豪華絢爛大令嬢、謎の女性、祝祭の指導者
……………
道路沿いの畑の中に民家が現れはじめ、住宅街が見え始める場所に差し掛かった頃、ヨシノリは民家から出てくる女性と目が合う。
「なんだありゃ?」
彼女はこの片田舎に全く似つかわしくない細かな刺繡と装飾が施されたドレスを纏い、艶やかな黒髪を縦に巻いた、ステレオタイプな『
――どいつもこいつも……。コスプレ大会かよ。
流石のヨシノリも祠を離れて精神が安定してきたのか、一周回って呆れたのか、そんな事を思った。
そして案の定、その御令嬢はヨシノリに話しかけてくるのだった。
「そこの方お待ちになってくださいまし。御免あそばせ、私『拝み屋』をやっております
予想していた口調がそのまま飛び出し、しかも予想以上に誇張された雰囲気でその言葉が流れてきたのを受け、ヨシノリは噴き出しそうになりながら答える。
「えっと、そ、その、何の用ですかね」
「そうですわね。まずは……。その素敵なネックレスについてお伺いしたいですわ」
拝み屋を名乗る令嬢はヨシノリの首に掛る宝珠をまじまじと見つめる。先程のこともあり、ヨシノリはやや卑屈に答える。
「……おれが死ぬとか言い出すつもりじゃないでしょうね?」
「え? 何のことですの?」
キョトンとした顔で彼女は訊き返す。当てが外れたヨシノリは少し申し訳なくなり慌てて説明する。
「ああいや、これを寄越した変な男が、おれに『死ぬぞ』って言ってたんスよ。その後に会った僧侶やらにも同じようなことを言われて……」
令嬢は同情した様子で訊く。
「あらあら。それは災難でしたわね。一体何を根拠に……。心当たりでもありまして?」
ヨシノリは少々の恐怖心をその言葉に覚える。そして、答える。
「山奥の祠にぶつかって……。壊してしまって……」
彼は言い終えると、ちらと令嬢の顔をうかがう。彼女はその整った容姿に思慮深げな表情を見せながら何かを考えこんでいた。
「あの……」
ヨシノリの言葉に反応はない。だが、彼女は何かぶつぶつと独り言を離しているようだった。
「『シンレイ』……。ええ、恐らくは。……。『第一級魔術師』……。『コソウカイ』は確実ね……。その可能性もあるわ……。そこまでかしら、心配し過ぎではなくって? ……。とりあえず術式範囲と思われる圏内からは……。呪いの術式構造把握よりも……。ええ、もう来ているかも……。そうね、そうしましょう」
ヨシノリにはその呟きが誰かとの対話に思えた。だが、明らかに彼に向けた言葉ではない。彼が困惑する中、その令嬢はその独り言を終えて向き直り話を再開した。
「ええと、貴方どうやら結構なモノに憑かれたようですが、その『お守り』で打ち消してある状態のようですわね。そのお守りをしながら今日は家に早く帰った方が宜しいと思われますわ。私も忙しいのでこの辺りで失礼させていただきます。御機嫌よう」
そう言って彼女は服装に見合わぬ健脚を見せ、町の方へと行ってしまった。
――一応『お守り』に力があるってのは連中全員が言ってる事だけど……。みんな逃げるように去っていくのはなんなんだよ!
状況に慣れ始めたヨシノリは今まで会った人間の共通点を認め始める。
――何か隠している様な含みある言動に、ここらで見かけた事のないコスプレじみた格好の連中。詐欺をやるにしても目立ち過ぎる。妙な外連味ある連中ばかりで現実味を感じない。今でさえ悪い夢の途中なんじゃないかと思えてくる。何なんだよ、これは。
やり場のない怒りを覚えながらさっさと帰ろうと彼が一歩足を踏み出す。
「止まれ」
背後から突如女性の声が響く。ややアクセントの不自然な日本語。そして、首に感じる冷たい鉄の感触。
「はっ!? なっ!?」
全身が凍り付く。先程のじっとりとした恐怖とも異なる命の危機。ヨシノリの首元には鋭いナイフがあてがわれ、後ろから何者かの吐息が耳に掛る。
「お前と『天出仁』の関係は?」
「は?」
意味のわからない質問に訊き返す以外の選択肢がなかった。誰の名前なのか、そもそもなぜそんなことを訊かれなければならないのか。だが、首元のナイフは確かに本物で、自分が危機にある事だけはヨシノリにはわかった。
「知らない! 誰だ? さっき会った中の一人か? 知らないんだ! 本当だ!」
必死に訴える。冷や汗すらも流れない修羅場で彼の声は妙に裏返り、もう正気ではいられなかった。
――なんで、何でおれがこんな目に……。
「……。その『呪物』……。ネックレスを渡した人間と君に関わりはないと?」
ヨシノリはその言葉で『天出仁』の名とあのサングラスの男の顔を結びつける。
「ああ、おれを見るなり押し付けて来たんだ。あんな奴は知らない。知っていたらあんなに動揺はしない……」
「……」
沈黙の後、喉元に当てられたナイフは離れ、耳元に一言、言葉が告げられる。
「今聞いたこと、私の存在は他言しないように。私はいつでも見ている。それと、長生きしたければそのネックレスを持ってできるだけ遠くに行くことだ。どういうものにせよああいった祠を壊した代償は……。重いものだ」
その言葉の後、沈黙がつづいた、少ししてヨシノリが恐る恐る振り返るとそこにはなにも居なかった。声の主は音もなく、消え去ってしまったのだ。
――確かにナイフが喉元に当てられた。恐らく、日本人ではない女性がおれの後ろに立っていたはずだ……。
混乱するヨシノリは、首を振り、考えていても埒があかないとして、早く帰ろうと走り出す。
―――――
だが、まだ畑の見える道の最中、ぞろぞろと十人くらいの同じような赤い服を着た人々が町の方からやってきて、その中の先頭の一人がヨシノリを見ると駆け寄ってきた。
――遂に本当にヤバい奴に目を付けられた! いや、今までもこれくらいヤバいか? いやいや、そんなのどうでもいい!
駆け寄ってきた男は血のように赤黒いフード付き外套を纏い、血走った瞳を爛々と輝かせてヨシノリを見ていた。明らかに常人の表情ではない。その表情は歓喜に満ちた笑みであり、男はヨシノリの手をかなり強引に取り、瞳に涙をため感激した様子で話し出す。
「ありがとう。ああ、只野修典くん、本当にありがとう。君が祠を壊してくれたおかげで今日という日は、我らにとって素晴らしい一日になる。さあ、皆さんも感謝しましょう! 彼に拍手を!」
『パチパチパチパチ!』
その号令ひとつでヨシノリを取り囲む数十人の赤い服の人々は皆、興奮した笑顔で拍手喝采を送る。
フルネームを告げられ、意味も解らず感謝され、恐怖を感じる熱狂の笑みと涙、そして拍手をする人々に囲まれるヨシノリは先程感じた命の危機とはまた異なる焦りと恐怖を覚える。
「あ、あの……」
「ああ、ははは、いや、失礼。急に呼び止めてしまって。もう我々は解散するのでお気になさらずおかえりください。本当に、ありがとうございました」
先導していた男は困惑した様子のヨシノリにそう言って深々とお辞儀をしたのち、取り囲む数十人の人々に対して号令する。
「さあ、散るぞ。周辺にある『結界』の祠を壊して回れ、大体壊したら町を回れ。今夜は祭り、祝祭だ。あははははははははは」
血走った目のまま男はそう仲間たちに語る。
彼らを取り囲んでいた人々はその言葉を聞いたのち、ある者は山の方に続く道路の先へ、ある者は畑を通る脇道へ、ある者は町の方へバラバラに立ち去る。そして、当の先導者の男も笑い声を漏らしながらヨシノリが歩いてきた道を進んでいった。
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