4. 女同士の争い

*4-1


 自分の意思で、自分の人生を選びたい。自分の生きたいように、生きてみたい。

 高校を卒業して、ひとり暮らしができるようになったら。この町ではない、どこかで。


 「高校を卒業してから」への思いが、強すぎたんだろうか。それともただ単に、考えが甘かったのか。

 慎重に、自分へのプラスとマイナスを考え、この組み合わせなら上手く行くと確信して友達になった二人の同級生、春日かすが 紗菜さな松井まつい 芙美香ふみか


「人間関係なんて、頭で考えて割り切れるもんじゃない」


 中学の頃、友達をどう選ぶかで言い争いになって、母親から言われたその言葉を、よくある「分かっていない大人のきれい事」だと冷笑したその言葉を、私は今、この身をもって思い知っている。



*


 地方の小さな町でも一応は進学校、2年生の夏休みともなれば、さすがに勉強を避けては通れない。夏休みの前半は何とか気持ちを奮い立たせて、塾とか、夏季講習とかを頑張った。

 お盆の前にあった夏祭りでは、中学の同級生だった西野にしの 輝紀こうきと久しぶりに会って、思いもかけず楽しい時間を過ごせた。

 天文部の合宿から戻った紗菜や芙美香と、夏休みの後半には旅行に行った。海の近くの旅館に泊まり、泳いだり、美味しいものを食べて、これぞ夏休み!という時間を満喫した。


 ここまでは、何の問題もなかった。


 思い返せば、もうすぐ新学期という8月の後半。あの辺りから空気が――直接は会わなかったからメッセージの行間に漂う空気が――少しずつおかしくなってた。

 いつもはポンポンとテンポ良くメッセージを返してくる芙美香からの返事が、ぐっと遅くなってたコト。

 紗菜の言葉の中に、どこか気まずさと、かすかな冷たさが混じり始めたコト。

 でも、これは言い訳じゃない。私は何も気付かなかったし、芙美香と紗菜に対して後ろめたいことなんて何もなかった。



*


 8月の終わり、他の県ではまだ夏休みが続いてるけど、うちの県はどういうわけか新学期が始まっていた。

 うだるような暑さは、お盆を過ぎたあたりからいくぶん和らいできてる。朝や夕方、結田ゆいだの町を取り囲む山々から吹き下ろしてくる風は、少しずつ秋の気配を含んで肌に心地よい。そんな時季だ。


 授業も普通に始まったけど、先生も生徒も、まだ夏休みの気分が抜けきっていない。どこかふわふわとした、そんな新学期の始まり。

 久しぶりに受ける午前中の授業から解放されて、私は売店にお昼ご飯を買いに出かけた。

 結田高校の古い売店には近くのパン屋さんがたくさんパンを卸してて、これがけっこう美味しい。今日はたまごサンドとチーズがたっぷり乗ったコーンパンをゲットして、上機嫌で教室に戻る。

 途中、西野とすれ違った。「おーす」「おつかれ~」何故か拳を突き出してくる西野に合わせて、コツンと拳をぶつける。たわいないやり取りだけど、夏祭りの夜を思い出してちょっと気分が良くなった。


「ねえ、ちょっと」


 教室のドアの前で、芙美香に呼び止められた。


「あれ? 芙美香? どしたの?」


 ひやり。軽い言葉を返した直後に、芙美香の表情を見た私は息をのんだ。

 今までに見たコトのないような、険しい表情。黙って後ろに立ってる紗菜も、何かに緊張してるようにぐっと口を結んでいた。

 ――何、これ。何かあったの?


「えーいいけどー。なあに呼び出し~?」


 精一杯おどけてみせたけど、いっこうに効果なし。私は引きずられるように、ふだんはほとんど人気のない新校舎の方に連れて行かれた。


 ちらちらと、芙美香と紗菜の方を見る。どうやら問題は、芙美香の方にあるらしい。でも一体、それって何?


「ちょっと。芙美香も紗菜も、どうしたの?」


 どん。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、私は芙美香に突き飛ばされていた。


「いった~。え、これ何、どういうこと?」

「私、好きって言ってたよね」


 壁にぶつかって目を白黒させてる私に、たたみかけるように芙美香が言葉を投げつけてきた。


 目的語のない芙美香の言葉。だけど芙美香のその言葉は、彼女自身の何かのスイッチを入れたらしい。燃えるような怒りが、隠しきれずに芙美香の全身を覆っていた。


「意味、わかんないんだけど」

「とぼけるつもり? ねえ、私、前に三穂にも言ったよね。西野のこといいなって思ってるって」

「……?」

「紗菜も聞いてたし。三穂は別にって感じだったよね。どういうこと?」


 どういうことは、私の台詞だよ。そう思ったけど、芙美香の迫力を前にしてその言葉を口にすることはできなかった。


「なに抜け駆けして、一緒に夏祭りとか行っちゃってんの? ねえ、どういうつもり?」

「あ、あのさ、落ち着いて。私、別に西野とそういう感じじゃ……」

「さっきだってそう、何アイコンタクトとかしてんの? わざわざ廊下で見せびらかして、あれは何なの?」

「誤解だって、別に深い意味なんてないし……」



「どういうつもりだって、聞いてんだよ!」



 今度は思いっきり、両手で肩を突き飛ばされた。身構える余裕もなくて、私は廊下に尻餅をついてしまった。

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