かの街暮らし《甲乙丙丁戊》

尾八原ジュージ

祭りが足りる《甲》

 山里から街中に引っ越してきたが、近頃体調があまりよくない。特に耳鳴りが辛いと友人に愚痴をこぼしたところ、

「祭りが足りてないね」

 と言われた。

 確かに、山里では各種の祭りが盛んにおこなわれていた。だが、この街では違う。年がら年中祭りが開かれているわけではない。

 運のいいことに、たまたま近所で秋祭りが開催されているというので、友人と共に会場に赴いた。

 ところが到着してみると、そこはすでに祭りの後と化し、すっかり閑散としている。法被を着た人々の代わりに、落ち葉が木枯らしに巻かれて踊っている。

 肝心の「祭り」本体は、すでに会場から近くの道路へと移動していた。山車にその巨体を詰め込み、町中の子どもたちに引かれてどこかへ向かおうとしている。

 祭りの合間だから、子どもたちは無言だ。唇を固くむすび、両目を見開いて、額からは滝のように汗を流し、祭りを乗せた山車を引く。なにしろ祭りの合間だから、まったく楽しそうでない。

「せめて祭りのおこぼれだけでもいただこう」

 友人はそう言うと山車に走り寄り、もぞもぞと動く本体目掛けて飛び掛かった。

 と、そのとき、

「せぇーーーの!」

 黙りこくっていた子どもたちが突然掛け声を上げ、山車は急カーブを切って友人のジャンプを見事に避けた。友人の手は空をつかみ、そのままの姿勢で道路に落ちた。

「大丈夫?」

 駆け寄ると、友人は起き上がって「これだけもらえた」と言い、小さな金魚の入ったビニール袋を私に差し出した。すでに山車は遠ざかっており、これ以上の深追いは止めた方がよさそうだった。

 もらった金魚を持って家に帰り着くころには、もう耳鳴りが消えていた。やっぱり友人の言った通り、祭りが足りていなかったのだろう。

 山車を引いていた子どもたちは、翌日、お駄賃や大量のお菓子をもらって、各々の家に帰宅したという。金魚は私の家で暮らし始め、今は小さな鯉くらいの大きさになっている。

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