8章 ダブルヒロイン 園原編
現在はそのHRの真っ最中で、クラス委員を決めているところだったのだが──
「そうだ、ナンパに行こう」
帝人のいるA組の教室の中で、
「なんでここに居るの……」
正臣の存在には先刻から気付いていたのだが、帝人はその時点でようやく突っ込みを入れた。教室内に教師の姿は無く、出席番号1番の男子が
「えー、美化委員が
この学園では基本的に男女一名ずつが各委員に選出される。黒板に書いてある事をいちいち口で確認しながら、司会者が次になすべき事を考える。
「クラス委員がまだ決まっていないのですが、誰かいませんか」
「ハ……」
手を挙げようとしていた
──クラス委員か。
帝人が憧れるのは日々の
今までの街とは違った刺激を受けた帝人の脳は、危険だと
──もっと刺激を、もっと非日常を、もっと変革を!
恐らく、今の帝人ならばボッタクリにも悪徳商法にも
半面では非常に危うい状態になっている帝人は、クラス委員という特別な役職に期待をする半面、その仕事が自分を
ここは一つ様子を見るべきだろうと思っていると────
「……」
一人の少女が、うつむき加減で手を挙げた。
色白の
「あ、ええと、園原……杏里さん? それじゃ、彼女に決定という事でお願いします」
クラスからまるで興味の無さそうな拍手が
「じゃあ、後はお願いします」
仮りの司会者は黒板に杏里の名前を書くと、やれやれと言った表情で自らの席に戻って行った。
「あの、それでは男子でクラス委員をやりたい人はいませんか」
か細いが、よく
──どうしようかな。
なおも迷い続ける帝人の
ふと、杏里の視線が一人の男に止まる。
帝人が何気なく彼女の視線を追ってみると──そこには長身のクラスメイトが座っていた。クラスでも二番目に背が高く、たしかつい先刻保健委員に決まった男だ。
次に彼女は、帝人の方向に目を向けて来た。
──え?
「
杏里がこちらから目を
「彼女、
帝人にしか聞こえない
「ごめん、日本語で
「くッ……! 相変わらず冷静な突っ込みを返す
「いや、せめて少しは躊躇おうよ!?」
しかし冷静に考えてみれば、彼女は自分ではなく部外者である正臣の事を見ていたのかもしれない。それならば不安になるのも解る気がする。帝人はそこまで考えた後に、『そういえばこいつは何でこの席に座ってるんだ?』と考え──
そこでようやく、彼女が本当は何を見ていたのか気が付いた。
正臣が座っているその席は──入学式以来三日連続で欠席している女子生徒の席だった。そして、杏里が最初の日にその生徒の事を気にかけていた事を思い出した。
そんな事を考えながら、帝人は静かにその手を挙げていた。杏里が何を考えているのかはさっぱり解らないが、どうせ誰も手を挙げないのならばと思い、挙手する事にしたのだ。
「あ、……ええと」
「
飾り気も無く
「それでは、全員決まりましたので──明日の委員会の顔合わせには忘れずに出席して下さい。場所と時間は事務室前の黒板に記入されているそうです」
教卓に置いてあったクラス委員用のプリントを読み上げながら、新しいクラス委員の女子はHRの終わりを静かに告げる。
「この後は清掃の後に流れ解散となりますので、
結局、クラス委員になったというのに一度も前に出る事のなかった
帝人が廊下にモップをかけるその横で、窓に持たれながら
「はっはーん、そういう事か……」
「どういう事さ」
「お前も隅におけねえなあ。小学校ん時は
「あー、はいはい」
日本語の形を成さない冷やかしに、帝人もまた冷ややかな反応を示す。
「そういえば、
「おう、風紀委員」
目の前の友人が風紀を
「うわあ……」
「うわあってなんだ。まあ本当はクラス委員になりたかったんだけどよ、男子の立候補者十五人による壮絶なジャンケン大会の結果、残念ながら
「十五人立候補!? しかもジャンケン!? うちのクラスと温度差ありすぎるよ!」
ようやく
「風紀は六人しか立候補しなかったけどな。ああ、それにしてもお前のクラスの風紀委員は風紀に厳しそうでやだなあ。風紀委員として思う存分風紀を乱したかったのに」
「……何言ってんの?」
「まあいいや、
「小火器はいいんだ……」
再び冷静な対応に戻った帝人に対し、正臣はつまらなそうに足をばたつかせる。
「そうだ、ナンパに行こう!」
「本当に大丈夫?」
日を追うごとにテンションが高くなっていく友人を見ながら、帝人は自分に割り当てられた範囲の掃除を終える。
大型のロッカーの中にモップを立てかけ、
昇降口の側で、
「──で、──から──本当に────ないんですか?」
「だから知らないっての。突然ぱたっと来なくなっちゃっただけだって」
杏里が何を言っているのかは良く聞こえなかったが、誠二は面倒
杏里はその背中をじっと見つめていたが、
「おうおう、入学三日目にして
気が付くと正臣が誠二の前に立ちはだかっており、帝人が止める間もなく声をかけてしまう。
外見とセリフからして、今の正臣ほどあからさまな悪役はいない。
「……なんだお前? 今のはそんなんじゃねえよ」
「ええと、矢霧君だよね、僕はその、同じクラスの
「ああ……知ってるよ、覚えやすい名前だからさ」
同じクラスのクラス委員の顔を見て、誠二は幾分緊張を
帝人はフォローの為に
「ちょッ……
「お前いいガタイしてんなぁ。よし、ナンパに行こう!」
『はぁ?』
あまりと言えばあまりな発言に、帝人と誠二は同時に声をあげてしまう。
「ちょっと紀田君! 何言ってるのさ」
「あのな、ナンパってのは背の高い
「
「
──女子も? という突っ込みを入れようとしたところで、誠二が二人に声をかける。先刻までのピリピリした雰囲気は無く、
「悪いけど──俺、彼女がいるんだ」
一見致命的な一言だったが、それで引き下がる正臣ではない。
「関係無ぇって!」
「いや、大有りでしょ!」
「このさいアンタの彼女の有無はいい、ナンパで引っ掛けた時点ではまだ『彼女』とは言わないから浮気にはならねっての!」
「そ、そうなの?」
しかし
「
「
「裏切るのは彼女じゃない」
「は? じゃあ誰だよ?」
正臣の問いに対し、誠二は宙を
「愛だよ」
「はい?」
「それは
沈黙
「あー……そうなんだ」
実に気まずい空気が流れるが、誠二の表情は何一つ変わらず、その
「……まあ、なんだ、
正臣が戸惑い混じりに
「ああ、ありがとう!」
それ以上は何も話さず、そのまま教室へと向かって行った。
自信に満ち溢れた背中を見送りながら、正臣がポツリと
「お前のクラスも、全然温度高いじゃんよ」
「うん……そうみたい」
♂♀
「全然
TVなどで有名な
そこは確かにテレビで見たのと同じ場所なのだが、実際に見るのとでは全く印象が違っている事に気が付いた。ニュースやドラマ、バラエティ番組などで度々使われるこの場所だが、それぞれの映像によって全く違う印象があった事を思い出す。
映像の演出によってああも違う印象を与えるものかと関心しながら、
正臣は同年代の人間がいないからと、昼休みを利用して外に出てきているOLなどに声をかけている。当然ながら高校生にナンパされて
やがて帝人の元に戻ってきた正臣にそれを告げると、正臣は笑いながらこう答えた。
「ええ? 何言ってんの、話しかけるの自体が目的なんだからいいんだよ! それにお前、『無理』『
「さっぱり解らない」
いつまでもここにいる必要も無いと思い、自分の行きたい場所に向かう事にする。
「じゃあ、今日は一人で60階通りの方に行ってくるよ」
「なにぃ? お前まさか、一人でナンパするつもりか? 女殺しで油に地獄っちゃうのか!?」
「ナンパなんかしないよ」
しかし正臣は聞いていない。帝人の顔をビシリと指差し、不適な笑みを浮かべながら叫ぶ。
「お前は
「
「ええい
「ナンパした女の子を連れながらナンパするってどうなの?」
帝人の突っ込みを無視して、正臣は早速駅の方に走っていった。
これまでで一番大きな溜息をつきながら、帝人は一人で駅の東口に向かう事にした。
少し道に迷ったものの、比較的楽に60階通りに
7
──思えば、子供の頃はあの町にも色々冒険があったなあ。
中学時代は特に
外の世界に憧れ、それでも町を出る理由も無く、どうしようもない状況を受け入れながら過ごして来たのだが──ある日、インターネットを家に
そこには様々な『世界』が広がっており、普段の生活では絶対にお目にかかれないような情報が
ネットの世界に深くのめり込む内に、このままズルズルと引き
それに気付いた帝人は、今まで以上に町の外に強い興味を持った。正臣から伝えられる東京の様子がただひたすらに
そして、今は自分もその光の中にいる。正臣は逆に『今は
帝人はただ都会の味を
まるで、自分自身をこの街と一体化させるかのように。
彼はさらにこの空気を感じようと、胸を広げて周囲をぐるりと見渡した。
60階通りには
「まるでカラーギャングだなあ」
そんなことを
「
声をかけようとして近づいたのだが──なにやら同じ制服を着た女子に囲まれており、
帝人は何事かと思い、恐る恐るその路地に入っていく。杏里を含む四人は帝人の事に気付いていないようで、会話の内容が徐々にハッキリと聞こえて来る。
それは話というよりも、
「あんたさ、
「……」
「クラス委員になったんだって? なに優等生ぶってんの?」
「なんとか言えよ、中学の時は
三人に代わる代わるキツイ言葉をかけられるが、
──うわ、イジメ!? あんな生き物がまだ日本にいたんだ! しかもイジメの内容も
ここまでコテコテだと、
──よ、よし。イジメには気付かなかったフリをして『やあ、奇遇だね
後ろ向きなのか前向きなのか良く
「!?」
息を
「イジメ? やめさせに行くつもりなんだ? 偉いね」
「ちょっと!?」
帝人の
「やややっやあ、園原さん、偶然だねねねねねうわあああああっちょっと!」
そのまま四人の目の前まで押し出され、そこでようやく後ろの男が足を止めた。
「な、なんですか?」
イジメる側にいた女子の一人が、どこか
「いやあ、よくないなあ、こんな天下の往来でカツアゲとは、お
「イジメはかっこ悪いよ、よくないねえ、実によくない」
「おっさんには関係ねえだろ!」
そこでようやく本性を表したのか、あるいはできる限りの虚勢を張っているのか──女達は顔を
「そう、関係無い」
「関係無いから、君達がここで
「はぁ?」
「人間って
意味の
「まあ、俺に女の子を殴る趣味は無いけどさ」
次の瞬間──臨也の右手の中には小柄なバッグが納められていた。
「あれ? え?」
一見高級そうなそのバッグを見て、女子のうちの一人が声をあげる。自らの肩から
彼女の肩に引っかかっていた
混乱する女子達を
臨也が背中に回している左手には──一本の鋭いナイフが握りこまれていたからだ。問題は──帝人はずっと臨也の動向に注目していたのだが、ナイフを
臨也はその折り
臨也はニコニコと笑いながら、そのバッグの中から携帯電話を取り出した。
「だから、女の子の携帯を踏み
そう言いながら、臨也は女の携帯電話を宙に解き放つ。カシャンという軽い音が響き、シールがベタベタと張られた携帯電話が転がった。
「あッ、てめ……」
女が
その指先を
スナック菓子を
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「ちょッ、こいつヤバイよ! なんかキメてるよ絶対!」
「キモいよ! 早く逃げよう!」
携帯を踏み
彼女達の姿が完全に消えたのを確認すると──
「
臨也はそれだけ言うと、帝人に対して優しい
「
「え……」
それを聞いて、杏里が驚いたように帝人を見る。実際には物
そんな帝人の様子にはまるで構わず、臨也はゆっくりと言葉を
「
「え?」
それはどういう事かと尋ねようとした瞬間──路地の奥から、コンビニエンスストアにあるゴミ箱が飛んできて、臨也の
ゴミ箱はその場に落下し、ガランという派手な音を立てて動きを止めた。
「がッ!?」
臨也は
臨也はよろよろと立ち上がりながら、ゴミ箱が飛んできた方向に目を向ける。
「し、シズちゃん」
「いーざーやーくーん」
わざと間延びさせた声に、帝人と杏里もゆっくりとそちらを振り向いた。
そこに立っていたのは──サングラスをかけた若い男の姿だった。バーテンダーの着るような服に
サイモンには及ばないが、それでも一般的にはかなり背の高い部類に入るだろう。だが、一見すると細身に見えるその体型からは、とてもこの男がコンビニのゴミ箱を投げたとは思えなかった。
「
だが、臨也は相手の事を完全に理解している様子で──帝人の前で、初めてその顔から笑顔を消した。
「シズちゃん、君が働いてるのは西口じゃなかったっけ」
「とっくにクビんなったさー。それにその呼び方はやめろって言ったろー? いーざーやーぁ。いつも言ってるだろぉ?
低い声を出しながら、男の顔に血管が浮かぶ。普通にしていれば普通のバーテンダーの
──顔に血管が浮く人って……実物は初めて見た……。
最初はそんな感想を持ったが──あとは言葉では何も言い表せず──ただ、本能的な恐怖が少年の
平和島静雄──
確かに
「やだなあシズちゃん。君に僕の罪をなすりつけた事、まだ怒ってるのかな?」
「怒ってないぞおー。ただ、ぶん
「困ったな、見逃してよ」
口ではそう言いながら、
「シズちゃんの暴力ってさー、理屈も言葉も道理も通じないから苦手なんだよ」
「ひッ……」
それまで
少女は壁に背を押し付けながらコクコクと
自分達の出てきた路地からは、
そして──その野次馬を
今、帝人の中には絶対的な恐怖が
そして、『絶対に敵に回してはいけない人間』というものを思い知らされた。
──一般人であれなんだ。ヤクザやチャイニーズマフィアは一体どれほど恐ろしい存在なのだろうか──
ネットで見るような暴力
そんな事を考えながら、帝人はそろそろ大丈夫だろうと杏里に声をかける。
「ねえ、ちょッ……待って……息が……苦しい、から……」
全速力で走ったにも関わらず、悲しい事に一度も杏里を抜く事はできなかった。
それが、
♂♀
「大丈夫だった?」
帝人は杏里を近くの喫茶店にまで連れていき、そこで彼女を落ち着かせようとする。
とりあえずクリームソーダを二つ頼み、その後でちょっと子供っぽかったかと反省する。
「あの……ありがとうございました、さっきは──助けてもらって」
「あー、いやいや、いいいい! 正確には助けたのはあの臨也って人だし!」
「でも……」
──あああ、こういう時どうしたらいいんだろう。
そんな感じでドギマギとしているが、何も
「さっきの人達、同じ中学の?」
その問いかけに、
「なるほど……つまり、中学の時にちょっかいを出していた連中がいたけれど、中学の時は
「な、なんで、知ってるんですか!?」
「い、いや、あの会話からだとそうだとしか……まあいいや、美香って──うちのクラスの
その言葉に杏里は落ち着きを取り戻し、静かに言葉を
「それが──美香さん。学校は欠席って事になってますけど、入学式の前の日から一度も家に帰って無いんです」
「……え?」
思いきり
「正確には──
「傷心旅行? 何かあったの?」
「それは……」
心配になって聞いてみたが、そこで始めて杏里が口
何か言いたくない理由があるようで、何かを
「大丈夫、僕は誰にも言わないし、言うような
口の軽い事を示しながら、同時に自分の口の
「あの、驚かないで聞いてくれますか?」
「さっきみたいなものを見た後じゃ、大抵の事じゃ驚かないですよ」
相手を安心させようと、できるだけの笑顔で言葉を紡ぐ。小学生の頃から
そんな少年の笑顔に安心したのか、単刀直入に事実を告げる。
「張間さんは────ストーカーなんです」
ピュフリ
帝人は
話を一通り聞いて、
「なるほど……つまり、保健委員の
彼女の話によると、
そんな性格の上に、成績良好で家も金持ち。今回の入学にあたって部屋を借りたのだが、家賃が月に十万を超える部屋を借りたそうだ。
──何でもありだなあ、その張間さんって人は。
そして彼女は
杏里の話を聞きながら、帝人は内心で冷や汗をかいていた。話を聞く限りでは、受験の時に自分と誠二の間に座っていたらしい。一歩間違えれば自分の元にそういった『押しかけ』が現れていた事になり、
帝人はそんな見当違いの思いを
「とりあえず、電話はどうなの?」
「通じません……メールを送ってくる時以外は電源を切ってるみたいで……それをメールで言ってみたら、声を聞くと帰りたくなっちゃうからだって……」
「そうなんだ……うーん……とりあえず今のまま様子を見たほうがいいのかな……いや、念のために、声を聞けないと
その後も様々な
「ところで──張間さんって、君と一番仲がいいの?」
「……自信はありませんけど……。いつも一緒にいたのは確かです。私は色々と不器用で、人とも
「それに──
──それは多分、君という便利な道具&引き立て役を手放したくなかったからじゃ……。
帝人は
──だが、いっその事ハッキリと言ってやった方が彼女の為になるんじゃなかろうか。
そうも考え、彼の中で再び
「いいんですよ、
心の中を見
「私が張間さんの引き立て役だって事、解ってますから。それで、私も彼女を利用してるんです。きっと、そうしないと生きていけないんですよ。私がクラス委員に立候補したのも──張間さんがやりたがってた役職を、張間さんが休んでるんだったらせめて私がやらなくちゃって思って──」
その言葉を聞いて、帝人は
一人で納得する帝人に、彼女は聞かれてもいない事を話しだした。
「でも、本当は自己満足なんです。私がクラス委員になれば、彼女を追い越せるような気がして……ずるい考えですよね、こんなの」
だが、彼女の言葉を最後まで聞く事無く、帝人は
「それをわざわざ人に言うのが、一番ずるいと思う」
「────」
「なんだか、それで誰かに許して
最後まで語り終えてから、言い過ぎたかと心中で舌打ちする。長く話し込んで気が高ぶっていたのか、普段なら胸の奥にしまっている事がつい言葉になって
怒り出すかもしれないと、半ばビクビクしながら杏里の方に目を向けたが──彼女は特に怒った様子も悲しんだ様子も見せなかった。
「そうですね……ありがとうございます」
寂しそうに笑う
──この子を引き立て役にするなんて、その
恐らくは性格面での引き立て役なのだろうが──帝人は首を傾げずにはいられなかった。
「あの……今日は本当にありがとうございました」
別れ際に、杏里が改めて頭を下げる。帝人は店の代金は自分が持つと言ったのだが、彼女がどうしてもというので結局ワリカンになった。60階通りにも
「いや、いいよ。話したのは今日が初めてだけど、これから一緒にクラス委員をやってくんだから。改めて──これから
帝人の言葉を聞いて、杏里は優しい
「でも、私は前から
「え?」
「入学届けを出す時に、受付に名前をチェックする一覧表みたいなのがあって──そこで、かっこいい名前だなって思ってたら……ちょうどそこにチェックする人がいて……」
何かおかしな展開になってきた。内心に
「それで……その人に今日助けられました」
──ちょっと待った。
帝人は心の中で突っ込みを入れた。これではまるで、先刻の美香と
──え、ちょっと。まずいよそれは。ストーカーなんて……でも、こんな
3秒ほどの間にそれだけの情報が頭を
表情が
「
「え……」
「私みたいなのに付きまとわれたら迷惑ですよね、私はストーカーじゃないから安心してください」
からかわれたと解るのと同時に、心を見
「……ごめん」
「え? あ、いえ! からかったのは私なんですから、謝らないで下さい!」
お互いにどうしたらいいのか
「じゃあ、また明日──ね」
「はい、明日から、色々とお願いします」
──
彼女と別れ、自分の住むアパートへと向かいながら帝人は考えた。
自分が想像していた程浮世離れしているわけでもなく、ただ、純粋に生き方が不器用なだけなのであろう。
──自分と
帝人はそこでブンブンと首を振り、こんな事ではいけないと気合を入れ直す。
そして、想い人に振られて
「こっぴどく振られたんだろうな。でも、それぐらいで
しかし、先刻の杏里の話では、彼女は普通に好きになった男の家にピッキングを──しかも中学生の時点で行うような
いつしか会ったことも無いストーカー女の事を真剣に考えている自分を発見し、空を
──ああ、いくら非日常に憧れてるからって、こういう生々しいのは
──彼の耳に、現実と理想を
「黒バイクだ!」
こんな駅の側でも聞こえるとは思っていなかったが、帝人は湧き上がる好奇心を押さえつける事ができずに、音がする方へと思わず
バイクの音から言って、恐らく次の路地を曲がればいる
彼は、昔の漫画となった。
♂♀
「……ほほう、つまり、道の角でぶつかった美女がバイクに乗った悪党に追われていて、しかも記憶を失っている────そんな色々な意味でドリーマーな夢物語を
「事実なんだから仕方ないよ」
「その事実に間違いがあるとすれば、なぜぶつかったのがお前で、俺じゃないのかって事だ」
四
ここは帝人の引っ越してきたアパートであり、部屋の中にはTVチューナー内蔵のパソコンと
帝人の借りたのは同じアパートの中でもかなり安い部屋で、ここより安いのは隣の部屋の三
だったらそこに住んでもいいじゃないかと思ったのだが、こうして人が入ってみると四畳半というのは意外に狭い。三畳間にしなくて本当に良かったと、今の状況に照らし合わせて帝人は神に感謝した。
その『状況』に混乱し続ける帝人に対し、正臣はあくまで冷静に言葉を
「これで時間が朝の遅刻ギリギリタイムならベターだったんだがな。あと、その女が転校生ならマーヴェラス。その上どこかの王女で実はお前の
その言葉を完全に無視して、帝人は
──
沈み込む帝人に対し、正臣は真剣な表情のままで
「今の、ベタとベターをかけてる事に気が付いた?」
「それをわざわざ人に言うのが、一番寒いと思う」
さっきも似たような事を言った気がするなあと思いながら、帝人は二人の横に横たわる女を見た。
あの時──道の角でぶつかった彼女は、ただ一言『助けて』と言った。わけが解らぬままその場に突っ立っていると──彼らに向かって、一台の黒いバイクが迫ってきた。
あとは良く覚えていない。無我夢中で彼女の腕を引っ張っているうちに、どうやら駅の中に飛び込んでいたようだ。
「記憶が無い上に、
「まあ……様子を見るしかねえだろ」
正臣はそう言いながら、寝ている少女をじっくりと見つめだす。
「それにしても、美人だなあ。日本人じゃないみたいだ……っていうか日本人なのか?」
「一応日本語は
とりあえず明日まで待って、それからの事は彼女の話を聞いてからにしようという事にした。本来ならば相手の意思を無視してでも警察に届けるべきなのだろうが──帝人にそれをするつもりは無かった。
多少使い古された感はあるものの、まさしく映画や漫画の王道のような展開だ。こんな非日常を自分は求めていたのだと確信する。
ただ、気がかりなのは、黒バイクに顔を覚えられてしまったかもしれないという事。無我夢中で逃げて来たのはいいが、相手がどうして彼女を追っていたのかも
普通の事が
だが、『日常』を脱却するにはそれなりにリスクが伴う。
──自分にとってのリスクこそが、あの黒バイクなのだろうか?
己の想像に身を震わせながら、
帝人は、一つだけ正臣に隠している事があった。
現在、女の首には
その首には──傷口を
まるで、
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