第11話:話し合い(メフィニス)
エルフという種族は、非常に整った顔立ちをした種族である。メフィニスもその例に漏れず、美人と言える顔つきをしていた。白に近い白金の髪を背中に流し、ゆったりとした薄緑の服。手首やベルトには皮と金属を組み合わせた細工物。喉から出る声は涼やかながら芯通っており聞き取りやすい。
ただ、その翡翠色の瞳が淀んでいることだけは隠しようがない。こちらを睨む視線はどこか気怠げで、全体的に倦怠感が漂う。目の下の隈もあってか、美しいはずの顔つきが怪しく不穏な気配を放っていた。
「マナール君。あなたが何故アルクドの鍵を持っているのか聞いて良いかしら?」
「私が助けた。彼はもう魔術印の魔術師では無くなったので、貴方の弟子ではなくなった」
「どういうこと? 多少魔力が多い程度の魔術師に、私が授けた魔術印をどうこう出来たというの?」
普通に相対しただけでは、私はそのように見えるだろうな。
「少し、見せてもらうわね」
呪文を口にすると、彼女の額に魔術印が浮かび上がった。相手を解析するための魔術だ。
私はそれを素直に受け入れた。
「……マナール君、その体はなんなの? 内包している魔力が綺麗に見えすぎる」
「ちょっと訳有りでね。それで、アルクド氏にもう手出ししないと約束してくれないか? 彼にこれ以上、貴方の試験を施す必要はないだろう?」
とりあえずは、アルクド氏を破門してもらおう。魔女とか言われている女性とは関わらない方がいい。彼には余生が必要だ。
「そうね。彼はよくやってくれたもの。いよいよ、次に移るときが来たわね」
「どういう意味かな?」
非常に気になることを言いだした。「次」とは? 考えたくない言葉だ。
「アルクドには孫娘がいるでしょう? それも素材としてはとても優秀な。孫可愛さに私の魔術印を刻ませなかったけれど、その時が来たという事よ」
「イロナさんはそれを承知しているのかな?」
問いかけに、魔女は嗤った。
「まさか。でも、魔術師に弟子入りしたのだもの。それくらいは覚悟して貰わないと」
歪んだ笑み。こいつはもう駄目だ。
私の嫌いな魔術師。自分勝手に他人を悪事に巻き込む存在になってしまっている。
別に正義を気取るわけじゃないが、魔術師として社会と関わる上で、この手の輩を放置して良かったためしがない。きっと、この先私が普通の生活を送る上で邪魔になる。
「前言を変える。弟子で人体実験をするのはやめてもらおうか」
この一言で、空気が変わった。
室内の温度が下がったかのような気配。剣呑な目つき。メフィニスの全身に一瞬魔術印が浮かび上がった。臨戦態勢だな。
「私が人間の弟子に魔術印を施す理由、あなたはわかるかしら?」
「わかるとも。人間で試しているんだろう。第七属性に至る道を。エルフでは効率が悪いからね」
「そう! よくわかっているじゃない! 魔術師マナール。どこから来たかわからないけれど、優秀ね。古風なローブからして、辺境の流派かしら?」
それに答えるつもりはないので無言で通す。
魔術には種族によって得意な属性というものがある。
エルフなら、水、風、光の魔術を得意とする。ドワーフは火、土、闇だ。
ここで重要なのは、得意でない属性はとことん苦手だということだ。全てを吹き飛ばす竜巻を起こせるエルフの魔術師でも、火の魔術はろくに使いこなせないのは珍しくない。
これはもう、種族として、どうしようもなく逃れられない宿命である。
ただし、例外もある。
人間は全ての属性に適性を持つ。
あらゆる属性を扱う可能性を持ち、それゆえに第七属性に最も近い種族と呼ばれることもある。
故に、メフィニスは人間の弟子をとって、試験といって自らが第七属性へ至るための研究を施した。
魔術の歴史上、よく見られることだ。
「魔女メフィニス。その方法じゃ、いつ第七属性に至れるかわかったものじゃないぞ?」
メフィニスのアプローチはエルフの身で苦手属性を克服するためのもの。その上で第七属性に至れる肉体を作りあげようとしているのだろう。
根本的に間違っている。その方法じゃ、どれだけ時間をかけても、第七属性には至れない。
第七属性とは、属性の研究で至るものでは無いのだから。
「言うわね。人間風情が。私がどれほど研鑽を積んでいると思っているの? 既に完成形は見えている。あとは実行するだけ。その上で、アルクドの孫娘は理想的よ。魔術の知識は無く、才能だけある。性別も女性。試してみる価値はあると思わない?」
つまり、自分を作り変えるための実験体にイロナさんを使おうというわけだ。
「それをやめて欲しい。できれば他の人体実験も……と言ったら?」
再度の問いかけに、メフィニスはこちらをあざ笑う。
「調子に乗りすぎよ、マナール君。実験でつぎはぎした魔術印をどうにかした程度で、私に言うことをきかせられると思う?」
「できると思うよ」
それを合図に、メフィニスの全身が発光した。同時に、部屋全体の魔術印も起動する。部屋中に張り巡らされた、『万印の魔女』の魔術陣。ここは魔女の工房だ。メフィニスにとって、もっとも有利な戦場といえる。自身の魔術印と連動する魔術工房。いうなれば、ここは『万印の魔女』の世界というわけだ。危険極まりない。
「あはははは! 馬鹿ね! 魔術師が工房に敵を招き入れる時は、必勝の準備がしてあるもの! 扉をくぐった時点であなたは死んでいたのも同然よ!」
壁の魔術陣が発動する。膨大な魔力が形を作る。生み出されるのは無数の光り輝く矢。その矢じりには細いロープのような光が繋がっている。
目標を貫き、捕らえる魔術だ。
「まずはあなたを捕らえて実験台にしてあげるわ! マナール君!」
声と共に、無数の矢が私に殺到する。
「無駄だよ」
その一言で、全ては台無しになった。
数十の光の矢は、私の体に到達する前に雲散霧消する。
「なっ……」
「よく作ったものだね。壊すのが勿体ないな」
解除の意思を込め、私は強く地面を踏みつけた。
魔力が部屋全体に伝わり、次々とメフィニスの仕込んだ魔術陣を消し飛ばしていく。まるで押し寄せた波が砂の城を崩すように。
多少変わったものであっても、大抵の魔術なら、ただの魔力に分解できる。それは、この場においても勿論有効だ。
「うん。ちょうどいい明るさになった」
工房の魔術陣が停止し、薄暗くなった室内を確認しながら言う。さっきのは明るすぎた。明かりは助かるが、眩しいのはやりすぎだ。
「馬鹿な! お前、何者だ! 私が組み上げた魔術に! 何をした!」
混乱しているメフィニスに歩み寄る。困った、これでは話ができそうにないな。
「く、来るな! 疾く来たれ、速き者、もたらす者、終わりの者、死そのものよ…っ!」
呪文の詠唱。熟練の魔術師がそれを行う時は、強力な魔術を行使することを意味する。
全身の魔術印を起動させたメフィニスの指先から、不可視の刃が放たれる。風と光の魔術を応用した、なかなか強力な攻撃魔術だ。防御が難しく、連射できるし持続時間が長い。エルフにしては珍しい殺意の高い魔術でもある。
「無駄だよ」
その全てが私に触れるなり消え去っていく。
並の魔術では私の全身を覆った解除の魔術は突破できない。
「……なっ……か……」
平然と目の前に立つ私を見て、恐慌状態に陥り言葉を失う『万印の魔女』。そんなに怯えることはないだろうに。まるで化け物扱いだ。
「少し、落ち着いてもらおう」
「くっ、させるか!」
右手に魔力の刃をまとわせて斬りかかってきた。その苦し紛れを普通に受け止める。勿論、魔力は触った瞬間に消えている。
「自分からこちらに触ってくれてありがとう。今から、私がアルクド氏にしたのと同じ事をしよう」
「ひっ! や、やめろ……やめてぇ……」
これから起きることを察したのか、メフィニスが懇願してくる。
だがやめない。
私は容赦なく、メフィニスに魔力を流し込み、魔術を発動させる。目的は勿論、彼女が長年組み上げた、魔術印の解除だ。
「あ……あああああああ!」
室内に絶叫がこだまする。痛みはない。しかし、彼女の心は絶望に軋まずにはいられないのだろう。何百年もかけて作り上げた結晶が、今まさに消えているのだから。
私が触れてほんの数分で、『万印の魔女』はこの場から消え去った。
残ったのは、魔術印を持たない、ただのエルフの魔術師だ。
「あ……あぁ……私の……私の魔術が……技術の結晶が……」
「別に頭の中から知識が消えたわけじゃないよ。ただ、数百年かけて慎重に組み上げた魔術印が消えただけだ」
「……あなたは……なんなの……?」
茫然自失としたメフィニスが焦点の定まらない瞳で問いかけてきた。
「ただの魔術師だよ。さて、これでようやく話ができそうだね」
私は極力穏やかに、敗北した魔術師に語りかける。ここで命まではとらない。私はイロナさんとアルクド氏を守るため、最低限の仕事をしたまでだ。
それに、彼女には頼みたいこともある。
「話……?」
「そう。話をしよう。君が第七属性に至るための話をね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます