第三章 魔道書は静かに微笑む "Forget_me_not." 3

 布団やパジャマについたお粥はなかなか取れない事を身をもって教えられた上条と、ちょい涙目でドロドロのご飯粒と格闘しているインデックスはノックの音でドアの方を見た。

「こもえ、かな?」

「……つーかテメェ一言ぐらいゴメンなさい言いやがれ」

 ちなみにお粥は冷めていて火傷やけどはしなかったものの、『熱いのがくる!』と踏んでいた上条は炭水化物が激突した瞬間に一度、思わず気を失っていた。

 あれー、うちの前で何やってるんですー? という声がドアの向こうから聞こえてきた。今までどっか出かけていたもえ先生が、ドアをノックした人間を見つけたらしい。

 じゃあだれなんだろう? と上条が首をかしげていると、

「上条ちゃーん、何だか知らないけどお客さんみたいですー」

 がちゃん、とドアが開く。

 ビクン、と上条の肩が震えた。

 小萌先生の後ろに、見慣れた魔術師が二人、立っていた。

 二人はインデックスが普通に座っているのを見て、ほんの少しあんしたようだった。

 上条は不審そうにまゆをひそめた。順当に行けばインデックスの回収───だが、それなら三日前、上条を倒した時でも良かったはずだ。いくら『治療』を行う日時が決まっているからって、野放しにする理由はどこにもない。だったら時間までどこかに監禁しておけば良いんだから。

(……じゃあ、何しに来たんだ?)

 ゾッ、と。二人の魔術師の炎と刀の威力を思い出して、上条の筋肉が自然とこわってくる。

 しかし、一方で上条はステイルやかんざきと戦うだけの理由を見失っていた。彼らは『悪い魔術結社の戦闘員A』ではなく、『インデックスを保護しに来た教会の仲間』なのだ。上条だってインデックスの身が心配だ。結局、彼らに協力して彼女を教会に引き渡す以外に手はないのだ。

 だけど、それはかみじようの一方的な理由にすぎない。

 彼ら魔術師にしてみれば、上条に協力する必要もない。ぶっちゃけた話が、上条の首をこの場で切断してインデックスを連れ帰った所で何の問題もないのだ。

 自然と体が強張る上条の顔を、ステイルは楽しそうに見ながら、

「ふうん。その体じゃ、簡単に逃げ出す事もできないみたいだね」

 と言われて、上条は初めて『敵』の意図を知った。

 。これまでだって教会を相手にたった一人で一年近く逃げ回っていたのだから。たとえ無理矢理捕まえて、どこかへ閉じ込めたって簡単に抜け出されてしまうかもしれないのだ、

 制限時間リミツトまであと何日もない状態で、一年近く教会から行方をくらます事ができた彼女に、再び本格的な『逃走』をされたら取り返しのつかない事態になるかもしれない。どこかに監禁しても脱出されるかもしれないし、『儀式』の途中で逃げられるかもしれない。

 ところが、上条という『にん』を背負う事になれば話は違う。

 だから魔術師は上条を殺さなかった。そして、インデックスの側へと帰した。彼女が上条の事をあきらめないように、都合の良いあしかせをはめるために。

 インデックスを、より安全でより確実に『保護』するためだけに、彼らは悪に徹したのだ。


「帰って、魔術師」


 そして、インデックスはそんな上条のために魔術師の前に立ちふさがった。

 立ち上がり、両手を広げ、まるで罪を背負う十字架のように。

 まさしく魔術師の意図した通りに。

 上条という足枷をはめられたインデックスは、逃げる事をめていた。

「……ッ」

 ビクン、と。ステイルとかんざき、二人の体が小さく震えた。

 

 インデックスは一体どんな顔をしてるんだ、と上条は思う。ちょうど彼女は上条に背を向けているため、上条からは表情が見えない。

 だが、あれだけの魔術師達がその場で凍り付いていた。直接、感情を向けられていないはずのもえ先生までが、感情の余波を浴びて目をらしている。

 一体、どんな気持ちなんだろう、と上条は思う。

 自分が、人を殺してまで守ろうとしたモノに、そんな目で見られる事は。

「……ッ、や、めろ。インデックス、そいつらは、敵じゃ……ッ」

「帰って!!」

 インデックスは聞いていない。

「おね、がいだから……。私ならどこへでも行くから、私なら何でもするから、もう何でも良いから、本当に、本当にお願いだから……、」

 ボロボロと。り上げた殺気の奥に少女みたいな泣き声を混ぜて、


「お願いだから、もうとうまを傷つけないで」


 それは。

 それは、唯一無二の『仲間』だった魔術師にとって、一体どれだけのダメージだったのか。

 二人の魔術師は一瞬、本当に一瞬、何かをあきらめたような、ものすごくつらそうな笑みを浮かべ、

 ガチン、と。スイッチが入ったようにひとみが凍った。

 インデックスという同じ仲間に対する視線ではなく、魔術師という凍える視線に。

 残酷な幸福であいを与えるよりも、少しでも不幸わかれを軽減しようという、信念。

 彼女の事を本当に大切だと思っているからこそ、『仲間』を捨てて敵になるという、おもい。

 そんなものは、壊せない。

 真実を伝える度胸がないなら、この最悪の成り行きシナリオを黙って見ている事しかできない。

 ステイルは、『魔術師』の口調でそう告げた。

 インデックスには、きっとリミットの意味は分からなかったはずだ。

「『その時』まで逃げ出さないかどうか、ちょっと『あしかせ』の効果を見てみたかったのさ。予想以上だったけどね。そのオモチャを取り上げられたくなかったら、もう逃亡の可能性は捨てた方が良い。いいね?」

 演技に決まっていた。本当はインデックスが無事な事を、涙ぐんで喜びたいのだ。頭をでておでことおでこをくっつけて熱を測って、そんな事をしたいぐらいの大切な『仲間』なのに。

 ステイルがインデックスの事を散々に言っていたのも、つまりそれだけ『演技』をかんぺきにしたいという心にほかならないはずだ。本当は両手を広げてインデックスの盾になりたいぐらいなのに、一体どれほどの精神力があればそんな行動に移せるのか、かみじようには理解ができない。

 インデックスは、何も答えない。

 二人の魔術師もまた、それ以上は何も───一言すら告げずに部屋を出て行った。

(どうして……、)

 ……こんな事になっちまってるんだ、と上条は奥歯をみ締める。

「大丈夫、だよ?」

 ようやく、インデックスは広げた両手を下ろしてゆっくりと上条の方を振り返った。

 上条は思わず目を閉じた。見てられなかった。

 涙とあんでボロボロになったインデックスの顔なんて、見てられなかった。

「私が、『取り引き』すれば」くらやみの中、声が聞こえる。「とうまの日常は、これ以上壊させない。これ以上は、絶対に踏み込ませないから、へいき」

「……、」

 かみじようは、答えられなかった。ただ目を閉じた暗闇の中で、思う。

 ……おれは、思い出コイツを手放す事なんてできるのか?

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