第41話:話し合い(ワイバーン編)

 『翼竜の宝珠』が暴走している。恐らく、いや確実に。私の手の中にある宝玉は煌々と輝き、中心部でまばゆい光が脈動している。その様子はまるで巨大な瞳のようで、不安をかきたてる美しさがあり……大変に危険である。


「……ここの設備では防ぎきれないだろうな」


 『探求の足音』はこの魔術具を解析するためにかなり頑張った結界を用意していたけれど、既に抑えきれていない。効果が外にまで伝わり、ワイバーンが上空に集まりつつあるはずだ。


 まずい、非常にまずい。人の多い町の上空にワイバーンの群れ。亜種とはいえ、ドラゴンはドラゴン。大変な被害が出る。


 とにかく対処しなければならない。私は無力化した『真実同盟』の三人に追加で眠りの魔術をかけておく。これで、私が解除するまで眠り続ける。ちょっと起こす気がなくなるな。

 『翼竜の宝珠』は私が預からせてもらうことにする。台座に固定の術式が組み込まれていたが、解除した。緊急事態だ。


 外に出て状況を確認する前にファクサル君がどうなったかを知りたい。工房内を探知しつつ探すと、魔術陣を発動する気配があり、すぐに女性と抱き合ったまま眠るファクサル君を発見できた。


 周りには『真実同盟』の者と思わしき魔術師二人と、ファクサル君のお仲間も数名。全員よく眠っている。師匠と思われる女性の胸の中で眠るファクサル君は幸せそうですらある。

 追い詰められて、私が用意した魔術具を使ったのだろう。無事、効果を発揮したようで何よりだ。


「よし。ここはこのままにしておこう」


 全員眠っているなら好都合だ。すべてが終わった後に対処しよう。

 周辺の魔力を探った感じ、工房内に他の人間はいないようなので、素直に外に向かう。


 外に出た瞬間、私は状況を把握することが出来た。


 工房の入口を出てすぐのところで、複数体のワイバーンについばまれる魔術師が二人もいたのだから。


 ワイバーンは巨大だ。小さくても人間より一回り大きい。腕の代わりの翼とドラゴンと鳥の中間のような頭、鋭い爪を持った足。

 そんな魔獣が合計五匹、魔術師二人を玩具にしていた。


 普通ならば死体となっているところだが、そこは戦闘の得意な『真実同盟』の魔術師だ。まだ生きている。防御魔術を必死に維持しながら、どうにか意識を保っているようだった。全身傷だらけなので、生き地獄に晒されているとも言えるが。


「…………」


 防御の魔術でどうにかワイバーンの攻撃を受け止めている魔術師の一人が、すがるような目でこちらを見た。声を出す余裕もないだろう。もう魔力も限界近いように見える。


「さて、どうしたものかな……」


 眼の前の二人を助けるべきか、ちょっと悩んでしまった。魔術師同士の戦いのみならず、普通に生きる人々の生活にまで危険を及ぼした忌むべき存在だ。いっそここでワイバーンにパクっとされてしまうべきなんじゃないだろうか? 


「た、たすけっ……」


 頭の中で検討に検討を重ねていると、魔術師の一人が必死に声を絞り出して言ってきた。

 それに加えてワイバーンが私に気づいた。

 彼らにとっては、新しい玩具が現れたように見えたことだろう。魔獣の目つきから感情は読めないが、あまり好ましくない視線がこちらに向き、一匹がなんだか楽しそうな気配を漂わせながら接近を始めた。


 ここは降りかかる火の粉を払ったということにしておこう。


 魔力の光輪を数十個作成。ワイバーンを切り裂くために少し大きさを調整し、一気に飛ばす。


 ワイバーン達にとっては不意を打たれた形になったろう。

 私が生み出した光の刃によって、眼の前の五匹は一瞬でバラバラに切り刻まれた。

 悲鳴を上げる間すらない。その場に大量の血と肉がばらまかれて、嫌な匂いが充満する。


「せっかくだ。君達の治療をしてあげよう」

「な……なんっ……なんなんなん……」

「お前は一体……」


 傷だらけの魔術師たちを回復させたら、一人は恐慌状態に、もう一人は呆然と私に言ってきた。どちらもその目に怯えの影が見える。助けてあげたのに失礼な二人だ。ある程度の魔術師なら、このくらいできて当然だろうに。


「工房内のお仲間も全員動けなくしてある。君達も含めて魔術師組合に突き出す。異論はないね?」

「…………」


 優しく笑顔でいうと、二人ともすごい勢いで首を縦に振った。素直でなにより。


「それともう一つ。この宝珠、暴走しているようなんだが止める手段は……」


 懐から輝く『翼竜の宝珠』を取り出して見せると、今度は首を横に振る二人。期待していなかったけど、本当に役に立たない。


「まずいね。ワイバーンがどんどん集まってきている。今は宝珠めがけて来ているからいいけど、何かあって町の人を襲うのはよくない。非常によくない」


 見上げれば、森の木々の間からワイバーンの影がちらほらと見えた。数十匹はすでに集まっている。この宝玉をどうにかしなければ。最悪、殲滅するしかないか。必要以上に魔獣を狩るとヴェオース大樹境の生態系に影響が出そうで気は進まないが……。


 考えを巡らせているうちに、空から飛来するものがあった。


「ド……ドラゴン?」


 魔術師の一人が呻くように呟いたが、それも仕方ない。

 私の前に降り立ったのは、巨大なワイバーンだった。形こそ違うが、ほとんどドラゴンといっていいような、二階建ての家くらいある個体だ。


 もしかして、ヴェオース大樹境のワイバーンの王みたいな存在なんじゃないだろうか。そう思わせるくらいの威容がある。少なくとも、『翼竜の宝珠』が呼び寄せた群れの主くらいの立場はあるだろう。


「…………」


 降り立ったワイバーンの王(仮)はその巨大な瞳で私をじっと見つめる。縦長の瞳孔の色は青と銀が混じり合った複雑な色合いをしている。まるで宝石のようだ、と呑気な感想が浮かんだ。


 同時に、この事態を解決できそうな案も思いついた。

 指先に魔力を込め、その光で急いで魔術陣を描く。空中に魔術陣を描くのは得意だ。あまり複雑なものや巨大なものは出来ないが、下手に詠唱するよりも確実に魔術を作れる利点があるので好みでもある。


 今、作ろうとしているのは難しい魔術陣ではない。むしろ伝統的な、歴史あるもの。こうした環境で沢山の魔術師が使った魔術。


「魔獣との契約魔術……?」


 『真実同盟』の魔術師が正解をあてた。


「ワイバーンの王よ、私と契約しないか? 悪い条件ではないよ?」


 『翼竜の宝珠』を掲げ、ワイバーンの王(仮)に問いかける。


「…………」


 ワイバーンの王(仮)は静かに、私の言葉を待つように態勢を整えた。

 良かった。一定以上の大きさの魔獣は高い知能が備わることがあるが、それに当たったようだ。会話はできないが、このワイバーンの王(仮)は人語を解することができる。


「契約した後、私からの頼みは一つ。この上空から退去して群れごとヴェオース大樹境に帰ることだ。君への報酬として、この『翼竜の宝珠』を厳重に管理し、発動させないようにしよう。難しいようなら、破壊する」

「……………」


 ワイバーンの瞳孔が大きく拡大する。『翼竜の宝珠』は彼にとって悩ましいものだったはずだ。これがある限り、いきなり群れの仲間や自分が呼び出されて使役される可能性があるわけだからね。


「私は魔術師だが、普通に町で暮らしたいだけだ。君達も大樹境で今まで通り暮らすがいい。今回呼び出して君の仲間を殺してしまったことは謝罪するし、原因になった者たちは我々が裁く」


 魔獣との契約魔術は、双方に利益がある時に成立することが多い。そして、これが発動すれば、魔獣側の約束は必ず果たされる。ワイバーンの王(仮)は言葉を聞いてくれるけど、契約でもしなければ群れごと棲家に帰ってくれないだろう。

 人々の生活を脅かさずにこの場を解決するには、使役してしまうのが確実かつ手っ取り早い。この場合の条件は使役というほどでもないけれど、私にその気がないからこんなものだ。


「もし、実力を示せといわれれば構わないが、どうする?」


 私は見た目の魔力は多くはないが、色々と小細工して強大な力を発揮できるようにしてある。そのための新生の魔術とこの体だ。これまで会った魔術師は、見た目の偽装に騙されていたけど、魔獣は違う。魔力の本質に近い彼らは、私が別物に見えているはずだ。


「…………」


 ワイバーンの王(仮)はしばらく私を凝視した後、そっと、その口先を契約魔術に触れさせた。

 魔術陣は消え去り、光の粉となって、ワイバーンの王(仮)を覆う。


「ありがとう。この宝珠は責任をもって処分するよ」


 そう言うと、ワイバーンの王(仮)は軽く頷くような動作をして、空高く飛び立った。


 上空を飛び交う群れも含めて、ワイバーン達がヴェオース大樹境に向かって飛び去っていくのに、そう時間はかからなかった。


 さて、後は事後処理だ。関係者のことを思うと気が重い。早く普通の生活に戻りたいね。

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