第一章 魔術師は塔に降り立つ FAIR,_Occasionally_GIRL. 3

 かみじようとうは、口の中いっぱいに熱した生ゴミを詰め込んでにっこり微笑ほほえんでいた。

 インデックスと名乗る少女は、むーっと文句を言いたそうな顔でビスケットをガジガジとんでいた。小さなビスケットを両手で持っているため、どこかリスみたいな感じがする。

「───で、追われてるって。お前一体ナニに追われてる訳?」

 はんから帰ってきた上条は、とりあえず一番のネックを聞いてみた。

 いくら何でも、出会って三〇分も経たない女の子に地獄の底までついていく、とまでは思えない。かと言って、このまま何もなかった事にするのは、おそらく無理だ。

 結局は偽善使いフオツクスワードだよな、と上条は思う。何の解決にならないって知っていても、とりあえず『何かをやった』というなぐさめが欲しいだけなのだ。

「うん……、」ちょっとのどが渇いたような声で、「何だろうね? 薔薇十字ローゼンクロイツ黄金夜明S∴M∴か。その手の集団だとは思うんだけど、名前までは分からないかも。……連中、名前に意味を見出すような人達じゃないから」

「連中?」

 上条は神妙に聞く。という事は、相手は集団で、組織だ。

 うん、と当の追われるインデックスの方がかえって冷静な風に、


「魔術結社だよ」


 …………………………………………………………………………………………………………。

「はぁ。まじゅつって……、はぁ なんじゃそりゃあ!! ありえねえっ!!」

「は、え、アレ? あ、あの、日本語がおかしかった、の? 魔術マジツクだよ、魔術結社マジツクキヤバル

「……、」英語で言われるとさらに分からなかった。「なに、なーに? それって得体の知れない新興宗教が『教祖サマを信じない人には天罰が下るのでせう』とか言ってお薬LSD飲ませて洗脳したりする危ない機関の事? いやいろんな意味で危険なんだが」

「……、そこはかとなく鹿にしてるね?」

「あー」

「……、そこはかとなく馬鹿にしてるね?」

「────。ゴメン、無理だ。魔術は無理だよ。おれ発火能力パイロキネシスとか透視能力クレアボヤンスとか色々『異能の力』は知ってるけど、魔術は無理だ」

「……?」

 インデックスは小さく首をかしげた。

 おそらく科学万能主義の常識人なら『世の中に不思議な事なんて何もないっ!』と否定されると思っていたんだろう。

 だけど、かみじようの右手には『異能の力』が宿っている。

 幻想殺しイマジンブレイカーと名乗る、それが常識の外にある『異能の力』であるならば、たとえ神話に出てくる神様の奇跡システムでさえも一撃で打ち消す事のできる力を。

学園都市こつちじゃ超能力なんて珍しくもねーんだ。人間の脳なんざじようみやくにエスペリン打って首に電極り付けて、イヤホンでリズム刻めばだれだって回線開いて『開発』できちまう。いつさいがつさいが科学で説明できちまうんじゃ誰だって認めて当然だろ?」

「……よくわかんない」

「当然なの! 当然なんだよ当然なんです三段活用!」

「……。じゃあ、魔術は? 魔術だって当然だよ?」

 むすっと。お前んのペットは駄ネコだとか言われたように、インデックスはふてくされた。

「えーっと。例えばジャンケンってあるだろ? ってか、ジャンケンって世界共通?」

「……、日本文化だと思うけど、知ってる」

「じゃあジャンケンを一〇回やって一〇回連続負けた。そこになんか理由があると思うか?」

「…………、む」

? けど、のが人間なのさ」上条はつまらなそうに、「自分がこんな連続で負けるはずがない。そこにはきっと見えない法則ルールがあるはずだ。そんな風に考える人間の頭ん中に、例えば『星占い』を混ぜたらどうなっちまう?」

「………………、巨蟹宮カニざのあなたはついてないから勝負はやめておけ、とか?」

「そ。ウチらの間じゃ、非現実オカルトの正体はソレなんだ。運とかツキとか、見えない歯車ルールを夢見る瞬間。ただの偶然なんてちっぽけな現実を、エライ必然と勘違いする心。それが、非現実オカルトさ」

 インデックスはしばらく不機嫌なネコみたいにむすーっとしていたが、

「……頭ごなしに否定するって訳でもないんだね」

「ああ。、カビ臭い昔話はダメなんだ。絵本に出てくる魔術師なんて信じられない。MP消費で死人が復活するってんなら誰も育脳かいはつなんかやんねーしな。まったくもって『科学ゲンジツ』と無関係な代物オカルトは、やっぱりおれでも信じらんねーよ」

 超能力なんて代物が『不思議』に見えてしまうのは、人間が単にバカだからで。

 本当は、やっぱり超能力さえ『科学』で説明できてしまうというのが、ここでの常識なのだ。

「……、けど。魔術はあるもん」

 むーっと口をとがらせながらインデックスは言う。おそらく、彼女にとっては心を支える柱のようなモノなんだろう、上条の『幻想殺し』と同じく。

「まぁ良いけど。で、何でソイツらがお前をねらってるって───」

「魔術はあるもん」

「……、」

「魔術はあるもん!」

 どうやら意地でも認めて欲しいみたいだった。

「じゃ、じゃあ魔術って何なんだよ。手から炎が出るのか、ウチPSY時間割りカリキユラム受けなくても出せんのかぁ? 何ならそこで一丁見せてくれよ。そしたら信じる事ができるかもしんないから」

「魔力がないから、私には使えないの」

「……、」

 カメラがあると気が散るのでスプーンを曲げられません、というダメ能力者を見た気がした。

 とはいえ、なんか複雑な気分であるのも事実だ。

 オカルトなんてない、魔術なんてありえないとか言っておきながら、実はかみじようは自分の右手に宿る『幻想殺しイマジンブレイカー』について何も知らない。それがどういう仕組みで、見えない所で何が働いているのか。能力開発においては世界最高峰である学園都市の『身体検査システムスキヤン』でさえ、上条の能力を見抜く事すらできずに『無能力レベル0』のらくいんを押しているのだ。

 科学的な時間割りで後付けされたのではなく、生まれた時から右手に宿るこの力。

 この世に『不思議なものオカルト』なんて存在しない、と言っておきながら、自分自身こそが常識ルールを無視した『非現実オカルト』な存在であるという事実。

 ……まぁ、だからと言って『世の中には不思議な事があるんだから、魔術だってあってもおかしくないよね♪』というハチャメチャ理論はやっぱり納得できないが。

「……魔術はあるもん」

 ハァ、と上条はため息をついた。

「じゃあ、魔術なんてモノがあるとして、」

?」

「あるとして、」上条は無視して続けた。「お前がそんな連中にねらわれてる理由ってのは何なんだよ? その服装となんか関係あったりすんの?」

 上条の言ってるのは、インデックスの着ている純白のシルク地にきんしゆうという超豪華な修道服の事だ。日本語に変換すると『宗教がらみ?』と言いたい。

「……私は、禁書目録インデツクスだから」

「は?」

「私の持ってる、一〇万三〇〇〇冊の魔道書。きっと、それが連中の狙いだと思う」

 …………………………………………………………………………………………………………。

「……まーたまた、良く分からない話になってきたんですが」

「だから、何で説明していくたびにやる気が死んでくの? もしかして飽きっぽい人?」

「えっと、整理するけど。その『魔道書』ってのが何なのか良く分からないけど、とにかくそれって『本』なんだよな? 国語辞典みたいな」

「うん。エイボンの書、ソロモンの小さな鍵レメゲトン、ネームレス、しよくじんさいしよ、死者の書。代表的なのはこういうのだけど。死霊術書ネクロノミコンは有名すぎるから亜流、しよが多くてアテにならないかも」

「いや、本の中身はどうでも良いんだ」

 どうせラクガキだし、という言葉はぐっと飲み込んで、

「で、一〇万冊って──────どこに?」

 これだけは譲れない。一〇万冊なんて言ったら図書館一つ丸々レベルだ。

「なに、どっかの倉庫のカギでも持ってるって意味なのか?」

「ううん」インデックスはふるふると首を横に振って、「ちゃんと一〇万三〇〇〇冊、一冊残らず持ってきてるよ?」

 は? とかみじようまゆをひそめて、

「……バカには見えない本とか言うんじゃねーだろーな?」

「バカじゃなくても見えないよ。勝手に見られると意味がないもの」

 インデックスの言葉はひようひようとしていて、だか鹿にされた気分になる。上条は辺りを軽く見回す。魔道書、なんてカビ臭い本はやはり一冊もなく、床に散らばってるのはゲーム雑誌とマンガと部屋のすみにぶん投げた夏休みの宿題ぐらいだ。

「……、うわぁ」

 今まで我慢して聞いてきたが、これ以上は無理だと上条は絶句する。

 ひょっとしたら『だれかに追われている』というのも単なる妄想なんじゃないだろうかと上条は思う。ただの妄想で八階建ての屋上からジャンプして、一人で勝手に失敗してベランダに引っかかったとしたら。そんな人間にはもう付き合いきれない。

「……超能力は信じるのに、魔術は信じないなんて変な話」むすっと、インデックスは口をとがらせて、「そんなに超能力って素晴らしいの? ちょっと特別な力を持ってるからって、人を小馬鹿にして良いはずがないんだよ」

 ……。

「ま、そりゃそーだわな」上条は小さく息をつき、「そりゃそうだ。お前の言う通りだよ。こんな一発芸を持ってる程度で、誰かの上に立てるだなんて考え方は間違ってる」

 上条は自分の右手に視線を落とした。

 そこからは炎もかみなりも出ない。せんこうも爆音も起きないし、手首に変な模様が浮かぶ訳でもない。

 だが、それでも上条の右手はあらゆる『異能の力』を無力化させる。力の善悪は問わず、神話に出てくる神様の奇跡システムさえ、問答無用で。

「ま、この街に住んでる人間ってな能力チカラ持ってる事が一個の心の支えパーソナリテイになってっから、その辺は大目に見て欲しいかな。ってか、おれ能力者そーゆーのの一人なんだけど」

「そうだよバカ、ふん。頭の中いじくり回さなくったってスプーンぐらい手で曲げられるもん」

「……、」

「ふんふん。天然素材を捨てた合成着色男のどこが偉いってーのさー、ふん」

「……、ナメたプライドごと口を封じて構わねーか?」

「て、暴力テロには屈しないもん」ふん、と不機嫌な猫みたいなインデックス。「だ、大体、超能力だなんて言って、君には一体何ができるって言うの?」

「……、えっと。何がって言うか」

 かみじようはちょっと戸惑った。

 自分の幻想殺しイマジンブレイカーについて、だれかに説明する機会は滅多にない。しかも『異能の力』にしか反応しないという事は、まず『異能や超能力』について知っててもらわないと説明にならない。

「えっとな、この右手。あ、ちなみにおれのは合成着色ドーピングじゃなくて天然素材うまれたときからなんだけど」

「うん」

「この右手で触ると……それが異能の力なら、原爆級の火炎の塊だろうが戦略級の超電磁砲レールガンだろうが、神の奇跡システムだって打ち消せます、はい」

「えー?」

「……つかテメェ何だその幸運を呼ぶミラクルストーンの通販見てるみてーな反応は?」

「だってー、神様の名前も知らない人にー、神様の奇跡だって打ち消せますとか言われてもー」

 驚くべき事にインデックスは小指で耳の穴をほじって鼻で笑いやがった。

「……くっ。む、ムカつく。こんな、魔法はあるけどアナタには見せられませんなんて言うインチキ魔法少女に鹿にされた事がここまでムカつくとは……、」

 と、上条とうタマシイのつぶやきにインデックスもカチンときたみたいで、

「い、インチキじゃないもん! ちゃんと魔術はあるんだもん!」

「じゃあなんか見せてみろやハロウィン野郎! ソイツを右手でぶち抜きゃ俺の幻想殺しイマジンブレイカーも信じるしかねーんだろ、このファンタジー頭!」

「いいもん、見せる!」むきーっ! という感じでインデックスは両手を振り上げ、「これっ! この服! これは『歩く教会』っていう極上の防御結界なんだからっ!」

 インデックスが両手を広げて強調しているのは、例のティーカップみたいな修道服だ。

「何だよ『歩く教会』って、もう意味分かんねーよ! さっきっから聞いてりゃ禁書目録インデツクスだの防御結界だの訳の分からない専門用語をぶち込みやがって、この不親切野郎! 『説明』ってな何も分からない人に向かってみ砕いて教えるモノなんだ、そこんトコ分かってんのか!」

「なっ……ちっとも理解しようと思わない人が言う台詞せりふ!?」インデックスはぶんぶんと両手を振り回して、「だったら論より証拠! ほら、台所にある包丁で私のおなかを刺してみる!!」

「じゃあ刺してみる! ……って何だよそれ、きっかけはさいな事でしたってオチか?」

「あ、信じてないね」インデックスはハァハァと肩を上下させ、「これは『教会』として必要最低限な要素だけ詰め込んだ『服のカタチをした教会』なんだから。布地の織り方、糸のい方、しゆうの飾り方まで……すべてが計算されてるの。包丁ぐらいじゃ傷一つつかないんだよ?」

「つかないんだよって……あのな。じゃあハイぐっさり刺してみますなんて言う鹿いるか。の少年犯罪だぞそれ」

「とことん馬鹿にして……。これはトリノせいがい──神様殺しロンギヌスやりに貫かれた聖人を包み込んだ布地を正確にコピーしたモノだから、強度は法王級ぜつたいなんだよ? うん、君達で言うなら核シェルターって感じかな。物理・魔術を問わず全ての攻撃を受け流し、吸収しちゃうんだから。……さっき、背中を撃たれてベランダに引っかかったって言ったけど、『歩く教会』がなかったら風穴が空いてたところだったんだよ。そこんとこ分かってる?」

 うるせーばか。

 一気にインデックスに対する好感度ゲージが下がったかみじようは、ジト目で彼女の服を見る。

「……、ふぅん。てか、つまりアレだ。それが本っっっ当に『異能の力』だってんなら、おれの右手が触れただけでじん、って訳だな?」

「君のチカラが本っっっ当な・ら・ね? うっふっふーん」

 上等だゴルァ!! と上条はインデックスの肩をがっちりつかんでみる。

 と、確かに雲を摑むような──柔らかいスポンジに衝撃を吸収されるような変な感覚がした。

「て、…………あれ?」

 頭が冷えてきた上条は、ちょっと考えてみる。

 もし仮に。インデックスの言う事が(全くありえないとは思うが)全部本当で、その『歩く教会』とやらが『異能の力』で織り上げられているとしたら?

 その『異能の力』を打ち消してしまうという事は、つまり服がバラバラに?

「あれぇぇぇえええええええええええええええええええええ──────────!?」

 あまりに唐突な大人の階段の予感に上条は反射的に絶叫する、が……。

 ……。

 ……、

 ……?

「──────────えええええええええ、え……って。あれ?」

 起きない。何にも起きない。

 何だよちくしょう心配させやがって、と思いつつ何かやりきれないモノを感じる上条だった。

「ほらほら何が幻想殺しイマジンブレイカーなんだよ。べっつに何にも起きないんだけど?」

 ふっふーん、という感じで両手を腰に当てて小さな胸を大きく張るインデックスだったが、


 次の瞬間、プレゼントのリボンをほどくようにインデックスの衣服がストンと落ちた。


 修道服の布地をっている糸という糸がれいほどけて、本当にただの布地に逆戻りしている。

 一枚布の、帽子のようなフードだけは服から独立していたせいか無事で、頭の部分にそれだけ載っかっていると逆に切ない気持ちになる。

 ふっふーん、という感じで両手を腰に当てて小さな胸を大きく張ったまま凍りつく少女。

 詰まる所、完全無欠に素っ裸だった。

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