第14話 悪は絶対許さない!大空の使徒誕生!
「ソル・スクード…!」
ソルは盾を自分ではなく、リコルドが振り下ろす金槌の手の下に出した。
これなら、衝撃波も起きないだろうという作戦だった。
しかし、その盾の手前の空気中を叩き、衝撃波を発生させ、ソルをまたも吹き飛ばした。
「うわぁああ!!」
今度は地面をゴロゴロと転がされる。羽根もボロボロになってきてしまった。
しかしまだソルは諦めていなかった、まだなにかできるはずだと、何か付け入る隙があるはずだと…。
「ペッカァァ!!!」
だが反応できなかった。体が疲れていたのか、度重なる衝撃波に遂に限界を迎えてしまったのか……こちらに向かって全力で突っ込んでくるリコルドに対して、思わず目を瞑ってしまった。
そんなソルとリコルドの間に、横から虹色の光が割り込んできた。
「え!?な、なに!?」
《この光は…まさか…ラパ!》
それはアンジェストロに変身する際に溢れる虹色の光だった。
今その光の中で、明瀬葵とミランが溶け合い一つの身体になっていく、それに呼応し髪が青がかった黒髪から、青みがかった銀髪と変化する。そしてその長い髪が一つの大きな三つ編みのおさげとなり纏められていく、一番下の結び目には羽根の意匠の飾りが飾られた。
明瀬の着ていた服は虹色に発光し、上の服と下の服が合体し、淡い青色のフリルの付いたワンピースになる。虹色の光が明瀬の体を包むと、パフスリーブの濃い青色のジャケットに変化し、ジャケットから雫の様に垂れた光がアームカバーとなった。
足同士でポンと音を鳴らすと、虹色の光が靴をニーハイブーツへと変化させ、羽根の飾り付けがこちらにも飾られる。
そして虹色の光を左手で掴むと、青色の全長140cm程度の棒となる。右手には、光が集まり、真円形の盾となった。
最後に腰から一対の白い翼が生え、頭部に古代ギリシア兵のトサカのついた頭部甲冑の様な髪飾りが飾られ、身を包んでいた光がはじけ飛び、降臨する。
青き伝説の使徒が。
「壮大なる大空の使徒!シエル・アンジェ!!」
《ミラっ!》
「な、な、なにぃー!!??」
イブニングは心の底から叫んだ。
あと少しで、ソルを倒して自分の目的を達成できると思っていたのに、何故かアンジェストロが増えたのだ。
これまで戦っていた奴と違って、妙に強そうな雰囲気と威圧感を持っている二人目のアンジェストロは、イブニングに向かって棒を突き立てた。
「貴方がここに攻めてきた怪物の親玉?ならさっさと出て行って貰いたいんだけど…できるかしら?」
シエルの強気な言葉に、イブニングの腹の底は煮えくり返りそうだった。
彼は弾き飛ばされていたリコルドを叩き起こし、ソルもシエルも纏めて倒すよう命令を下した。
「やれぇ!リコルドぉ!!」
「仕方ないわね…やるわよ、鳥さん」
《ミランミラ!あのリコルドって怪物の中には妖精がいるミラ、最終的には浄化して助けてあげてほしいミラ…》
「わかってるわ、だって…あの怪物…えっとリコルドの、体の中になんか青色の力の流れが特に濃い所があるんだもの。多分あそこに妖精さんがいるのよね」
《見えるミラ!?》
シエルの目にはリコルドの身体のフェアリニウムの動きが見えていたのだ。故にフェアリニウムを発生させる事ができる妖精の位置が一目見るだけでわかったのだった。
「じゃあ、そこ以外を攻撃するわね…!」
シエルはリコルドに肉薄し手に持つ青い棒、シエル・グルダンの先端にフェアリニウムを纏わせる。
相手が衝撃波を発生させる攻撃をする前に、グルダンを思い切りリコルドの腹部に叩きつけた。
「シエル・ベッコ!!」
頭に浮かんできた技の名前を唱えると、グルダンの先端に纏わせていたフェアリウムが放出され、まるで鳥がくちばしで攻撃するかのような鋭い衝きの攻撃を食らわせた。
まともに食らったリコルドは、飛ばされボロボロになった下駄箱にぶつかった。
「案外…できるわね」
《す、凄いミラ…想像以上ミラ…!》
「クソがぁ!今度のアンジェストロは、武闘派だとぉ?毛色違いすぎんだろがぁ!!」
憤るイブニングを、シエルは静かに睨んでいた。
シエルこと、明瀬葵は正義感が強い少女だ。
かつて自分の事をからかっていた同級生が、居眠り運転でガードレールにぶつかり倒れ込んできたタンクローリーの下敷きになりそうだった時、理不尽な死に方をするのが納得がいかなかった、という理由だけで飛び出し助け出した。
父は防衛省の特別な部署におり、母は虫が専門の学芸員で、あまり家に家族が揃う機会は無いが、彼女は全くそれらを苦に思う事なく両親のために何ができるかを考える様な優しい心を持つ子供でもあった。
彼女は理不尽が許せないのだ。
敵を作りやすい性格だと自覚をしているが、どこまでも真面目で、責任感のある彼女を尊敬し友人として愛している人は多い。
だからこそ、正体を知っているソルがボロボロになるまで誰かを守り、自分を犠牲にしているという事を彼女が許せるはずが無かったのだ。
そして彼女の理不尽を見逃さないという意志が、シエルとなった彼女の目に変化をもたらしたのだ。
膨張した部位ではなく、一見何とも無さそうな頭部に妖精がいるのが見える。
故に、棒による攻撃は全て妖精がいない場所を選んで叩く。
「ペッカァ!!」
リコルドは金槌を横からシエルに向かって振るう。
金槌はやはり空気中を叩き、衝撃波を発生させようとする。
「シエル・スクード!」
頭に浮かんだ防御の呪文を唱え、右手に携えた丸い盾”シエル・プロテクシオン”で身を守りながらその前に四角形で半透明の青色の盾を作り出す。
放たれた衝撃波は、横向きに広がる衝撃で天井や床にヒビが入る。
だがシエルは、少し「グッ…!」と声を上げるだけで吹き飛ぶことは無かった。
「ペカ!?」
リコルドは飛ばされなかったシエルの姿に、驚く。
ソルもまた、その姿を見て「凄い…どうして…?」と呟いていた。
「2枚の盾を使って威力を減衰させたのかぁ…?いやただ2枚の盾を使っただけじゃそんな事にはぁ…」
イブニングもまたシエルが行った事を、分析しようと試みる。
だがシエルは周囲の反応を突っぱねる様に、棒でリコルドに攻撃しつつ言った。
「ふっ!いやぁ、できるかなって思ったらできたわね…っ!」
何と意図的ではなく、感覚的に技を使っただけだった。
その言葉に、イブニングは口を大きく開いて呆然とした。あまりに間抜けな顔だったので、ソルは吹き出しそうになったが、我慢した。
「ふざけんなよぉ!そんな、適当な思い付きでこっちの攻撃防がれたんじゃ、たまったもんじゃぁねぇんだよ!」
「そんな事言われても…ねぇ?鳥さん」
《み、ミラン…ミラ…。でもミランもビックリしたミラ、どうして防げたミラ…?》
この場にいる誰もが、何故シエルが衝撃波を防げたのかがわからなかった。
彼女が衝撃波を防げた理由はソルが持っていなかった、”シエル・プロテクシオン”という実体を持った盾の力である。
この盾には、フェアリニウムが練り込まれた鉄で創られており、フェアリニウムを吸収したり反発する等の性質を持っている。
そして、フェアリニウムのみで構成された半透明の盾は、通過した物理的ではない攻撃をフェアリニウムに変換するという効果を持っていた。
双方の特性が作用した結果、受けた衝撃をそのままフェアリニウムとして吸収し、衝撃を無効化する事ができたのだ。
ただ、今の時点でそれをシエルたちやイブニングが知る事は無かった。
「とにかく!妖精さんを助けるためには、この激しい動きを止めなきゃあね!」
シエルは金槌から放たれる衝撃波だけではなく、蹴りなどの直接的な攻撃もプロテクシオンやスクードで防ぎつつ、攻勢に転じる瞬間を狙っていた。
だがその時は思っていたより早くやって来た。
リコルドの光る金槌が消えたのだ。フェアリニウムによって生み出されていた金槌は永遠に形成できるものではなかったのだ。
疲労と、リコルド化という無理やり妖精にフェアリニウムを吐き出させるという手段によって生み出されたフェアリニウムの枯渇が、このリコルドの一番の強みを失わせたのだった。
消える瞬間を、シエルという目の良いアンジェストロが見逃すはずもなく、的確に足を払い転ばせた。
「ペッカァ…っ!」
勢いよく転ぶリコルド、シエルは棒を使って抑え込む。
「この後、どうすればいいの?」
《カオルたちは、頭の中に浄化の技の名前が浮かんだって言ってたミラ!》
「なるほどね、じゃあ、今あたしの頭に浮かんだ言葉が、その浄化の力ってわけね」
「クソ…!またか、また負けるのか…!?」
シエルはリコルドを抑えたまま、翼を大きく広げた。
すると、その翼に淡い青色の光が集まっていく。それは、ソルが浄化技を放つ時と似ており、翼が段々と強く光り輝いていった。
その輝きが頂点まで達した時、シエルは浄化の力の名を唱える。
「シエル・プリエール・ストロフィナンド!」
そして翼を羽搏かせる事で、浄化の光線をリコルドに浴びせた。
何度も何度も羽搏かせ、念入りに闇エネルギーの泥を浄化していった。
数秒も立たないうちに、泥の中からキツツキの妖精が姿が露出し、シエルはそれを抱える。
そして翼を大きく羽搏かせて、青い光を霧散させて浄化技を終える。
「ちぃっ…!覚えてやがれ…新しいアンジェストロもなぁ…!」
イブニングはそう言うと、黒い霧の中に消えていった。
ようやく危機が去った事で、シエルはホッと胸を撫でおろす。
物陰に隠れていたソルも戦いが終わったので、壁を使って立ち上がりシエルに近づく。
「助けてくれてありがとう…えっと…」
ソルが礼を言うと、シエルは彼女の方へ向き直り、ニッコリと笑顔を浮かべた。
「こっちこそ、来るのが遅れてごめんね。でも、間に合って良かった」
そう言った後、シエルは変身を解き明瀬葵とミランに戻った。
同じように、ソルは薫とラパンに戻った。
そして二人の少女は、しばしの沈黙の後、明瀬から「ここにずっといると、面倒な事になりそうだから、早く離れましょ!」と提案され監視カメラに映らない様に、そそくさと避難所の近くまで逃げて行った。
その日の神尾南第三中学校は大騒ぎだった。怪物がいたのは監視カメラから確かなのだが、暴れていた昇降口はいつの間にか修復されており、柱に入ったヒビ、割れた窓、半壊した下駄箱も、全てが元通りになっていた。
そして、怪物が再び町に現れたと言うのは、大きな話題になり町中に話が広がるのは時間の問題だろう。
なんとかカメラに映る事なく逃げれた薫たちは避難所に紛れ込む事で、最初から避難してましたよ?と装い、どうにか戦っていたのが自分たちだとバレる事は無かった。
放課後も怪物で学校中が騒いでいたが、しばらくすれば部活などで皆教室を出て行き、明瀬と薫の2人だけになった。
「ば、バレなくて良かった…」
「あはは、そうね。天土さんもあたしもアンジェストロ?だっけ、ってバレなくてよかったわ」
「……あのさ、明瀬さんは…よかったの?アンジェストロになって戦う事になっても…」
薫の問いかけに、明瀬は少し考えた後に話し始めた。
「後悔はしてないわ、大切なクラスメイトを助けられたわけだし……これからもリコルドって怪物に襲われてる人たちを助けられるわけだし、損はないわ」
「で、でも…ずっと戦う事になるかもしれないのに…」
「そうかもしれないけど……一人じゃないでしょ?」
「えっ…」
「鳥さんと、天土さんと兎さん…。あたしたち4人で、あの男を止めるの。怖い事もあるかもしれないけれど、心強いって思いだってあるの」
「心強い…私が…?」
「そりゃそうよ。だって先輩でしょ?アンジェストロの」
「せ、先輩…私が…!!」
明瀬の言葉に段々と、気分が乗ってきた薫は椅子を飛ばして立ち上がる。
「ラパンたちも一緒に頑張るラパ!」
「そ、そろそろミランの名前を覚えて欲しいミラ…」
「うん、頑張ろう!私たち全員でアンジェストロだ!!」
薫は勢いよく天高く拳を掲げた。明瀬も、笑顔を浮かべながら拳を一緒に挙げた。
夕日が照らす教室で、新しい絆が結ばれたのだった。
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