Episode2.町と山と昔話『その弐』 近代化する町並み

 山の獣道を進むこと数十分、形だけ体を成している道をひたすら歩く。

 この地を離れるまでの十五年。そのくらいの年月は歩き続けた道。

 迷うことなど本来はありえないのだが……


(いかん。どうも道を間違えたようだ)


 迷っていた。

 そう、自宅がある山の中で神代流也は迷っていた。

 所謂いわゆるところの遭難というやつだ。


「おかしいな。たしかに記憶にある道をそのまま進んできたはずなのに何処で迷った?」


 人の記憶とは随分と曖昧なモノのようだ。

 数年前まで迷うことなく歩けたはずの山道を覚えていないのだから。

 地図を睨みつけながらぼやきつつ懐を探り、少しだけ年季の入った懐中時計を取り出し、時間を確認する。


 数十年前まで、宇深之輪町は田園風景と森林しかない町だった。

 近代化の波へ微妙に乗っかり、地主達に都合のいい発展を向かえる。

 氾濫を繰り返す川は整備されつくし、片田舎の無人駅は巨大ショッピングモールが建ったのを契機に新しく現代風に装いを変えた。

 今では造られると噂されるリニアモータカーに狙いを定めている。

 大切にしたいと言っていた田園風景とやらは何処へ行ってしまったのだろうか。


 そんな現代化から近未来化へ移行する中、昔から姿を変えないのが郊外に構えるここ、月衛山げつえいさんである。

 山頂へ導くかのように敷かれた山道と入り口を示す壊れた門のようなもの。

 その昔は何かしらの社や寺院があったのであろうが、今では山全体が完全に私有地と化している。

 この町、宇深之輪町の昔からの決まり事で、『月衛山に住居を構えてはならない』というのがある。

 この町に住む者として、月衛山に住居を構えようという物好きはいない。

 アスファルトで舗装されているのも山の入り口まで、そこから先は昔ながらの山肌が剥き出しの道が続くだけ。

 山の麓にある月衛山の説明書きの看板を境に、町の今と過去が分かれている。

 少子化の波に逆行するこの町だが、子供たちは近寄らない。子供たちの親がまだ子供だった頃から、あの山には魔法使いが住んでいる、近寄るとどこかへ連れ去られるといった噂が絶えなかった。

 しかし、今の子供たちは山へわざわざ出向かなくても遊び場に困らない。

 この町の近代化の恩恵とも言えるだろう。

 

 時間を気にしつつ、そんな山道を突き進む。

 徐々に景色が開けていき、小高い場所へ出た。

 崖の手前に柵を設け、行き止まりである事を示している。


 柵に手を着き、景色を見渡すと、川を中心に近代化した町が眼下に広がる。

 数年ぶりの町並みを見下ろし、また、溜息をつく。


「少し見ない間に随分と様変わりしたもんだ。

 あのショッピングモールなんて出て行く時はまだ鉄骨がむき出しだったのに」


 天気の良い日は景観が良く、近年ではこの町でも健康の為と山を登る大人は増えてきた。

 季節ごとに違った表情を見せるこの山と町の景色はたとえ様のないもので、流哉もここからの眺めは気に入っていた。

 町を立ち去る少し前に『隠れたスポットだ』と、記事に取り上げられて以来、他人と頻繁に会うようになった為に嫌いになった場所。

 懐かしむように町並みを見ていたはずが、急な様変わりに驚かされる。

 ほんの少しの休憩のつもりが、変り行く町並みに気を取られてしまう。


「――――」


 ふと、気配を感じて振り返る。

 一瞬、誰かが話しかけてきたような気がした。


「――――そうか。ただいま」


 いつものこと。

 この山を歩いているといつも感じる気配と声。

 いつものように挨拶だけ交わして、また山道に戻って行く。


「しっかし、この道はいつまで舗装もされないままなのかね。

 ハイキングコースを造るのもいいけど、いい加減アスファルトの道を整備してもいいんじゃないの?」


 獣道からようやく出た先のまともな山道に文句を言いつつ、来た道を引き返す。

 引き返す中、トランクを担ぐ流哉の姿に驚く他人と何度か擦れ違ったのはお約束。

 引き返し、見慣れた分かれ道で実家のある方へと進路を取る。


「まったく、まだ俺は心配されているのか」


 山道で迷い、歩き続けているとさっきの声を思い出す。

 気のせいじゃない。

 まぎれもなく亡くなった祖母の声だった。


「……まだまだ半人前、ってことか」


 考え事をしていると人口の建造物が見え始める。

 そこには民家が一軒だけ。

 いや、民家と呼ぶには世間一般的な感覚からは語弊がある。

 民家というよりは金持ちの別荘の方がしっくりと来る。

 一昔前までなら、館と呼んでも良かったが、それは現代では館と呼べるものではない。

 そこは産まれてからイギリスに行くまでの間、ずっと住んでいた実家である。

 家が見えるだけで、まだ玄関が見えるわけではない。

 建物は山の木々に囲まれ、その周りを所有地である事を誇示するかのように塀で囲まれている。

 塀に沿うように歩くと、異様な雰囲気の門が見えてくる。

 重く堅そうな鉄製の扉は年季を感じさせる。

 扉に手をかけ、力を込め押し開くと、扉は軽い音を立て開いた。


“こんなに軽かったか?”


 違和感はあったものの、特別気に留める必要はないと判断したのか、そのまま門を潜る。

 鉄の門をくぐり抜けると、整備された並木道が玄関へと続いている。

 流哉はトランクを担ぎ直し、歩いていく。

 並木道は元々あった山道を整備したもの、ところどころ木の根が敷いてあるレンガを押しのけている。

 そんな道を歩いていく。

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