第10話:万印の魔女

 『万印の魔女』メフィニス。それがアルクド氏の師匠の名前だった。エルフの魔術師でミュカレーの町にて活動しているという。

 とても気に入らない。弟子で人体実験をした挙げ句、死ぬような状況になっても放置とは。せめて、普通に余生を送れるくらいに手を貸してもよかろうに。

 

 エルフなら尚更だ。長命な彼らと比べて、人生の短い人間をもう少し尊重して良いのではないだろうか。

 そもそも、魔術師というのは実験の名目で酷いことをする傾向にある。それが必要だというのもわかる。しかし、私はあまりそういうのを好かない。これは師匠の影響でもある。あの人は横暴だったけれど情はあった。

 

 とにかく、私は『万印の魔女』メフィニスと話をつけなければならない。少なくとも、今後アルクド氏に手出ししないようにさせなければ。そうでないと私がミュカレーの町で暮らす上での問題が生じかねない。普通の暮らしのため、まずは無職脱出。大事なことだ。

 

「えっと、ここです、マナールさん」


 メフィニスの工房は町中にあった。イロナさんの自宅から離れた中心近くの路地裏。建物の隙間に作られた地下への階段。その先にある年季を感じる木製の扉の前に、私達はいた。


「魔術を施された扉だね。普通の手段では開けることはできない」


 一見ただの扉だが、表面に複雑な魔術印の集合体である魔術陣が施されている。どこからか魔力を供給して、強固な守りを作り上げているわけだ。


「開けますね」


 イロナさんが懐から出した鍵をつかって、扉を開ける。

 かちり、という小気味の良い音がした。アルクド氏から借りてきた「弟子用の鍵」だ。これも魔術による品で、弟子達に配られるものだという。

 

「これで相手にはアルクド氏がやってきたと伝わるはずだ。私が話をつけてくるから、イロナさんは帰っていいよ」

「本当に大丈夫なんですか? お爺ちゃんの師匠、怒ると怖いって聞いたことが……」

「大抵の魔術師は怒ると怖いものだよ。大丈夫、大丈夫」


 私は朗らかに笑いながら、心配顔のイロナさんを置いて、扉の向こうへと歩みを進めるのだった。

◯◯◯


 地下という場所のイメージに反して、扉の向こうの通路は明るかった。

 というか、明るすぎるくらいだ。天井からは太陽光を思わせる魔術機の光。壁には森を思わせる風景画が描かれている。しかしながら、本物の植物は一切ない。こういう所はエルフの魔術師らしい。あくまで制御できる環境が理想なのだろう。


 扉がいくつか見えたが全て無視する。奥の方に巨大な魔力を感じる。それこそがメフィニスのものだろう。あと、壁や天井に防衛用の魔術陣があるけど、それも気にしない。

 多分、向こうも既に私がアルクド氏ではないと気づいているはずだ。それでいて、何もしないということは、話す用意があるということだろう。

 残念ながら相手の意図までは読めないが、一方的に攻撃してくるタイプではなさそうだ。あるいは、自室に凄まじい魔術を用意していて、それで押し殺してくるかもしれない。


 色々と考えているうちに、最奥部に到着した。

 入り口と同じく木製の扉。ただしこちらの方が大きく、人が二人くらい同時に通れそうだ。その上装飾も過剰なほどなされている。

 

「この装飾も魔術陣か。見事なものだ」


 軽く全容を観察して、ノックして良い場所を見つけたのでそこを叩くと返事があった。

 

「どなたかな? アルクドではないわね」


 険を含んだ女性の声がすると、自然と扉が開いた。

 向こう側はとても広い空間だった。ちょっとした運動ができそうな広さの明るい部屋。奥に玉座めいた重厚な椅子があり、そこに女性が一人座っている。

 白に近い白金色の髪に、先の尖った長い耳。エルフらしい特徴を持った女性。

 

 周囲を観察しつつ、近づいた私は一礼する。

 

「メフィニス殿とお見受けする。私はマナール、アルクド氏の代わりにやってきた」

「そうか。アルクドは死んだか。思ったより保ったわね」

「いや、生きているよ。私が助けた」

「え?」


 どういう事、と怪訝な顔でエルフの魔術師は私を見た。

 

 うん。一応、話くらいはできそうだ。

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