていた。

 一方で琉輝那のほうもちゃんと覚えていてくれたことを嬉しく思う朝人。

 

「久しぶりだね、元気にしてた」

「もちろん! 朝人兄もこっちに戻ってきたって話は聞いてたけど、こんなに早く会えるとは思わなかったなぁ」

「はは、俺も驚いているよ。ところで瑠璃は元気にしてる?」

元気だよ! でも朝人兄が見たらびっくりしちゃうかも」

「びっくりって、どんな風になってるんだ……?」

「それはあってからのお楽しみ~!」


 どこか小悪魔的な笑みを浮かべながら、当然のように朝人の隣に並び、腕に絡みつくように身を寄せる琉輝那。

 昔から琉輝那は朝人によく懐いており、この距離感にどこか懐かしさを覚えた。

 だが、昔よりも美しく成長した結果、いろいろとのを感じると、朝人はやや焦り始めた。


「あれ~? 朝人兄、ちょっと顔赤いよ? どうしたの?」

「な、何でもないよ! それよりも買い物、まだあるんでしょ?」

「もー、誤魔化さなくてもいいのに~。まあ、確かに他にも買わなきゃいけないのあるけど!」


 そういって琉輝那は朝人の腕から離れ、手に持ったメモに改めて目を通した。

 ちょっと残念な気持ちになるが、邪な感情を抱いて想像上でも彼女を汚すわけにはいかないので、頭を振って邪念を吹き飛ばす。

 だが、ここで朝に考えていたことをふと思い出した。


(琉輝那ちゃんがこんなにかわいいんだから、瑠璃だってもしかして……?)


 改めて言うが、琉輝那の容姿は大変優れている。

 テレビに映るアイドルなんかと比較しても全く引けを取らない美貌だ。

 双子ではなく普通の姉妹ならば当然容姿に差が出ることはあるだろうが、朝人は瑠璃の素顔をはっきりと思い出せない以上、瑠璃もまた美少女である可能性を捨てきれない。


「ねえねえ朝人兄」

「ん、なに?」

「この後暇だったりする? もしよければ朝人兄の家、行ってもいい?」

「別にそれは構わないけど、何にもないぞ?」

「やった! にひひ~お姉ちゃんより先に朝人兄の新居訪問権ゲット!」

「訪問権って、変わった表現をするなぁ……」


 そんな大層なものではないのだが、琉輝那は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 彼女が自分のことを朝人兄と呼ぶので、朝人としても妹がいたらこんな感じなのだろうかという感覚を体験することができる。

 一人っ子かつオタクである朝人にとって、多少なり妹という存在には憧れがあったので、それを叶えてくれる琉輝那の存在は非常にありがたい。

 その後は、それとなく何度か瑠璃のことについて尋ねながら買い物を続けたのだが、何故か琉輝那は詳細を語ろうとせず曖昧な返事で誤魔化されてしまった。

 そしてスーパーから徒歩5分の所にあるマンションの一室、つまりは朝人の現在の自宅へと到着した。


「わ、ここが朝人兄の新しい家かぁ……結構広いねぇ」

「はっきり言って部屋を持て余してる自覚はある。なんで親父はこんな無駄に広いマンション借りたんだか」

「朝人兄のお父さんって確か銀行員だったよね?」

「ああ。今は海外に行ってる」

「ってことは一人暮らしってわけだね! ちょっと羨ましいなぁ」


 朝人が暮らすマンションは、それほど大きいわけではないが、決して小さくもない、普通は家族数人で暮らすことを想定されている部屋だ。

 おそらく父親は自分が帰ってきたときに暮らせるように大きめの部屋を借りたのだろうが、いつ帰ってくるかわからない現状では掃除が面倒なだけだ。

 朝人は掃除をするのがあまり得意ではないので、自分の部屋以外には基本的に物はあまり置かないようにした。

 最低限キッチン周りと、リビングのソファやテレビ、その他必要な家電製品が置かれているだけで、インテリア用品などは一切見当たらない。

 ただしそれは持ってきた荷物を整理していないだけであり、今もリビングには段ボールの山が積みあがっている。


「で、どうする琉輝那ちゃん。ゲームでもしていく?」

「んー、それもいいけど、この段ボールの山、これまだ片付けてないんだよね?」

「まあ、面倒で放置してるかな。一応自分のものは最低限取り出したから後はいいかなって」

「でもせっかくの新しいお家なんだから、整理したほうがきっと気持ちいよ! だから手伝ってあげる!」

「えっ、いやそれは流石に悪いよ……」

「んも~、そんなの気にしなくていいのに。あたしと朝人兄の仲じゃん!」


 そういって自信満々に言い放つ琉輝那の姿が眩しい。

 確かにいつか整理しなくてはいけないと思っていたので、誰かが手伝ってくれるのは正直ありがたい。

 せっかくなのでここは琉輝那の言葉に甘えてしまおうかと気持ちが揺れ動いた。


「ってな訳で! 朝人兄の新居大掃除大作戦、レッツゴー!」

「お、おーっ!」

「あ、これ触っちゃダメってものがあったら先に言ってね」

「了解」

「えっちな奴もね!」

「な、ないよそんなの!」


 朝人が若干照れながら言うと、琉輝那は意地悪そうに笑った。

 だけどそんな様子もかわいいと思えてしまう時点で朝人の負けなのだろう。

 ちなみにそういう系統のものはいち早く置くべきところに置いている。

 こうなることを想定してのことではないが、過去の自分に感謝しておくことにした。

 

 ♢♢♢


「よっと……こんなもんでオッケーかな?」

「おぉ……」

 

 琉輝那の整理整頓能力は想像してたよりも高かった。

 まず複数の段ボールを開けて中身を確認してから、どれをどこにおくべきかを計算し、的確に指示を飛ばしてくれたおかげで、効率良く片付けることができたのだ。

 だが、元々の数がそれほど多くなかったとはいえ、外を見るとすっかり暗くなってしまっていた。


「ごめんねこんな時間まで手伝って貰っちゃって。大丈夫だった?」

「心配しないで朝人兄、今家帰っても誰もいないから」

「えっ、誰も……?」


 こんな時間になってもまだ誰も家に帰ってきていないと言うのはどう言うことなのだろうか。

 だが、思い返してみれば琉輝那達の両親は仕事なのか分からないが基本的に家におらず、会ったこともほとんどなかった。


「あっ、お姉ちゃんはバイト中なだけだからそこは安心してね!」

「そ、そうか……ってあの瑠璃がバイトぉ!?」

「そんなに驚くことかなぁ……? まあ、昔のお姉ちゃんを知ってる朝人兄が心配するのはある意味とーぜんか」

「ち、ちなみにどんなバイトをしてるのか聞いても大丈夫?」

「んー? 普通にカフェで接客やってるよ?」

「なっ……瑠璃が、接客……」


 朝人は驚き過ぎて口を大きく開いたまま言葉を失っていた。

 あまり親友のことを悪く言いたくはないが、瑠璃はお世辞にもコミュニケーションが得意とは言えなかった。

 人見知りするし、声も大きくないし、喋り方もどこかぎこちない。

 ただ、好きなものについて語っているときは饒舌だったが、それでも接客など瑠璃が選ぶような仕事ではないと思っていた。


「そ、そうだったのか……4年も経てば人間変わるもんなんだな……」

「そうそう。女の子はちょっとしたきっかけで大きく変わることもあるんだよっ! ほら、あたしも色々と変わったでしょ?」

「か、からかわないでくれよ……」

「えへへ〜、ごめんごめん」


 わざと胸部を強調するようにして挑発してきた琉輝那に若干目を逸らしつつ、確かに成長しているなと改めて感じる朝人。

 コミュニケーション能力についてはあまり人のことを言えない朝人ではあるが、琉輝那は相変わらず明るくて接しやすい性格で助かる、と思った。


「とりあえずもう外も暗いから家まで送っていくよ。ついでにさっき見つけたケーキ屋にでも行こうか。お礼に奢るよ」

「えっ、ほんと!? やった!」


 実はここへ来る途中、琉輝那がケーキ屋のことをチラチラ見ていたのに気付いていた。

 これくらいならばお礼として重過ぎず軽過ぎずちょうどいいだろう。

 あまり背伸びしたものを贈ろうとすると拒否されるのは経験済みだ。

 この話で露骨に上機嫌になった琉輝那を連れて、彼女達の家目指して出発した。

 

 

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