思い出が導く先に(第2話)

藍玉カトルセ

第1話

 扉を開けた先には小宇宙を思わせるような神秘的な空間が広がっていた。ガラス製のユニコーンが付いているシャンデリア。ロココ調ソファとローテーブル。カウンターのショーケースにはあらゆる物が並んでいた。高級そうな手鏡、ドライフラワーのブーケ、ヴァイオリンの弓、キーホルダー、背表紙が汚れた文庫本…。売り物にしてはみすぼらしい物ばかり。これらは一体何だろう。疑問に思いながら店主を呼んだ。「ごめんください。誰かいますか?」 キョロキョロ辺りを見回しても返事はない。「すいませーん」 先程より声を張り上げてみる。しかし、誰かが動く気配もない。仕方がない。出直すか。もしかたしたら今日は定休日かもしれない。たまたま鍵がかかっていなかっただけ。うん、きっとそうだ。くるりと踵を返し、ドアノブに手をかけた。その瞬間、鈴の音が聞こえた。 チリン。

「?」

何だ?振り向いても誰もいないし…。ただの空耳だろうか。

「久しぶりの来客か。せっかくの午睡が台無しではないか。ようやく寝つけたところだったのに」

「え?!」 

明らかに今のは空耳なんかじゃない。しかし、声の主は見当たらない。どういうことだ?

「あ、あの誰かいるんですか?!」

驚きすぎて声が裏返った。

「あ、そうか。これじゃ見えないのは当たり前か。よっこらせ」

そう言い終わると、カウンターの裏から鈴付きの首輪をつけた黒猫が一匹顔を出した。あくびをかましながら優雅にカウンターに飛び乗り、尻尾をゆらゆらさせている。美しい毛並みに見とれながら、思ったことがそのまま口から出た。

「ね、猫?...…喋る猫がいる!」

こんなこと、あり得るんだろうか。誰か隠れていて猫の口の動きに合わせてアフレコしているとか?それとも新種の猫とか?まだ誰も見つけていない喋る猫だったりして。

「あんまりまじまじ見つめないでくれるかね。あと、顔が近いぞメガネ君」

「す、すいません」

少しイライラしながらそう言った黒猫は鋭い目つきで僕に訊いた。

「メガネ君。君は招待状はもっているのかね」

「招待状…あ!はい!ちゃんと持ってます」

「見せたまえ」

財布のカード入れに入れていた招待状を見せた。前足で招待状を受け取り、じっと見つめる黒猫。僕の顔と招待状を交互に見比べている。

「招待状入手の経緯は?」

「えーっと…会社の同期にもらいました」

正確には荷物に勝手に入れられた、だが。

「ふむ...。本来、招待状の授受は禁止しておるのだがな。まぁ、今回は見逃してやるとしよう。せっかくの来客を追い払う訳にはいかないし、君も亡くなった大切な人に再会するためにここに来たのだろう?」

大切な人。その言葉に目を見張った。京香...。そうだ。僕にとって彼女はかけがえのない人。名前を思い浮かべるだけで胸が締め付けられる。

「ここは死者と生者を繋ぐ店、horloge(オルロージュ)。私はここの店主をしている。名はルノワールだ。君は死者に会えると知ってここに来たのだな?」

「はい。噂ではそう聞きました」

「では、話は早い。中にはここをカフェだなんてとんだ見当違いをして訪れる客もいるもんでな。メガネ君はちゃんとわが店のことを分かってくれているようだ。ところで君、名前は何という?」

「旗本蓮です」

黒猫、じゃなくてルノワールは淡々と店についての説明を始めた。

「旗本君。この店では過去に戻り、亡くなった人と再会する願いを叶えるサービスを提供している。サービス内容の詳細はまた後程伝える。まずは、君が会いたいという死者について話を聞かせてほしい。どうしてその人が亡くなったのか、何故君はその人に会いたいのか」

京香の死の原因、彼女に会いたいと願う理由。写真立てですら未だに見れない僕。ちゃんと京香の死をうけとめて、話すことなんてできるのだろうか。指先が震える。汗も滲んできた。それでも、ぐっと拳を握りしめて深呼吸をした。向き合わなくちゃ。自分の心の声をしっかり聞かなければ。僕はゆっくりと話し始めた。


 20XX年、12月25日。3年前のクリスマス。その日は土曜日でホワイトクリスマスと呼ばれるにふさわしい純白の雪が降っていた。京香は楽曲制作の打ち合わせのため、夜遅くまで勤務をすることに。僕は珍しく休みが取れた。夕方、近場のケーキショップでクリスマスケーキを買った。京香の大好物のケーキ。キャンドルも追加してもらい、特別感が出るようにした。ケーキを見て満面の笑みを浮かべる彼女を頭に思い浮かべ、顔がほころんだ。キャンドルが倒れないよう、慎重に自宅に持ち帰った。今夜は僕の自宅でクリスマスを祝うことになっている。そして、恒例のプレゼント交換。毎年僕らはクリスマス当日にプレゼントを贈り合っている。今回は、バラの模様が施された少し大きいサイズのティーカップを渡すと決めている。このカップを片手に「この紅茶、おいしいね」と、彼女は微笑みながら言ってくれるに違いない。そう信じていた。


 テレビから流れるクリスマスソング。時計に目をやると時刻は23時を少し過ぎたところ。おかしい。いくら何でも遅すぎるんじゃないか?電話をかけるか…。スマホの画面で携帯番号を打ち込もうとした瞬間、電話がかかってきた。京香の番号。あ、そろそろ帰ってくるのかな?きっと仕事終わりの連絡だろうな。

「もしもし、京香?今日はずいぶん遅かったね。お疲れ様。君の好きなチョコレートケーキ買ってきたから早く帰ってき…」

言い終わらないうちに、遮られた。

「もしもし?旗本君?京香の母です。あのね...…。きょ、京香が......」

声のトーンからただならぬ気配を察した。何か良くないことが起きたんだ、と。

「京香がどうしたんです?!」

「こ、交通事故に遭って…亡くなったって...…。今しがた警察の人から連絡があったの」

「.........え...」 

頭を鈍器で思いきり殴られたような衝撃。その瞬間、真っ暗闇のトンネルに閉じ込められた。京香が死んだ…?もうこの世にはいない?どこを探しても、二度と会えないの?今朝、『行ってきます』、『行ってらっしゃい、気を付けてね』と交わした会話が最後?


 その数日後、通夜と告別式が執り行われた。僕はどんな顔をして彼女の遺体と対面したのか、覚えていない。  


 これが、京香の死。最愛の人の死はあまりにも唐突すぎるものだった。


ー第3話へ続くー

2575字

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