異世界コールセンター

きんぐおかん

第1話 静かすぎるバイパス

 ――――静寂の中、ハイブリットでエコな車を静かに走らせていると、俺は今地球に優しい人間なんだなと自覚する。

 しかしバイパスだというのに一台も車が走っていないなんて珍しいな、いつどんな時でも一台くらいはすれ違ったり前を走っていたりするのに。


「おいおい、こんなに車がおらんなんて久しぶりだな、なんかあったのか?」


 そう嬉し気に独り言をこぼす俺、「新島にいじま 寛秋ひろあき」はタクシーのコールセンターに勤めている二十五歳、彼女無し、顔はいいのに性格が子供の様なので女性から男として見られないという残念イケメンな普通の男だ。


 いやー、夜勤明けって深夜テンションの延長みたいな気持ちになるんだよな、下手にスピードが出ないように注意しよう。


 しばらくいつものように車の中で歌を熱唱しながら走っていると、ふいに目の前が明るくなった。


「なんだぁ?ハイビームか!?まぶしいって!もっと周りのこと気遣っていこーぜ、オイ!」


 なんて相手に聞こえないのをいいことに前から来る車に悪態をついていると、なんかいつもと違うなと感じた。


 まぶしい目をこじ開けてみると、なんと目の前には光り輝く大きな門のようなものがあった。

 突如現れたそれに反応が遅れ、急ブレーキを踏めなかった俺は、停まることも叶わずその門に吸い込まれてしまった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 目を覚ますと、そこは青く美しい空と白い雲、そして広がる大草原が少年心をくすぐり大冒険の予感を感じさせる―――――


 わけもなく、ガラクタの山の中で車の中から、命からがら這い出してきたヒロアキは、せき込みながら悲痛の声を漏らしていた。


「げほっ、げほっ、うえぇ……なにこれ最悪なんですけど。あぁぁ!終わった……会社に報告しなくちゃだ……くそっ身体もいてぇ」


 なんと自分の車がほぼぺちゃんこに大破していたのだ、よく生きていたな俺よ。

 タクシーの会社なのでプライベートの事故でも報告が必要で、脱輪したりとか、少し擦っただけとかでも報告は必要だ。

 そんな絶望に苛まれる中、ふと辺りを見渡すと先程までバイパスを走っていたのに森の中にいることに、今気付いた。


「あれ?俺さっきまでバイパス走ってなかった!?まさか壁を突き破って下に転落したとは考えにくいし、だとしたらそもそも生きてんのがおかしいだろ」


 そんな当たり前のことを口にしながら、周りを確認し、状況を整理する。今自分は謎に森の中、ガラクタが積まれたような場所がいくつか見える場所にいる。うーん、分からん。なんだそれ。


 考えてても仕方ないので、ガラクタの山を少し漁ってみると、日本では見かけないものばかりで、その中にはスチームパンク的な機械に見えるものが山ほどあった。俺のオタク心がざわついたと共に一つの疑問も浮かび上がってきた。


「もしかしてここ、日本じゃないのか?」


 ここがどこなのかを確かめるために、ガラクタ山を後にしてえっさほいさ歩いたはいいものの、歩けど歩けど一向に森を抜ける気配がない。足も痛くなってきたしお腹もすいてきた、もうこれは本気で死を覚悟しなくちゃならないのかもしれない。


 ちなみにスマートフォンや自分の荷物は車がへしゃげた衝撃で壊れたりぐちゃぐちゃになってたりしてたので、そのままガラクタ山に置いてきた。そのかわりにガラクタの中でこれだと感じたものをいくつか持ってきたが、何の役に立つかは全く分からないまま。


 完全に終わったな、という気持ちで溜息をつきながらとぼとぼ歩いていると、不意に気配を感じ後ろを振り返る、がもう遅かった。


「なんっ……づぁっ!」


 ゴッ、と何か硬いもので殴られたような音が聞こえたかと思うと衝撃と痛みで俺は意識を失っていた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 再び目を覚ますと、そこは知らない天井だった。

 力の入らない身体を無理やりに起こすと、頭に鋭い痛みが走った。


「っ!頭痛ぇ……ここはどこだ?なんで俺はこんなところに……?」


 何も分からないまましばらくベッドの上で過ごしていると、俺のいる部屋のドアからコンコンとノックの音が聞こえた。こちらが答える前に「失礼します」と言って入って来たのは、俺のオタク知識が正しければ犬の獣人という言葉が合う、緑色を基調としたメイド服を着た女性だ。


 ふさふさの毛並みに立派なマズル、やわらかい顔立ちはゴールデンレトリバーを思わせる。丸眼鏡をかけていてそれが彼女の雰囲気にとても合っている。


 そして俺の中で不確定だったものが確信に変わった、ここは異世界だ。断言できる。だってラノベとか大好きだから!


 部屋に入ってきた彼女が俺が起きてほうけているのを見て少し驚いたのか目を一瞬だけ大きく開いてすぐにすました顔へと戻った。


「あら、お目覚めでしたのね、申し訳ありません。今お嬢様を呼んできますので少々お待ちください」


 お嬢様……?いやいやそんなことよりも、言葉は通じるのか!良かった、先にここがどこかだけでも聞いておこう。


「あ、すみません、ここはどこなのかだけでも教えてもらえませんか……?」


 すると女性は少しくうを見つめ考えた後、場所だけでなく、今までの経緯について話してくれた。


 彼女、もといレーリィから聞いた情報によると、俺がいた森は【ルストゥルの森】と呼ばれていて、街で出た不用品や、不良品を回収して捨てて後で一気に魔法で処理するという、人のよりつかない場所になっているらしい。定期的に街の騎士団の方々が見回りに行っているのだが、そこで俺が倒れているのを見つけて運んでくれたということだ。


 ではなぜ俺がこんな金持ちっぽい家に運ばれて治療してもらえたかというと、ガラクタ山の中から拾ったものが丁度この屋敷に住むお嬢様と呼ばれる方の欲しい物だったからだそうだ。

 欲しいものリストなんて見なくても推しの欲しいものが当てられた気分だぜ、やっぱり直感で選んで正解だったな、俺ってこういうところで運がいいんだよな、昔から。


 そうだまだお礼を言ってない、ありがとうとごめんなさいがちゃんと言えない人間にはなりたくない。


「ありがとうレーリィさん、助けてくれて」


「私にお礼は不要です、助けたのは私ではなくお嬢様なので。今からお嬢様をお呼びするのですが、くれぐれも粗相のないようにお願いします。では」


 淡々と答えた後、主を呼びに行ったレーリィをベッドの上で見送って、俺はとりあえず今後について考えた。


 異世界に来てしまったものはもうしょうがない、元の世界に帰りたいかと言われたら、まだやり残したことは多いしこっちでの生活も不安が無いと言えば嘘になる。


 だが俺は自分でもかなりおかしいと思うほどにポジティブで、そんな自分が好きなのだ。残してきた家族や友達、会社の人には申し訳ないが、異世界での暮らしにもうワクワクが止まらないので、せっかくなら楽しませてもらうとしよう。


「とりあえずそのお嬢様って人が来るまで待つとするか」


 じくじくと今も痛む頭に嫌気がさしつつも、ふかふかのベッドを堪能していると、五分くらいしてまたノックの音が聞こえた。


「はい、大丈夫です」


 俺が返事すると、「失礼しますわ」とキリッとした綺麗な声が聞こえて扉が開かれた。

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2024年12月21日 17:00
2024年12月22日 17:00
2024年12月27日 17:00

異世界コールセンター きんぐおかん @king0kan

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