絶対に婚約破棄させたい伯爵令嬢と絶対に婚約成立させなければいけない執事 ~お嬢様の成婚のために奔走していたらいつの間にか女の子達から好意を寄せられていた~

栗坊

しがない執事・アラン

 ここは王都にある貴族学園。その中庭にて1人の令嬢と1人の執事が優雅にティータイムとしゃれこんでいた。


 執事は慣れた手つきで鍋に入った水を火の魔法で沸騰させる。そしてその沸騰させた湯を茶葉と共にティーポットに注ぎ入れた。


 そのまま待つ事3分。もう十分に香りと旨味を抽出し終えたと判断した執事は茶こしを通して紅茶をティーカップに注ぎ、令嬢の前に差し出した。紅茶の豊かな香りが辺りに広がる。


「ありがとう。いい香りね」


「本日の紅茶はお嬢様のお好きな香りが強めの物をご用意いたしました」


 令嬢は優雅な所作でティーソーサーとカップを持ち、匂いを十分堪能した後にカップに口を付け、紅茶を口に含む。芳醇な味が口の中に広がり、鼻孔を通して紅茶の香りが令嬢の脳天に染み渡たった。


「今日の紅茶も素晴らしいわアラン」


「お褒め頂き恐縮でございます」


 アランと呼ばれた執事が小さく頭を下げる。彼のフルネームは【アラン・ティラミス】。伯爵家で使用人として働いている。


 彼の目の前で紅茶を楽しんでいるのが、マドレーヌ伯爵が長女【シャーロット・ルーア・マドレーヌ】であった。アランの使えるべき主である。


 腰まである金色の艶やかなウェーブ掛かった髪、陶器のように白い肌、美人といっても遜色のない顔。女性にしては背は少し高めだが、それが逆に彼女の威厳を引きだ足せていた。


 まさに貴族家の令嬢にふさわしい美貌を備えた淑女と言ってもいいだろう。


 シャーロットは紅茶を飲み干すとティーソーサーとカップを机に置いた。そしてポツリとアランにのみ聞こえるような大きさの声で言葉を呟く。


「はぁ~…婚約破棄したいわ」


「いやいや、ダメですからね。お嬢様の婚約は両家の合意の元に決められたものなのですよ。そんな『ちょっと町に買い物に行きたいわ』みたいなノリで破棄出来る訳ないでしょう」


 アランは慌ててシャーロットに突っ込んだ。本気でのたまっているのではないと思うが、一応執事として主の失言は窘めておかなくてはならない。


 彼女は去年婚約が決まっていた。相手は公爵家の子息だ。当然ながら政略結婚である。


 貴族の結婚は基本的に政略結婚だ。家と家を繋ぎ、自分の家をより盤石にするために行われる。好きな相手と自由に結婚出来る事などほぼ無いに等しかった。


「冗談よ」 

 

 シャーロットはクスクスと笑いながらそう言った。


 最近、世俗の小説で「婚約破棄」がどうのこうのといった内容のものが流行っているようだが、彼女がそう言った類のモノに影響されたのではないかと思って一瞬ヒヤリとした。


 実際、10代後半の多感な時期というのはそういった類の物に影響されやすいもので、先月もとある貴族令嬢が小説の影響で自らの婚約者に婚約破棄を突き付けたという話も耳にしている。


 あくまで彼女の専属執事としてのひいき目も入ってはいるが…シャーロットは聡明な女性だ。世間のそう言った流行に影響され、惑わされるような方ではないとアランは思っていた。


 それにアランにとっても彼女の婚約は成立して貰わなければ困るのだ。


 彼は1年前、マドレーヌ家当主に突然呼び出しを受けた。ちょうどシャーロットの婚約が決まったのと同じ時期である。


 そこで彼が当主から言われた…もとい命令されたのは「シャーロットの婚約はなんとしても成立させろ」というものだった。


 辺境の一貴族であったマドレーヌ家にとって、此度の公爵家との婚約は中央政界に進出するきっかけとなるかもしれない大事な大事な婚約だ。絶対に成立させたい。


 その中で特に重要な役回りとなるのが、彼女の専属執事を務めるアランである。


 …というのも、この国は貴族皆教育制を採用しており、貴族の子女は一定の年齢になると自らの領地を離れ、王都にある貴族学園に通わなくてはならない。


 シャーロットもそれに従い領地を離れ、王都にある伯爵家別邸から学園に通っていた。当然ながら貴族学園にはシャーロットの婚約者も通っている。2人は同い年だ。


 そして当主は領地経営で忙しく、中々王都の方に顔を出せそうにない。


 となれば専属執事として四六時中シャーロットと共にいるアランの存在が重要になって来る。


「くれぐれも、くれぐれも公爵家の方に粗相のないようにな。もしこの婚約が白紙になった場合、お前の一族は全員クビだ!」


 アランは当主からそう厳命されてしまった。


 アランの一族は代々マドレーヌ家に仕えてきた使用人の一族である。なのでこの婚約が成らなかった場合、一族全員路頭に迷う結果となる。


 アランの責任はあらゆる意味で重大であった。


 シャーロットと婚約者が正式に夫婦となるのは貴族学園卒業後…つまりまだ1年ある。その間、何も問題が起きないように努めなくてはならない。


「さて、そろそろお昼休みも終わるわね。教室に戻ろうかしら」


 2杯目の紅茶を飲み干したシャーロットがそう言って席を立った。確かにもういい時間になっている。


「では片付けます」


 アランはテーブルとティーセットを手早く片付けると教室に戻る準備を整えた。そしてシャーロットの少し後ろに付き従い、2人は中庭の広場から校舎のある方角へと歩き始める。


「あら?」


 もう少しで中庭を出て校舎に至る…という所で、シャーロットが突然立ち止まった。植物でできた垣根の向こう側に目を向けている。アランもつられてそちらの方をチラリと見る。


 そこでは2人の男女が隠れるようにしてお互いを抱きしめ、口づけを交わしていた。おそらく2人は隠れて逢い引きをしているのだろうと思った。


 ここにいるのは思春期の青少年・青少女たち。いかに貴族が品行を重要視するとはいっても、中には若さ故にあふれ出るリビドーをおさえきれない者もいるだろう。


 ああ言うのは見て見ぬフリをしてやるのがマナーだと思っていたアランはそのままスルーしようとした。


 しかし次のシャーロットの言葉を聞いた彼は度肝を抜かれ、逢い引きをしている2人の方をガン見した。


「あれは私の婚約者様じゃないかしら?」


「は?」


 アランの目にはシャーロットの婚約者である【ブルース・クデュー・フィナンシェ】公爵令息が背の小さい女性と抱き合い、口づけを交わしている光景がしっかりと映りこんだ。


 これは厄介な事になったとアランは嘆息を吐いた。


 心なしか、婚約者の浮気を目撃したシャーロットの顔は少し喜んでいる様に感じられた。



◇◇◇


※当作品は「お試し連載」となります。1週間ほど連載して評判が良いようなら本格連載に入ります。


※投稿予定

12/7(土)~12/13(金)で1日2話、7時と19時に更新します。計14話。


面白そう、続きが読みたいと思って下さった方は作品のフォローと☆での評価をお願いします。

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