6章 矢霧製薬 上層部
株価も下がりはじめたところで、アメリカの企業が吸収合併を申し入れて来た。『ネブラ』という100年以上の歴史を持つ
吸収という形ではあっても、先方が提示している条件を
その中でも特に強く反対していたのは──若くして第六開発研究部、通称第六研の主任の地位につく、
彼女自身の能力も
そして、その部署で扱っているものこそが──『ネブラ』が吸収を申し入れて来た最大の原因なのではないかと、一族内でまことしやかに
第六研で扱っているものは、正確には薬ではない。表向きは臨床試験に向けた免疫系統の新薬開発という事になっていたが──そこに存在するものは、本来この世にあってはならないものだった。
20年前──
当時5
伯父が何に
ただ一つ、波江に不満があったとすれば、彼女の弟の矢霧
最初に誠二が首を見たのは10歳の時。伯父の目を
それから、徐々に誠二の様子がおかしくなっていった。
やけに伯父の家に行きたがるようになり、伯父の目を盗んでは『首』を見つめていた。
誠二の首に対する情熱は年を追うごとに強くなり、3年前──波江が伯父の経営する製薬会社に自力で入社した時、弟がこんな事を言い出した。
「姉さん。僕、好きな子がいるんだ」
弟が好きだと言ったその
その時に波江の中に浮かんだ感情は、弟の異常な
波江の両親は、本来矢霧製薬の跡を継ぐべき存在だったのだが──波江に弟ができた頃、取引で重大なミスを犯し、すっかり会社の要職から締め出されてしまったらしい。それをきっかけとして夫婦仲がうまくいかなくなったようで、次第に
だが──伯父もまた、自分達の事を『一族の
やがて彼女は、自分と同じ境遇である弟に、家族の
だからこそ──彼女は自分の弟が『首』を愛する事が気にいらなかった。自分のかける愛情に
首に対して
だが、ガラスケースに入ったその首を捨てようとして取り出した時──初めてその指で触れた時に、彼女は気が付いてしまった。
その肌の柔らかさは決して
つまり、その首が今もなお生きているという事に────
それから更に年月は流れ──彼女は伯父を説得し、その首を会社の研究所で研究する事になった。伯父に詳しい話を聞いたところ──この首の正体はデュラハンという
──全く
そう考えた波江は、生ける生首に対して様々な実験を行ってきた。半分は弟の件に対する嫉妬も混じっていたのだろう。何の遠慮も無く『実験対象』として扱い続けて来た。研究所の中にある限り、部外者である誠二も近づく事はできないであろうと考えていたのだが──
一つ目の問題として、研究を始めた頃から、『ネブラ』からの接触が始まった。完全に限定されたメンバーによる研究作業であるにも関わらず、相手の出してくる条件──この研究室の研究内容を含む全権限の譲渡──などから考えても、明らかにこの首の事を知っている様子であった。
裏切り者がいる可能性に、波江が他者に対して
その晩の内に事件は起こった。研究所に何者かが進入、三人の警備員をスタンロッドで
何という失態か、これで
だが、彼女がそれに気付くのとほぼ同時刻に、犯人の住むマンションから電話があった。
「姉さん、人を殺しちゃったかもしれないんだ。どうしよう」
入学式の前日、弟からそんな連絡があった。弟に付きまとっていた女が部屋に進入し、『首』を見られた為に壁にその
波江の中に起こった感情は、弟が他人を殺してしまったかもしれないという恐怖でも、弟が首を盗んだ事に対する怒りでも無く────果てしない喜びだった。
どんな形であれ、弟の誠二が自分の事を頼ってくれる。自分の事を必要としてくれる。それが何よりも喜ばしい瞬間である事に気付き────彼女は決意する。
どんな手を使ってでも、弟だけは自分の手で守ると────
♂♀
【セットンさんはダラーズって知ってます?】
[はい、名前だけは。っていうか、この話、前も
【あ、そうですね。失念してました、すみません】
[いえいえ]
【今日、友達からも
[うーん。実際に見た事は無いですけど、本当にあるんですかね]
【ネット上の
[いや、
【そうですよねえ……】
[あんまそういうのに近づかない方がいいですよね]
────甘楽さんが入室されました────
《どもー! 甘楽でっす!》
【こんばんわー】
[ばんわー]
《何ですか何ですか、ダラーズの話ですか》
《本当にいるんですって、だって専門のホームページとかもあるんですよー!》
《見るにはIDとパスワードが必要なんですけど》
【へえ】
[まあ、別に見ませんから大丈夫ですけど]
【……
《それだけが取り得ですからw》
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