第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. 4

 インデックスと名乗る女の子は怒ると人にみ付くくせがあるらしい。

「痛ったー……。あちこち嚙み付きやがって、合宿ん時のかお前は?」

「……、」

 返事はない。

 素っ裸に毛布を巻いただけのインデックスは、女の子座りのまま解けた修道服の布地を安全ピンでチクチク刺して何とか服のカタチに戻そうと(無駄な)努力をしている。

 どーん、という効果音が部屋を支配していた。

 別に新手のスタンド使いが攻めてきた訳ではない。

「……あの、姫? せんえつながらこちらにワイシャツとズボンのセットがあるのですが」

「……、」ヘビみたいな目でにらまれた。

「……、あの、姫?」

 さっきっからどんなキャラクターだと思いつつ、かみじようとうは声をかけてみる。

「……、なに?」

「今のは一〇〇%おれが悪かったんでせう?」

 返事の代わりに目覚まし時計が飛んできた。ひぃ! と上条が絶叫すると同時、巨大なまくらが襲ってきた。まったくありえない事にゲーム機や小型のラジカセまで飛んでくる。

「あれだけの事があったっていうのに、どうして普通に話しかけられるんだよう!?」

「あーいえ! じぃも大変ドギマギしておりますというか青春ですねというか!」

「バカにして……ぅぅうううううううううう!!」

「分かっ……謝る、謝るから! それ借りてるレンタルビデオだからハンカチみたいにむな鹿!」

 ははーっ、とギャグみたいに両手をついて土下座モードの上条当麻。

 というか、史上初の女の子の裸に内心、上条は心臓を握りつぶされるかと思っていた。

 顔には出さないオトナな上条当麻である。

 ……と、本人が思ってるだけで、鏡で見るとエライ事になってる上条当麻だった。

「できた」

 ぐしぐし鼻を鳴らしながら、インデックスは地獄の内職で何とかカタチを取り戻した真っ白な修道服を広げてみせた。

 ……何十本もの安全ピンがギラギラ光る修道服を。

「…………………………………………………………………………………………………(汗)」

「えっと、着るのか?」

「…………………………………………………………………………………………………(黙)」

「着るのか、そのアイアンメイデン?」

「…………………………………………………………………………………………………(涙)」

「日本語では針のむしろと言う」

「……………う、ぅぅぅううううううう!!」

 分かったーっ! と上条は全力で床に頭突きして謝る。ちなみにインデックスはいじめられっ子にらみで今まさにテレビの電源コードを嚙みろうとしていた。ダメなネコか。

「着る! シスターだし!!」

 良く分からない叫びと共に、インデックスはイモ虫みたいに丸めた毛布の中でもぞもぞと着替えを始めた。ぴょこん、と毛布から唯一出ている顔だけが爆弾みたいに真っ赤だった。

「……あー、なんかその着替えプールの授業思い出すなー」

「…………何で見てるのかな? せめてあっち向いて欲しいかも」

「あんだよ別に良いじゃんよ。さっきと違ってエロくねーだろ着替えなんて」

「………………………………………………………………………………………………………、」

 インデックスの動きがピタリと止まったが、かみじようがまるで気づいていないようなのであきらめてもそもそと毛布の中で着替えを続けた。毛布の中に意識を集中しているせいか、頭の上のフードがぽてんと落っこちても全然気づいていない。

 何となく、会話がないとエレベーターの中みたいに気まずい空気が漂ってくる。

 やや現実逃避を始めた上条の頭に、ようやく『夏休みの補習』という言葉が浮かんできた。

「ぅわっ! そーだ補習だ補習!」上条は携帯電話の時計を眺めて、「えっと、あー……おれこれから学校行かなきゃなんないけど、お前どーすんの? ここに残るんならカギ渡すけど」

 たたき出す、という選択肢は上条の中から消えていた。

 インデックスの修道服『歩く教会』が幻想殺しイマジンブレイカーに反応した以上、やはり彼女も『異能の力』にかかわっている事は間違いない。そうなると、彼女の言っている事も一〇〇%ウソではないという事になる。

 例えば、魔術師達に追われてビルの屋上から落ちた事とか。

 例えば、インデックスはこれからも命懸けの鬼ごっこを続ける事とか。

 超能力ESP/PSYさえ理論化したほどの科学の街で、魔法使いなんて絵本に出てくるほどのぶっ飛んだ連中が大暴れしている事とか。

 ……まぁ、そういう事を抜きにしても、あんなずーんとしたインデックスはそっとしておきたい、という感情もある訳だが。

「……、いい。出てく」

 なのに、どーんという効果音を引きずったままインデックスはすっくと立ち上がった。幽霊のように上条の横をすり抜けていく。頭の上からフードが落っこちている事さえ気づいている様子がない。下手に上条が拾おうとするとあのフードもバラバラになりそうだし。

「あっ、あー……」

「うん? 違うんだよ」インデックスは振り返って、「いつまでもここにいると、連中ここまできそうだし。君だって部屋ごと爆破されたくはないよね?」

 サラリと答えるインデックスに上条は絶句する。

 のろのろと玄関のドアを出るインデックスを上条は慌てて追い駆ける。せめて何かできないかとサイフの中を確かめてみれば残金は三二〇円。それでもとにかくインデックスを引き留めようと勢い良く玄関を出ようとしたところでドア枠に足の小指が音速で直撃した。

「ばっ、みゃ! みゃああ!!」

 片足を押さえて奇声を上げる上条に、ビクンとインデックスが振り返る。あまりの激痛に大暴れしようとした上条のポケットからスルリと携帯電話が滑り落ちた。あっ、と気づいた時には固い床に激突した液晶画面がビキリと致命傷な音を立てる。

「ぅ、うううううう! ふ、不幸だ」

「不幸というより、ドジなだけかも」ちょっとだけインデックスが笑った。「けど、幻想殺しイマジンブレイカーっていうのがホントにあるなら、仕方がないかもしれないね」

「……、どゆことでせう?」

「うん、こういう魔術こつちの世界のお話なんて君はきっと信じないと思うけど」インデックスはくすくすと笑って、「神様のご加護とか、運命の赤い糸とか。そういうものがあったとしたら、君の右手はもまとめて消してしまっているんだと思うよ?」

 インデックスは安全ピンまみれの修道服をひらひらさせながら、『歩く教会』にあった力も神の恵ラツキーみだからね、と言った。

「待てよ。幸運だの不幸だのって言葉は、確率と統計のお話だぜ? んなのある訳……、ッ!」

 言った瞬間、ドアノブに触れていたかみじようの指に壮絶な静電気が襲いかかった。な!? と反射的に体がビクンと震えると、筋肉が変な風に動いたのかいきなり右足のふくらはぎが

 ~~ッ!! と、もんぜつする事おおよそ六〇〇秒。

「……………………………………………………………………………あの、しすたーさん?」

「なに?」

「……………………………………………………………………………ごせつめいを」

「ご説明っていうか、」インデックスは当然の事のように、「君の右手の話が本物ならね、その右手があるだけで『幸運』ってチカラもどんどん消していってるんだと思うよ?」

「……………………………………………………………………………つまり、あれですか」

「君の『右手』が空気に触れてるだけで、バンバン不幸になっていくって訳だね♪」

「ぎゃあぁぁぁああああああああああ!! ふ、不幸だぁぁぁあああああああああ!!」

 オカルトをまるで信じない上条だったが、こと『不幸』に関してのみは別腹だった。とにかく大宇宙の悪意のようなものを感じてしまうほど上条は思った事が上手うまくいかない人間なのだ。

 そんな上条とうをにこにこ聖母の微笑ほほえみで眺めている純白のシスターが一人。

 人は言う。あれは勧誘する目だ。

「何が不幸って、君。そんな力を持って生まれてきちゃった事がもう不幸だね♪」

 にっこり笑顔のシスターに思わず涙する上条は、ようやく話がズレてる事に気づく。

「ち、違くて! お前、ここを出てどっか行くアテでもあんのかよ? 事情は分かんねーけど、魔術師ってのがまだ近くをうろついてんならウチに隠れてりゃいーじゃねーか」

「ここにいると『敵』が来るからね」

「何で断言できんだよ? 目立った行動しないで大人しく部屋ん中にいりゃ問題ねーだろ」

「そうでもないんだよ?」インデックスは自分の服の胸元をつまんで、「この服、『歩く教会』は魔力で動いてるからね──教会はしんりよくって呼ばせたいみたいだけど、同じマナだし。つまり簡単に言っちゃえば、敵は『歩く教会』の魔力を元に探知サーチかけてるみたいなんだよね」

「だったら、何だってそんな発信機みてーな服着てんだよ!」

「それでもこれの防御力は法王級ぜつたいだからだよ? もっとも君の右手に粉砕されちゃったけど」

「……、」

「粉砕されちゃったけど?」

「悪かったから涙目でこっち見んな。……けどよ、俺の右手イマジンブレイカーで『歩く教会』ってのはぶっ壊れちまったんだろ? だったら発信機みてーな機能もなくなっちまってんじゃねーか?」

「だとしても、『歩く教会が壊れた』って情報は伝わっちゃうよ。さっきも言ったけど、『歩く教会』の防御力は法王級なの、簡単に言っちゃえば『ようさい』みたいにね。……私が『敵』なら、理由はどうあれ『要塞』が壊れたと分かれば迷わず打って出ると思う」

「ちょっと待てよ、だったらなおさら放っとけねーだろ。魔術オカルトなんざ今でも信じらんねーけど、とにかく『だれか』が追ってきてるって分かってんのにお前を外になんか放り出せるかよ」

 インデックスはきょとんとする。

 本当に、本当に。その顔だけ見ていると、それはただの女の子にしか見えなくて、

「……、じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」

 にっこり笑顔だった。

 それはあまりにもつらそうな笑顔で、かみじようは一瞬にして言葉のすべてを失ってしまった。

 インデックスは、優しい言葉を使って暗にこう言っていた。

 こっちにくんな。

「大丈夫だよ、私も一人じゃないもの。とりあえず教会まで逃げ切ればかくまってもらえるから」

「……、ふぅん。で、その教会ってのはどこよ?」

「ロンドン」

「遠すぎ! 一体どこまで逃げ切るつもりだお前!!」

「うん? あ、大丈夫だよ。日本にもいくつか支部があると思うし」

 安全ピンまみれの、一体どんなよめいびりだと言わんばかりの修道服をひらひらさせながらインデックスは答える。

「教会、ねえ。それなら街に一つはあるかもな」

 教会、と聞くと巨大な結婚式場でも思い浮かべそうなモノだが、日本のそれははっきり言ってしょぼい。元々、十字教という文化に乏しく、さらに地震国なので『歴史ある建物』はそうそう残らない。上条が電車の窓から見た事のある教会なんて、プレハブ小屋のてっぺんに十字架が載っかってるだけだ。……まぁ、逆に成金趣味の教会ってのも間違ってる気はするけど。

「うーん。けど単純に教会ってだけじゃダメなんだよ。私の所属してるのは英国式だから」

「???」

「えっとね、単純に十字教っていっても色々あるの」インデックスは苦笑いして、「まずは旧教カトリツク新教プロテスタント。さらに私のぞくする旧教でも、バチカンを中心とするローマ正教、ロシアに本拠地を置くロシア成教、そしてセントジョージ大聖堂を核とするイギリスせいきようって感じで色々あるの」

「……間違ってほかの教会に入っちまうとどうなるんだ?」

「門前払い」インデックスはやっぱり苦笑だった。「ロシア成教やイギリス清教はそれぞれの『国の中』にしかないからね。日本でイギリス清教の教会っていうのは珍しいんだよ」

「……、」

 なかなかに雲行きの怪しそうな話だった。

 ひょっとして、インデックスは空腹で行き倒れる前に、何度も『教会』を訪れたんじゃないだろうか? そのたびに門前払いを食らった彼女はどんな気持ちで逃げ続けていたんだろう?

「大丈夫。英国式の教会を見つけるまでの勝負だから」

「……、」

 かみじようは一瞬だけ、自分の右手の『力』の事を考えて、

「おい! ……なんか困った事があったら、また来て良いからな」

 そんな事しか言えなかった。

 神様でも、殺せる男のくせに。

「うん。おなかへったら、またくる」

 ひまわりみたいな笑顔で、それはかんぺきな笑顔だったからこそ、上条は何も言えなかった。

 そんなインデックスを避けるように、清掃ロボットが通りすぎていく。

「ひゃい!?」

 完璧な笑顔が一瞬でぶっ飛んだ。まるで足がみたいにビクンと震えたインデックスは、そのまんま後ろへコケた。がつん、というヤバめの音と共に頭の後ろが壁に激突する。

「~~~~ッ! な、なんか変なのがさりげなく登場してる……ッ!?」

 インデックスは涙目だったが、頭を押さえるのも忘れて思わず絶叫していた。

「変なのが変なのを指差してんじゃねえ。ありゃただの掃除ロボだよ」

 上条はため息をついた。

 大きさ、カタチはドラム缶だと思えば良い。底には小さなタイヤを装備し、業務用の掃除機みたいな円形の回転するモップがぐるぐる回っている。人間と障害物を避けるためにカメラがついてるせいでミニスカ女の子にメチャクチャ嫌われている一品である。

「……そっか。日本は技術大国って聞いてたけど、使い魔アガシオンも機械化されてる時代なんだね」

「もしもし?」妙な感心をしているインデックスがちょっとこわい。「ここは学園都市だからな。こんなん街中のそこらじゅうに散らばってるよ」

「がくえんとし?」

「そ。東京の西地区の開発が遅れてる辺りを一気に買い取って作った『街』だよ。何十もの大学に何百もの小中高校がひしめき合ってる『学校の街』だ」かみじようはため息をついて、「街の住人の八割は学生だし、マンションに見えるのはみんな学生寮だよ」

 勉強のみならず、能力や肉体までも開発する『裏の顔』もある訳だが。

「……街の様子がおかしいのもそのためだ。生ゴミの自動処理オートメーシヨンとか実用レベルの風力発電とか、さっきの掃除ロボとか、あーいう大学の実験品がそのまま街にあふれてやがんのさ。おかげで二〇年ばっかり文明レベルが先に進んじまってる訳だな」

「ふうん」インデックスは清掃ロボットをじーっと眺めて、「じゃあ、この街の建物はみんな『がくえんとし』のさんって事になるのかな?」

「だな。……ま、イギリス教会の傘下を探すってんなら、街の外に出た方が良いかもな。この街の教会なんて、どうせしんがくとかユング心理学とかの教育施設だろ」

 ふうん、とインデックスはうなずいて、ようやく壁にぶつけた頭の後ろを手で押さえた。

「ひゃい!? あ、あれ? 頭のフードがなくなってる!?」

「何だよいまごろ気づいたのか。さっき落としたぞお前」

「ひゃい?」

 上条は『毛布の中で着替えてる時に落っことした』と言ってるつもりだったが、インデックスは『清掃ロボットにびっくりして後ろへコケた時に落とした』と勘違いしたようだ。あちこち通路の床を見ながら、しばらく頭に「?」を浮かべていたが、

「あっ、そうか! あの電動使い魔アガシオン!」

 何か勘違いしたまま通路の角へ消えた清掃ロボットをダッシュで追い掛けて行ってしまった。

「……、あー。何だかなぁ」

 上条はインデックスのフードが残された部屋のドアを見てから、通路の先を見た。もうインデックスの姿はどこにもない。別れも涙もあったもんではない。

 なんていうか、ああいう姿を見ているとアイツ世界が滅んでもなんだかんだで生き残りそうだよなぁ、などと何の根拠もなく思ってしまうのだった。

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