『上を向いて歩こう』~思い出の歌に込められた思いに寄せて~

@kitamitio

第1話  1「上を向いて歩こう」


「歌は世につれ世は歌につれ」という言い方があったのをご存じの方も多いでしょう。

「流行り歌は時代の風潮を受けて変わっていき、世間の有様も歌の流行によって影響を受ける」そんな意味で使われていたのだと思います。


 昭和・平成・令和ともうすでに三つの元号を使い分けてきた年齢になると、それぞれの時代のいろいろな場面を何とか潜り抜けてきたとき、その時々を象徴する歌は確かに存在した。この歌が流行っていた時には自分がどこにいて何をしていたか、世の中の動きはこんなだった。そんなことが歌の歌詞やリズムとともに自分の頭の奥深いところからしばらくぶりに顔を見せることがある。


 そしてその呼び起された記憶は、自分の人生を振り返り「甘く切なく」「辛く悲しい」思いを再び自分に与えてくれるものとなるのです。そんな風に自分の生きた証が歌とともに再現されることがあるものです。


自分の人生にかかわってきた時代とその時々の歌を少しの間思い出してみようと思います。




1「上を向いて歩こう」


 いつから上を向かなくなったのだろうか。

 自分の将来に何が待っているのかわからないまま突っ走っていたときがあった。周りのことより自分の理想を求めてぶつかっていた時があった。

 

 そういう時があったことなどすっかり忘れてしまったような……、今。もう上を見てはいけない年齢になってしまったかのように下ばかり見つめて歩いている。それが年を取るということである。……なんてわかったようなふりをしてつまらない思いを打ち消している自分がいる。


 年を取るとはそういうことなのだろうか。子どもの頃にあんなに欲しかったラジコン飛行機がようやっと買える年になると、もうそれを買う意思を失ってしまっていた。札幌の狸小路にある憧れの場所「中川ライター店」が閉館してしまい、ついに一度も買いに行けなかったことを今になってから悔やんでしまっている。


 オートバイの免許を取ってリアシートにはテントを積んで北海道を隈なく回ってやろう。そんなことを思っていたのは中学生のころだったろうか。でも結局は、オートバイの免許より車の免許を取って仕事のため家族のためと車のハンドルを握ることのみになってしまっていた。


 今まで生きてきたなかでそんなことがたくさんあってような気がしている。子供のころに夢見ていた未来を実現させられるときになると、もうそのこと以上に大切な何かに向かっていることのほうが多くなっていた。待ち望んでいた未来が現実として近づいてきてしまうと、未来であったものは現実に覆い隠されて消えてしまっていた。


 それが大人としての「分別」のあり方だと勝手に思ってきた。そして今、この年齢になってしまってからそれがすべての後悔の原因になっていたことに気づき始めた私です。

 でもよく考えてみると、そうしたいくつかのあこがれや目標があったからこそ「現在」の生活も確立されることになったのかも知れません。決して立派な生活をしているとは言えませんが、あの頃に夢見たことが実現させられるだけの生活をしているのは間違いなかった。

 未来を見つめて努力したというほどではないけれども、自分の力を奮い立たせて「上を向いて」生きて来たと言えるのじゃないかと思っている。



 この題名とさせていただいた「上を向いて歩こう」は、1961年にリリースされた坂本九さんの名曲で、世界中で愛される日本の歌の代表と言えるでしょう。アメリカで「スキヤキソング」としてビルボードランキング1位を獲得して伝説を作ったこの歌は、昭和の時代を生きた私たちにとって、特別な意味を持っているということもできます。


 1960年代は、高度成長期とはいいながら多くの人々が困難な状況に立ち向かいながらも、希望を持って前に進んでいました。「上を向いて歩こう」は、そんな時代の中で生まれた歌であり、涙をこらえて前を向く強さと、未来への希望を歌っています。


 この歌を聴くと、まだほんの子供でしかなかった私たちも当時の苦労や辛さや喜びを思い出し、困難な状況でも前を向いて歩くことの大切さを感じていたものです。坂本九さん特有の柔らかで澄んだ歌声によって、私たちは「今とは違った希望に満ちた未来」に向かって歩み続けるエネルギーを充電させてもらったような気がしています。


「上を向いて歩こう」は、昭和という激動の時代を生きた私たちの心の支えの一つでもありました。この歌に込められた思いは、これからやってくるであろう困難の時代を生きる次の世代にも伝えたい大切なメッセージだと思っています。令和の時代を生きる今の子供たちにも希望を持ち続けることの大切さが伝わって欲しい。


 今こそ、そう私は社会の成長が止まり先が見えなくなってしまっている今こそ、そして、現在の子供たちにこそこの歌を聴いてほしいと思っています。

 

 悲しみを乗り越えて前を向くというポジティブなメッセージを「上を向いて歩こう」というフレーズの繰り返しが強く訴えかけてくれます。シンプルでありながら深い感情と希望を伝える力を持っているのがこの歌の素晴らしいところであり、いまだに口ずさんでしまう理由だと思っています。

 昭和の時代を生きた人々にとっても、現代の子供たちにとっても、そのメッセージは変わらず心に響くものではないでしょうか。




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