第40話:驕れる方々、その末路
彼らは驕っていた。
それも仕方ないことだ。ミュカレーの町において、真の権力者は魔術師。それも、『真実同盟』という巨大派閥に属し、そこで戦闘において活躍していれば気が大きくなろうともいうものだ。
派閥『探求の足音』がワイバーンの巣から『翼竜の宝珠』を盗み出したことを知ったのは偶然だった。常に網を張っている冒険者ギルドの噂話。その中に、魔術師の集団がワイバーンの巣から帰還したというものがあった。
彼らの認識においても『翼竜の宝珠』は強力な魔術具だ。ワイバーンは並の魔術師や騎士など軽く薙ぎ払う戦力になる。その上、操るだけならばそれほど経験の多くない魔術師にも十分可能。
なにより、空を飛ぶ戦力というのはこの上ない脅威だ。城壁の通用しない存在な上、数を揃えることができるとなれば、利用方法はいくらでもある。
これは、ミュカレーの派閥において、パワーバランスが崩れる危機。彼らは、そう判断した。してしまった。
『探求の足音』にその気はなく、純粋な魔術的好奇心からの行動だったとしても、危機の方から忍び寄ってくる。
これは、そんな話だった。
「ふむ。起動はできそうだが、この施設内だと駄目だな。入念なことだ」
「まったく。無駄なことをする。宝玉を手に入れる前から準備して、いざとなったらこれだってのによ」
その言葉に、場にいた魔術師たち全員が笑う。
工房内最深部。何重もの防御結界が施されたその場所で、三人の魔術師が宝玉を前にして語り合っていた。
彼らの中心にある台座の上には蒼穹色の宝玉が鎮座している。
魔術師の魔力を受けて、淡い輝きを放つそれこそが『翼竜の宝珠』だ。
彼らはものは試しと、宝玉を起動しているところだ。ワイバーンの一匹くらいなら飛んで来ても対処できる。あるいは、町に複数飛来して被害を出すかもしれないが、別に構わない。
ただ、試してみたい。そんな欲望を満たすためだけの行為。
幸いにも発動した宝玉は効果を現さなかった。『探求の足音』が研究用に設けた結界による防護が力を発揮したからだ。
「動かそうにも、しっかり固定されているとはね。魔術陣の解析は?」
「無理だな。複雑すぎて手出しできない」
「違う。そっちの解析じゃない。口から聞き出す方の解析だ」
「今残りがあたってるよ。戦い慣れてない奴らだ、骨の二、三本で教えてくれるだろう」
忌々しいことに、『探求の足音』は宝玉が暴走しないように多くの仕掛けを施していた。その一つがしっかり発動しており、宝玉は台座から動かない。
魔術のみならず魔術機も組み合わせた複合工房。それは見事な出来栄えで、戦闘を生業とする彼らには解除不可能な代物だった。
「あまり暴力的なのは良くないな。魔術というのは痛みで口を割らせる以外にも方法があるだろう?」
「ああ、そうだな。お友達になる魔術も用意している。頭の中がどうなるかわからないがな」
静かだが、品のない酷薄な笑いが室内に響く。
ミュカレーとヴェオース大樹境を舞台に大いに暴力を吹き荒らしている彼らには、気を大きくするだけの十分な経験があった。
それは戦闘だけでなく、魔術師という特権階級にあるという強烈な自負だ。
暴力によって、なし得た危険かつ空虚な立場であっても、歪んだ成功体験が、彼らを今回のような凶行に駆り立てていた。
『真実同盟』は巨大派閥。この程度のことで、歯向かってくる者はいない。たとえ集団でも。
それは、あくまでこれまでの話だ。
最初に気づいたのは、その場の三人でもっとも物静かな男だった。
口数が少ないのは性格からくるものではない。単に工房周辺を監視する結界の維持及び、防衛用の魔術の数々を担当しているためだ。
「結界が破られた。早いな、追っているネズミは見習いだったはずだが」
「どこかで協力者を得たか? 魔術師組合だとしても早すぎるし、『真実同盟』と聞いたら手を出してこないはずだが……」
彼らは傲慢だが、無能ではない。それぞれ、多くの戦いをくぐり抜けて来た戦闘系魔術師。なにより、ミュカレーの事情に精通しているし、相手の情報を収集するのを忘れない入念さもあった。
今、取り逃しているのは見習いの魔術師一人。隠れ身の魔術を得意とするため、すでに町中へ出てしまったであろうことは把握している。
だが、それで終わりだ。弱小派閥の見習い魔術師に手を貸す者など、ミュカレーにはいない。唯一、話を聞いてくれるだろう魔術師組合とて、相手が『真実同盟』と聞けば及び腰。問い合わせの使者を送るくらいが関の山だ。
それがわかっているゆえに、今起きているのが異常事態だというのがわかる。
工房にいる魔術師相手に、わざわざ正面から結界を破り、堂々と乗り込んで来る魔術師など聞いたことがない。彼らの常識の埒外の出来事だった。
「なにかおかしいな。おい、確認できないか?」
「落ち着け。見習いが無謀な流れの魔術師でも捕まえたのかもしれん。宝玉を報酬にな。どれ、すぐに迎撃してみせよう」
そう言って防衛担当の魔術師は目を閉じて、部屋の一角にある魔術陣の上に座り、静かに瞑想を始めた。
部屋全体に一瞬、魔力の輝きが走り、防衛用の魔術が一斉に起動したことがわかる。
時間はなかったが、この工房に元々あった設備も利用して、十分な魔術を配置してある。遠隔から侵入者の場所を察知し、任意で攻撃できる最新型が展開される。
「入口で絡め取ってくれるわあばばばばばば!! ばばばっ!」
「おい! どうした! なにがあった!」
「あばばば! ばば! ま、魔術をつたってばばばば!」
「まさか、防衛魔術越しに攻撃してきたのか!」
戦慄を感じつつも、眼前で電撃らしきものを受けている仲間を見て状況を理解する。いや、させられた。
「あばば……ば……」
もはや言葉らしきものも発せずに、防衛担当はその場に崩れ落ちた。
同時にそれは、工房の防衛魔術の機能が停止したことも意味する。
「一体どこの誰だ! 戦い慣れている? いや、我々の知らない派閥かもしれん」
「迎撃するぞ。恐らく数はいないはず。一人か二人だ」
防衛担当は人数を教える隙すらなくやられた。その事実と容赦無さが、残る二人をすぐさま戦闘へと駆り立てた。それぞれ、頑丈な金属の杖を手に持ち、警戒態勢に入る。
「どうする? 打って出るか? ここは狭い」
「通路ではち合わせたくない。どうにか壁を抜いて外に出られないか?」
不安に駆られつつも、落ち着いて方針を相談し、次の行動に移ろうとする二人を止める声があった。
「いや、それには及ばないよ。せっかく良い結界がある工房を壊したらもったいないじゃないか」
緊張感の感じられない、穏やかで、どこか眠たげな気配する声と共に、それは現れた。
魔術師だ。古風なローブを身にまとった、やや背が高めの男。きつい目つきの割に、ゆったりとした佇まいが印象に残る。特に、この状況では異常に感じるほどに。
「何者だ!」
杖を向け、魔術を準備しながら問いかけると、男は答える。
「魔術師組合から依頼を受けた者だよ。君達、『翼竜の宝珠』はいじっていないね? いや、なにかしたねこれは? これは困るな。いや、その前に……」
あくまで穏やかな口調で話しながら、男は続ける。
『真実同盟』の二人は杖を向けながら、必死に彼我の戦力差を測っていた。眼前の魔術師は、普通のベテランくらいの魔力しか感じない。しかし、どういうわけか全身から嫌な汗が出る。なにかがおかしい。戦闘に身を置き続けた者としての勘が警告してくる。
「とりあえず、大人しくしてもらおうか」
そう言って男が無造作に手を振ったと思った直後、『真実同盟』の魔術師二人は、強烈な衝撃波を全身に受けて、壁に叩きつけられた。
直前までに必死に構築しておいた防護魔術の数々をあっさり抜けていく、正体不明の魔術。
なにがなんだかわからない間に、森の工房の中枢に陣取っていた『真実同盟』の魔術師達は無力化された。
「さて、ファクサル君は上手くやっているかな。おっと、その前に『翼竜の宝珠』だ」
あっさりと敵を排除したマナールは、工房内の気配に気を払いつつ、台座の上にある『翼竜の宝珠』をじっくり観察した。すでに、無力化した『真実同盟』の魔術師三人など眼中にない。
第七属性に至った大魔術師の遺産をじっくり眺めること数分。一つの結論に達する。
「まずいね。これ、ちょっと暴走しているね。玩具にしたな、こいつら」
ちょっとだけ焦りを帯びた声が、室内に虚しく響き渡った。
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