*4-4


「は~っ。緊張した~」


 誰もいない、文芸部の部室。たどり着くなり、未玲はそう言って崩れるようにソファに倒れ込んだ。


「……あの」


 ようやく、それだけ声が出た。

 ソファに伸びていた未玲が、弾かれたように起き上がる。そのまま立って、私の手を今度は両手で包み込んだ。


「ごめんごめん。由貴子ちゃんも、座って」


 促されて、未玲と並んでソファに腰掛ける。

 かた、かた。今になって感情が体の中に戻ってきて、私は手の震えを抑えることができなかった。


「未玲、私……」


 かたかたかた。強く握りしめた手は、どんどん血の気が引いていく。私……私は……


「遅くなって、ごめんね。由貴子ちゃん、辛かったね……」


 私を気づかうような、未玲の静かな声。暖かい手のひらが、私のこぶしに触れる。


「ねえ、何で?」


 食いしばった歯の間から漏れるような、私のうめき声。考えなきゃいけないコトも、言わなきゃいけないコトも、いっぱいありすぎて、どこから手を付けたらいいのか全然わかんない。

 混乱。ひたすらの混乱。腹の底から、暴れ出しそうな感情……



「私、未玲にひどいことしたよね!? ねえ、何で私なんか、助けたりするの?」

「由貴子ちゃん」

「未玲は友達じゃないって、紗菜と芙美香の方が大事だって、未玲に言ったんだよ!? 私、最低なやつじゃん! 何で……。ねえ、私、未玲にそんな風にされる資格なんてないよ? おかしいよ、私、ホントに最低で――」



「泣かないで、由貴子ちゃん」



 未玲の両手が私の首に回されて――、それから体ごと抱き寄せられた。

 自分でも気付かなかった。絞り出すように未玲に訴えかけながら、私、ぼろぼろに泣いてた。



「どうして、未玲。何で私に、そんなに優しくするの……」



 未玲を拒むような、私の言葉。でも私の両手は――誰にも助けを求められなかった私の両手は、言葉よりもずっと素直だった。

 未玲の胸に倒れ込んで、お腹の辺りにぎゅっと抱きつく。

 あたたかい。優しい。未玲の部屋の匂い。懐かしくて、それがまた涙を誘う。


「だって、由貴子ちゃんが好きだから。由貴子ちゃん、もう自分を責めないで。私だって、松井さんたちが怖くて、今日まで何もできなかった。だけど、もう大丈夫だよ……」


 大丈夫だよ。その言葉がどんなに欲しかったものなのか、私は心と、体でそれを実感した。私の涙が、未玲の制服を濡らす。未玲は気にせず、背中に回した手で優しく私をなで続ける。


「ごめんなさい。未玲、ごめんね……」

「うん、わかってる。大丈夫だよ……」


 久しぶりに流した涙は、自分では止めることはできなかった。

 だから私は、未玲の胸で泣き続けていた。



*


 号泣が、嗚咽に変わって、それから少しずつ気持ちが落ち着きを取り戻す。

 未玲は、それをずっと待っててくれた。何も言わず、ただ私を抱きしめたまま。


 放課後が始まる、少し前。教室から脱出してきた、二人だけの時間。


 この先のコトなんて、分からない。今は考えることさえできない。

 だけど、この手が。私から突き放したのに、それでも私を守ろうとしてくれている未玲の手が。


 どうして……? どうしてなの……?


 問いかける思考とは別のところで、あたたかくて、どうしようもないくらい切ない思いがわき上がってくるのを私は抑えられなかった。


 もう少しだけ。

 あと少しだけ、未玲の髪と、肌と、体温に触れていたいという思いと一緒に――。


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