第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. 5
「はーい。それじゃ先生プリント作ってきたのでまずは配るですー。それを見ながら今日は補習の授業を進めますよー?」
もうこのクラスになって一学期
一年七組の担任、
「おしゃべりは
「ってかそれ目隠しでポーカーしろってアレでしょう先生! ありゃ
「はいー。けれど上条ちゃんは
うわぁ、と上条はリーマン教師の営業スマイルに絶句する。
「……むう。あれやね。
と、隣に座っていた青髪ピアスの学級委員(男)が訳の分からない事を言ってくる。
「……おまいはあの楽しそうに黒板に背伸びしてる先生の背中に悪意は感じられんのか?」
「…なに? ええやん可愛い先生にテストの赤点なじられんのも。あんなお子様に言葉で責められるなんてカミやん経験値高いでー?」
「…ロリコンの上にMかテメェ! まったく救いようがねーな!!」
「あっはーッ! ロリ『が』好きとちゃうでーっ! ロリ『も』好きなんやでーっ!!」
雑食!? と上条が叫ぼうとした所で、
「はーいそこっ! それ以上一言でもしゃべりやがったらコロンブスの卵ですよー?」
コロンブスの卵っていうのは文字通り、逆さにした生卵を、何の支えもなく机の上に立ててみろって事だと思う。
上条と青髪ピアスは呼吸も忘れて教卓の
「おーけーですかー?」
にっこり笑顔が超
小萌先生は『可愛い』と言うと喜ぶくせに『小さい』と呼ぶと激怒するのだった。
とはいえ、小萌先生は生徒から低く見られる事をあんまり気にするタイプにも見えない。それは学園都市の中では仕方がない部分もある。ただでさえ、ここは人口の八割以上が『学生』という
先生というのは学生を『開発』する人間であって、先生そのものは何の能力も持たない。体育教師や生活指導などは
「……、なぁカミやん?」
「あんだよ?」
「
「テメェだけだ
「エセ…… え、ええええええエセ言うな! ボクはホンマに大阪人やねんな!」
「黙れ米どころ出身。イライラしてんだから無駄にツッコミいれさせんなよ」
「こ、こここ米どころ違いますよ! あ。あ、あーっ! タコヤキ
「無理矢理な関西属性やめろ! テメェ役作りのためにタコヤキおかずに
「いや何言うてん。いくら大阪人でもタコヤキオンリーで食卓を彩る訳ないやろ」
「……、」
「ないやろ? ないと思う──いや待ち。けど……でも、ない───けど、あれ? どっち?」
「メッキ
はぁ、とため息をついて
こんな無駄な補習なら、やっぱりインデックスの
確かにインデックスの着ていた修道服『歩く教会』は上条の右手に反応したけど(否、反応だなんて生ぬるい表現ではなかったが)、だからと言って『魔術』そのものを信じた訳ではない。おそらくインデックスの言ってた事は十中八九ウソっぱちだし、仮にウソをついてないつもりでも、実は単なる自然現象が
それでも、
(……逃がした魚はデカかったかなぁ)
上条はため息をついた。こんなエアコンもない蒸し
「……、」
上条はインデックスが部屋の中に忘れていったフードを思い出す。
結局、返さなかった。返せなかった、ではないと思う。たとえインデックスの姿が見えなくなっても、本気で探せばすぐ見つかっただろうし、見つからなかったとしたら今も彼女を探してフード片手に街中を走り回っているはずである。
今になって思えば、なんだかんだで
あの白い少女が、あんなにも
何か繫がりを残しておかないと、そのまま幻のように消えてしまいそうで、
(……、なんだ)
ちょっと詩人な
なんだかんだ言った所で、あのベランダに引っかかっていた少女は嫌いではなかったのだ。もう二度と
「……あーくそ」
舌打ちする。後からこんなに気になってくるならやっぱり引き止めておけばよかった。
そういえば、彼女の言っていた『一〇万三〇〇〇冊の魔道書』というのは何だったんだろう?
インデックスを
大量の本を押し込んだ倉庫のカギとか地図、とかそういうモノのたとえではなく。
『そんな大量の本をどこに?』と言った上条に、インデックスは『ここにある』と言った。が、上条の見る限り本なんて一冊もなかったし、そもそも上条の部屋は一〇万冊もの本を押し込めるほど広くない。
「……何だったんだろうな?」
上条は思わず首を
「センセー? 上条クンが窓の外の女子テニス部のひらひらに夢中になってまース」
と、青髪ピアスの無理矢理関西言語に「あん?」と上条の意識が教室の中へUターンすると、
「……、」
授業に集中してくれない上条
と、思った瞬間。子供の人権を守るべくクラス中の敵意ある視線が上条当麻に突き刺さった。
夏休みの補習、とか言っておきながらしっかり完全下校時刻まで拘束された。
「……、不幸だ」
夕焼けにギラギラ光る風力発電の三枚プロペラを眺めながら上条は
終バスを
「あっ、いたいた。この野郎! ちょっと待ちなさ……ちょっと! アンタよアンタ! 止まりなさいってば!!」
夏の暑さにやられた
何だろう? という感じで振り返る。
中学生ぐらいの女の子だった。肩まである茶色い髪は夕焼けで燃え上がるような赤色に輝いて、顔面はさらに真っ赤に染まっている。灰色のプリーツスカートに
「……あー、またかビリビリ中学生」
「ビリビリ言うな! 私には
初めて会った時……? と、上条はちょっと思い出してみる。
うん、そうだ。確か初めて会った時もこの女は不良達に絡まれていた。それで、これこれ
「……て、あれ? 何だろう?
「なに遠い目してんのよアンタ……?」
「何やら
「……。
「気が強くて負けず嫌いだけど、実はとっても
「勝手に変な設定考えんな!!」
両手をビュンビュン振り回す少女、
「でー、何なんだよビリビリ? ってか
「ぐ……う、うっさいわね」
「動物小屋のウサたんが気になったの?」
「だから勝手に動物設定付け加えてんじゃないわよ! それよかアンタ! 今日という今日こそ電極刺したカエルの足みたいにひくひくさせてやるから遺言と遺産分配やっとけグルァ!」
「やだ」
「何でよ!?」
「動物委員じゃないから」
「こ──────の。っざけてんじゃねーぞアンタぁ!!」
ドン! と、中学生は勢い良く歩道のタイルを踏みつける。
瞬間、辺りを歩いていた人達の携帯電話が一斉にバギンと
パリパリ、と。中学生の髪が静電気のような音を立てる。
生身の体一つで超電磁砲を扱う
「ふん。どうよ、これでようやく
と、
(だっ、黙れ、お願いだからその口を閉じて黙れっ! ケータイ焼かれた人間みんな殺気立ってるからっ!! バレたらみんな弁償だからっ、有線放送とかいくらかかるか分かんねーし!!)
何となく銀髪のシスター少女の事を思い出しながら、上条はクリスマスの時ぐらいしか名前の浮かんでこない神様に思いっきり祈りを
と、祈りが通じたのか、誰も上条と美琴に詰め寄るような事はなかった。
良かったぁ、と
『───メッセージ、メッセージ。エラーNo.100231-YF。電波法に抵触する攻撃性電磁波を感知。システムの異常を確認。
ぷすぷす、と。煙を噴いて歩道に転がるドラム缶が良く分からない独り言を
次の瞬間、警備ロボットは甲高い警報を辺り一面に鳴り響かせた。
もちろん逃げるに決まっていた。
裏路地へ入りポリバケツを
「うう、ぐすっ。ふ、不幸だ。……こんなのと
「こんなのって言うな! 私には
裏路地の裏の裏の裏で、ようやく二人は立ち止まった。建ち並ぶビルの一つだけを取り壊したのか、四角い空間が広がっている場所だ。ストリートバスケに向いてそうにも見える。
「うるせえビリビリ! 大体テメェが昨日ド派手に
「アンタがムカつくから悪いのよっ!」
「意味の分かんねえキレ方すんな! 大体俺ぁテメェに指一本触れちゃいねーだろが!」
あの後───さんざん襲いかかってきた美琴の『攻撃』の
けどまぁ、どれもこれも上条
それが『異能の力』であるならば、上条当麻はその全てを無効化できるのだから。
「ありゃお前が勝手に殴りかかって勝手に疲れただけだろ! 力の使いすぎで勝手にぐったりしやがって、お前のスタミナ不足を俺のせいにすんなビリビリ!」
「~~ッ!!」ギリギリと美琴は奥歯を
「……はぁ、じゃあもういいよお前の勝ちで。ビリビリ殴ってもエアコン直る訳じゃねーし」
「が……ッ! ちょ、ちょっとアンタ! マジメにやりなさいってば!!」
両手をブンブン振り回して叫ぶ美琴に、上条は小さくため息をついて、
「じゃあ、マジメにやっても良いんかよ?」
か……ッ、と
上条の『力の正体』が分からない美琴としては、表情一つ変えずに自分の切り札
無理もない、上条
ふぅ、と上条はため息をついて目を
全身を縛っていた糸が切れたように、ようやく美琴は一歩二歩とよろめいた。
「……、なんていうか、不幸だ」そんなにビビられると逆にショックな上条だった。「部屋の電化製品はボロボロだし、朝は
「ま、まじゅつしって……なに?」
「……、」上条はちょっと考えて、「……えっと、何なんだろう?」
いつもの美琴なら、『ぐらぁナメてんのかアンタ、チカラも変なら頭も変かぁ!?』とか叫んでビリビリする所だろう。だが、今日はどこか様子を見るようにびくびくしている。
もちろん相手を
(……それにしても、魔術師、か)
上条はちょっとだけ思い出す。あの白いシスターがいた時は割とアッサリそんな言葉が出てきたけど、やっぱりちょっと離れてみれば現実から外れた言葉だと痛感させられる。
インデックスがいた時は何で感じられなかったんだろうと思う。
そう信じられるだけの、それこそ神秘的な『何か』があったとでも言うんだろうか?
「……ていうか、ナニ考えてんだか」
子犬みたいにビビっているビリビリ女こと御坂美琴を放ったらかしにして、上条は
インデックスとは、あそこで縁を切った。この広い世界で何の意味もなく『偶然』再会するなんて事はまずありえない。魔術師がどうだとか考えた所で、もう何の意味もないのだ。
そう思うのに、忘れる事ができなかった。
部屋の中に忘れられた、頭に
たった一つだけ残った『
何でそんな事を思ってしまうのか、上条当麻は自分自身の内側さえ分からなかった。
神様でも殺せる男のくせに。
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