7章 矢霧製薬 下っ端の下っ端の下っ端
そんな突発的に生じたミステリーゾーンで、何かを
「知らないって言ってるじゃないっすかぁー。ちょッ……いい加減にしてくださいよ!」
顔を
彼は24時間程前にセルティを車で
「だからよ、お前らの上にいるのはだーれーだーっつってるわけよ」
三秒黙っていると
チンピラは殴られながらも、自分がおかれている事態を冷静に分析する。
──目の前にいるのが何者なのかは
車の中にいるのは眼前の大柄な男と、運転席でガムを
──もしもあの『影』がいたらやばかった。パニックに陥って全部話してしまっていたかもしれない。だが、目の前にいるのは人間だ。少なくとも昨日のような
チンピラがそんな事を考えていると、眼前の男が
「いいから
──やはりこいつのバックには暴力団か何かがいるようだ。
「だがよ、この状況で名前ださねえって事は、ヤクザじゃないよな。それだったら、あんたはとっととケツモチのヤクザに連絡とって、あとは
男はチンピラの
「あのよ、俺は親切で言ってやってるんだぞ? お前さ、悪いこと言わねえから今の内に──」
そこまで言ったところで、バンの横の扉が勢い良く開かれた。
「いやいやいや、今日は熱いっすねぇ」
「おーまーたせーっと! どう?
何の断りも無く、後部スペースに一組の男女が入り込んで来た。女の方はブランド物のファッションに身を包んでおり、男の方もかなり良いナリをしているが、なぜか背中にリュックを
その二人の姿を確認すると、
「タイムオーバーだ。残念賞。こいつが
最後にチンピラの方を哀れみの
後に残った男女は嶋田を見送った後に扉を閉め、楽しそうにチンピラの方を向き直った。
「あーあー、
女の方が首を振りながらチンピラの肩を
──カズターノ? 誰だ? どっかで聞いた事が──
少し考えて、チンピラは思い出した。確か昨日攫った不法入国者のオッサンだ。
──そうか、こいつらはあいつの仲間──って、ちょっと待て、どうみてもこいつら日本人じゃねえか。なんで? どういう
混乱しているチンピラの前で、目つきの鋭い男がリュックを下ろしてチャックを開く。
「いやいやいや、まだ吐いてないって事で──すんませんね。ちょっと
そう言いながら、男は数冊の文庫本を取り出した。
「いやいや、電撃11周年記念。君に電撃。ってことで、まあ、一冊選んで下さいよ。その本の内容にちなんだ拷問しますんで。いつもならスパロボアニメから選ばせるんだけどさ、今日は電撃文庫を
「へ?」
相手の意図というよりも単語の意味が
目の前に並べられているのは、様々なイラストに彩られた小説の数々だった。もっともチンピラは漫画以外の本を一切読まないため、これらの本も漫画なのだろうと
──なんだそりゃ? 拷問? 笑わせるなよ。本を選べってなんだよそれ、バカにしてんのか? くそ、遠足のバスの罰ゲームじゃねえんだぞ!
「いやいやいや、選ばないとコロします」
男の目はニコニコと笑っているが、その目に
それに気付いたチンピラは、とりあえず被害の少なそうな本を選ぼうと必死になる。
──畜生! なんだって俺がこんな目に! ガっさんとかはどうなっちまったんだよ! くそ、とにかく選ばねえと……とりあえずこの『
「私のおすすめはその『いぬかみっ!』ってやつね!」
女の方がそう叫ぶと、男の方もそれに同意した。
「あー、いいすね、だいじゃえん? しゅくち?」
「しゅくちは昼間の方がいいよ。あー、やっぱドクロちゃんもいいかな?」
「いやいやいや、エスカリボルグの準備が面倒で……」
──??? なんだ? どっかのチーム名か!?
チンピラには二人が何を言っているのか
「おい、
不意に何かを思い出したように、それまで黙っていた運転席の男が声を上げた。
「お前らの自己満足は別にいいけどよ、こないだみたいに車ん中でガソリン使うなよ」
「えー、
それを聞いて、男はシブシブと何冊かの本をチンピラの前から片付けた。
──ガソ……ッ!?
自分の想像が甘かったという事を思い知らされながら、チンピラはいよいよ決断ができなくなっていた。目の前に残った本の内で、一体どれが一番自分の被害が少ない
「ひ……ひとつ聞いていいですか」
「んー? なあに? どんな拷問か教えてってのは無しね。ネタバレは厳禁厳禁」
「も……もしここにシンデレラの絵本があったとして、俺がそれを選んだらどんな事をする?」
その問いを聞くと、男は
「まあ、ガラスの靴に合うようになるまで足をヤスリで
──ほらみろ。どれ選んだって同じなんだ
チンピラは半ばヤケになって、目を
「はい、決定ーッ!」
「いやいやいや、勇気あるなあ、それを選ぶなんてッ!」
そこから先は、二人の男女は異常に手際の良い
「いやいやいや、何枚入れれば俺達に見えないモノが見えちゃうかなっと。大実験開始」
一方、女は
その時点で、チンピラは自分がこれから何をされるのか簡単に予測がついた。
「ちょッ! ま、待て!
「良い子はマネするなよー、っていうか、しないよねえ、普通はこんな事」
だんだん真剣な表情になる
「漫画に影響されて殺人しちゃいましたって
「いやいやいや、チンピラさんにさー、誤解が無いように言っとくけど、漫画や小説は何も悪く無いよー。漫画や小説は黙して語らず、罪はいつでも沈黙する者に。
二人が微妙な会話を続ける間にも、チンピラは一人で
「漫画も小説も映画もゲームも親も学校もほっとんど関係無い。強いて言えば、俺達が狂ってるだけ。漫画も小説も無かったら時代劇ネタでやるし、それも無かったら多分
「やめろぉぉおぁおぁぁあっぁあああッ!」
「そもそも、漫画の影響受けてやりましたとか抜かす奴は、最初からマニアじゃないよね」
あと
「おい、止めとけ」
突然バンのリアパネルが開いたかと思うと、
「ドタチン!」
「か、
男女がそれぞれ目を見開いて姿勢を正す。どうやら二人にとって格上の人間が現れたようだ。門田と呼ばれたその男は、チンピラをジロリと
「
「す、すんません」
それだけ言うと、門田は片手でチンピラの
「お前の仲間なあ、ゲロったぞ」
「あぅ……え……ぇあ!?」
最初は何を言っているのか
──裏切った!? 誰が!? ガっさんが、いやまさか、じゃあ誰が、
「まだ半分ぐらいしかゲロってねえが、時間をかけりゃなんとかなるだろ。っつーわけで、お前はもう用無しなんだ」
用無し、つまり開放されるという事だろうか。それならば好都合だ。どうせ会社の連中に始末される運命ならば、このままどこかに逃げてしまった方がいいというものだ。混乱の
「だからまあ、あれだ。安心して死ね」
その瞬間、チンピラの中で
「待ってくれ! い、いや、待って下さいぃ! 話すッ……話しますからッ! 何でも話しますアイツラが
「なるほど、つまりあんたらはそんなナリでもサラリーマンなわけだ。一応」
チンピラの話によると、彼らを雇っているのは小さな派遣会社であり、そこからの依頼で様様な仕事をこなす便利屋的な仕事を行っているそうだ。だが、正確に言えばそれすらも表向きの話であり、更に裏を探ればその派遣会社は裏ではただ一社との専属契約なのだそうだ。
そして、その企業は──
チンピラの話を聞いて、門田は楽しそうに笑う。
「落ち目の企業が、人
口ではそう言ったものの、頭の中ではチンピラの
チンピラを適当な場所で開放しろと言うと、そのまま
その背中に、チンピラが弱々しい声で問いかけた。
「あぁ……あんたら、あんたら何なんだよ……一体よぉ……」
門田は足を止めて、振り返りもせずに答えた。
「……『ダラーズ』、つって
門田が完全に車から離れたところで、同じく車外にいた
「あの、門田さん。
「ばれたか」
嶋田は門田に
「まあ、あのまま
「……はぁ。それにしても──初めてですよね、『ダラーズ』になってからこういう事をやったのって。まあ、俺らがカズターノの為に勝手にやってるだけなんすけど、そもそもダラーズがなけりゃカズターノとも知り合わなかったわけだし……」
門田も嶋田も、遊馬崎や
最初は
裏の人間に個人的な知り合いはいるものの、どこの組織のケツモチも無かった為に、大して暴れる事もしなかったのだが──ある日、集団のリーダーである門田の下に誘いが来た。内容は単純で、『ダラーズ』に加わらないかというものだった。
何の
──この押しの弱さが原因なのかもなあ。くそ、
最初は自分のメールアドレスを知る者の
「今回の件に関して『ダラーズ』のボスは何て言ってるんです?」
「知らん」
「へ?」
「それが──困った事にな、
この奇妙な組織体系を作ったのが一体だれなのか、それが
こんなものを作ろうとする奴がいるとすれば──
かつては
思わず彼の名前が思い浮かんだが、わざわざ現時点で存在しない『上』を想像する事はマイナスにしかならぬと気付き、門田はそれ以上は何も考えない事にした。
結局この街で強いのはヤクザやマフィア、そして
どれだけ
だからこそ、幻が確かに存在したという『
しかし、門田は知っていた。
それが『ダラーズ』なのかどうかは、結局幻が消えた後でなければ
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