帰国する魔法使い
Episode1.町と山と昔話『その壱』 帰還した魔法使い
正午。神代流哉が日本についた時間である。
周りは見渡す限り木。剥き出しの山肌、乱立する手付かずの木によって形成される森、獣が通ったのであろう足跡。
どうやら跳んだ先は山の中腹にある森で、それも割りと深いところに出てしまったようだ。
ベルトから繋がる鎖を手繰り寄せた掌の中の『懐中時計』にチラリと目をやり、カチリと蓋を閉じる。
ロンドン出発する直前に確認した天気予報通り、日本は快晴である。
この分なら、変わりやすい山の天気と言えど雨降りの心配をする必要はないだろう。
山の獣道を古ぼけたトランクを担ぎ直し歩き始めた。
「さてと、オレの魔力察知に何の反応はないし、見知った気配も、異変もないことから察するに……まだ
何とか先手を打たれずに済んだか?
あの二人、年寄りのクセに行動に移すのが早いんだよな。
……それにしても何で我が家はこんな山奥にあるのかね」
少々のため息。
雨降りでない分いくらかマシではあるが、春先とはいえ日光に照らされながら荷物を担いでの山道は辛い。
文句と愚痴を誰に聞かせる訳でもなく吐き捨てる。
山の麓の駅から、中腹までは日に二度だけバスが出ているが、それに乗るには麓の駅に行かなければならない。
山の中を目指して跳躍したのは人目につかない場所を選ばなければならないからだ。
人通りの多い場所へ唐突に、脈絡もなく人が現れたらパニックを起こす。
そういった全ての『面倒臭い事』を避けたのだ。
トランクを担ぎ直し、山をひたすら登る。
登っている山は、
一昔前まで、六十年ほど前は深い森と田園風景が広がる地が宇深之輪の姿だったが、高度経済成長の煽りをうけ、高速道路が敷かれるのをきっかけに遅い近代化を進めることになる。
もっとも、早く近代化を進めなくてはと焦るのは町長だけで、
『近代化の波に追いつこうとする町長の意見は尤もだが、今ある自然を無視して近代化を進めていい理由にはならないのではないか』
と、いう地主達の猛烈な反対に町長は断行できず、結果失脚する。
地主の一人が新しい町長に就任し、自然との共存することを第一とした街作りが開始される事となる。
都市開発の資金は地主達の協力もあってか、持て余すほどに集められた。
田園風景の広がる町だった宇深之輪町は、地主達の意向を汲む形でゆっくりと遅い近代化を進めていくことになったのである。
数十年経った現在は周囲の町村と合併をし、
しかし近代的という点では、近代化を推し進めた合併前は隣町だった
「まあ、仕方ないよな。
元々は四方を山に囲まれた農村の集まりで、抱えこんだ山の一つにたまたま居座っていたのがこの辺りでもっとも発言力のあった祖母さんだったわけだし……
山に手出し出来たのなら話しは変わっただろうけど」
都市化が思うように進んだのは山の麓から町をど真ん中で二つに割る川の周辺だけ、山や町の中心部以外は当時のコンセプト通り自然を残す形となった。
自然を残すと躍起になった地主達だが、その苦労はまったくの無駄に終わる。
町の中心部の開発と川の整備に思いのほか資金をつぎ込む事となり、集められた資金は底をつき、それ以上の開発は不可能となってしまったからだ。
ともあれ、当時の地主達が思い描いた宇深之輪町はなんとか形になり、形だけは地方都市として機能しつつある。
流哉の実家はそんな宇深之輪町の外れにある山の中。飛行機を使い、電車を使い、バスを使って帰らず、『時の旅行者』を使って帰ってきた一番の理由が、
『ふもとから実家までの山道を、トランクを担ぎ歩きたくない』
と、いう理由が一番大きい。
見慣れた山の景色を懐かしむように見ていたが、帰って来た目的を思い出し、家に向かい歩を進めた。
余談だが、歩きたくないのなら、直接家の敷地内へ跳べばいい。
それをしなかったのではなく、出来なかったが正しい。
流哉の生家、神代の家は『魔法使いだった』祖母が築き上げ住んでいた家。
強力な結界が張り巡らされていて、あらゆる干渉を拒絶する。
それは、魔法であっても例外ではない。
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